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午後の練習を終えて、整備室にスタンドされたマシンの様子を見るため、テムジが端末から自分のPCを繋いで、データを確認していた。
今はまだ、見ているだけだが、いずれは、そのマシンのメンテナンス作業もしたい。
そのため、目の前のマシンコンディションを自分の頭に叩き込む。
しかし、今回の一件で、下手すると部活動自体が自粛になるかもしれない。
そんな一抹の不安を感じながら、テムジはモニタリングの作業を続けていた。
エステート・スクールのビーストライド部のマシンは、基本汎用の量産機で、全てオセロット(山猫)型タイプのマシンだ。基本性能は全て均一化されているが、ティナが駆るオセロットだけ、ティナが自分用に独自に調整を施している。部員数が少ないから専用化するという、なんとも強引な手法は強情なティナらしい…、と、テムジは感じながらも、軽快なばねと小回りが利く運動性に加えて、出力もぎりぎりまで上げられないか?との希望をテムジは聞いていた。できる範囲で、その希望を叶えられる方法を考えているところだ。
カインが扱っていたマシンは、今はスリープモードで待機中。今週末までにはサポートメーカーに修理に出す予定だ。暴れた理由は、「カインの操作ミス」と言われているが、テムジはそこには疑問を持っていた。ミドルクラスのマシンは、その安全性を考えて、様々なリミッターが仕組まれているので、あんな突発的に、マシンが暴走するなんて考え難い。レイチェルは、マシンのシステムエラーか、ウィルスによる誤作動かと言っていたが、学校が管理する汎用マシンに関しては、搭載しているAIにも管理サーバーを通じて、一定の診断プログラムが走っているはずだから、この一台だけ、あんな過剰な操作ミスが発生すること自体、テムジにとっては疑問であった。
が、入ったばかりで、まだマシン環境のことを抑えていないテムジにとって、そこは想像することしかできなかった。
今は無理でも、そのうち、オセロットシリーズもローカルにバージョンアップさせることもできるかもしれない。
そんなことを考えていると、いつのまにか日が傾き始めていた。
「いけない!もうこんな時間!僕もそろそろ上がらないと。」
モニタリングをシャットダウンして、ピットスペースに鍵を閉めると、足早に帰ろうとするテムジ。てっきり部員はみんな帰ったのかと思っていたが、クラブハウスにはまだ電気がついている。
「あれ、まだ、誰かいるのかな?」
と窓から覗き込むと、そこには、ティナの姿が見えた。
こんな時間まで残っているなんて珍しいな、と声をかけようとしたとき、ティナが大きく声を上げた。
「どうって、そんな事応じるわけないじゃない!」
ティナの剣幕に驚き、思わず身を隠すテムジ、恐る恐るのぞき込んでティナの様子を伺うと。ティナの奥から男の声が聞こえてきた。
「おいおい、俺様が、馴染みのお前に特別“チャンス”を与えてやろうってんだ…、逆に、感謝してもらってもいいくらいだぜ?」
くぐもった通信用スピーカーから聞こえてくる声は…、あいつだ!ビフの声だ!どうやら、ティナはデバイス通信でビフと会話を行っているようだ。ティナの先に展開するモニターにビフの姿が映し出されいる。
「なんで、あいつが…」
テムジが柱の陰から様子をうかがっていると、ビフはティナに向かって諭すように言った。
「ティナ…おまえ一人ががんばったところで、エステートのビーストライド部はどうにもならないさ。なあに、これからの試合で、ちょっと、俺らのレコードに協力すりゃ良いんだよ…」
なんだ?なんの話をしているんだ?と聞き耳を立てる。
「メインライダーのユアンは入院。その他の選手は大して戦力にならない下級生…、それで?今年の大会でまともなレコード残せるのか?」
「!?…それは…」
「そのうえ、活動人員まで足りずに自粛とくりゃ、今期大会出場は絶望的!それでどうすんだ?ティナ?今回の練習試合はそのための特別のお膳立てだ、お前にとっては救いの手だぜ?」
しばらくの沈黙を破るように、ティナが絞り出すように言った。
「…私はみんなを裏切る事はできない!」
「うまくすりゃ、ビーストライダーの特待生として、ユニバース学園に編入推薦枠に推してやるさ。そうすりゃ、授業料免除、大学まで安泰。悪くない話だろ?」
その言葉に、ティナは、カッ!となってビフに食って掛かった。
「マガネのことをいかさまライダーの息子と馬鹿にした、貴方がそれを言うの!」
睨みつけて叫ぶティナに、ビフは大きくため息をついてやれやれといった仕草を見せて続けた。
「これは取引だよ…。ティナ。生活が少しでも楽になるなら、お前の家族は喜ぶだろうなあ。それに早くにプロになれれば、まだ小さい家族の学費も稼げる…」
ぐっ!と言葉に詰まるティナ、その様子を見てビフはゆっくりうなずくと、
「俺は、お前の腕を買ってるんだぜ…、ティナ…、まぁ、よーく考えるんだな…」
というと、ビフはティナを指さし、低く言い聞かせるようにティナに言った。
「何が、お前のためになるかってことをな…」
ビフの通話が切れ、モニター画面が閉じる。
拳を握り締め、うつむくティナ。
その様子を見ていたテムジは、両手で口を押えてクラブハウスの脇で息を潜めて固まっている。
「た…大変だ…」
クラブハウスからゆっくり離れていくテムジは、夕焼けの日が濃くなる校舎の向こうに向かって走っていった。




