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マガネが,スウェットスーツに着替えると、一階に降りていく。
夜のランニングはマガネの日課だ。今は体を作るときと、晩御飯前に走りに行く。その前に…、マガネは一階に降りると、冷蔵庫からユウミが作り置きしておいてくれた夕ご飯をお皿に移し替えた。ラップでチンして温め、取り置きの野菜をボウルにまとめ、トレーに乗せて持っていく。
ランニングに行く前に、隣の善五郎じいちゃんのところにおすそ分けするためだ。
扉の前に向かい、呼び鈴を引っ張って鳴らすと、
「こっちじゃ!マガネ!」
と裏のガレージから声が聞こえてきた。
「整備中?じいちゃん。ママがこれ、じいちゃんにって」
「おお、いつもすまんの、そこのテーブルに置いておいてくれ」
ジャッキで上げたトラックの下から、仰向けに滑るように現れた善五郎は、ゴーグルを取り、トラックから身を起こすと、ふーっ!と伸びをして、油にまみれた手袋を脱いだ。
「調子悪いの?トラック?」
「まあの、年代物だから、わしと同じでいろんなところにガタがきておるわい」
善五郎はテーブル席に着くとカップを手にとり、スープをズズッと飲む。
「今夜はガンボか、ありがたい」
「そうかあ、メカニックって手もあるよね、じいちゃん。昔は、そうだったんでしょ」
「ん、んん…、まあな、モーターサイクルに関しては、そこそこの腕ではっとったわい」
やや、困ったような顔をしながらもマガネに応える善五郎。善五郎は、もともとビーストライドのレーシングマシンのメカニック担当だったらしい、詳しくは、善五郎も積極的には語らない。マガネは、何の気なしにぽろっと聞いてしまった後、しまった…と、ちょっとだけ思ったが、すぐに、まあいいやと思い直して、
「じいちゃんの孫なら、そういう才能も、俺にあるかもしれないと思ってさ…」
と問い直す。「そうさのう…」と顎髭をさすりながら、少し考え、善五郎は、昔を懐かしむように目を細めた。
「もともと、自動車整備士の家に生まれてな、車検の作業を傍らで見るのが好きじゃったからのう…、好きが高じて転々としながら、モーターマシンを扱う仕事をしとったら、いつの間にかそうなっとった…、じゃ、いただくとするかな」
ガンボを一口運ぶと、もぐもぐと味わう。
「まあ、モーターサイクル部品に関していえば、今は、いろんな分野が複雑に入り組んでいるからの、これさえやっておけばいいってもんでもないじゃろうから、どこか工学系の学科を足掛かりにして、得意分野を探すのが良いんじゃないかのう?」
「うん…、そうだねえ」
じいちゃんの話を聞きながら、マガネはじっと倉庫の奥に目を移していた。天井の照明が届かない、農機具が置いてあるその先に、厚手のビニールシートがかぶせられた一角。
「じゃがの、人の才能は遺伝で多く決まるとはいえ、偉人の子が誰しも偉人になれるわけでじゃない。才能の半分は後から本人のやる気と性質で大きく左右されるからの…、まずは、マガネが何に興味をもてるかみつけるところからじゃよ…」
「うー…ん。難しいなあ…」
困ったような表情でマガネは笑うと、善五郎も笑って「まあ、走りながらゆっくり考えるとええよ。ほれ、あんまり遅くなりすぎんようにな!」と言ってマガネを促した。
「うん!行ってきます」
マガネは善五郎に手を振ると、そのままガレージを飛び出し、生け垣を乗り越えて走っていった。
麦畑が延々広がるこの辺りは、車も人も行き来が少なく、夜になると真っ暗だ。日が落ちると、月と星と、衛星軌道上の小惑星帯の明かりだけを頼りに走ることになる。日が傾いた薄暗がりの中、西へまっすぐ続く道筋は、地平の向こうまで伸びているようだ。そしてその先から。地球を取り巻く小惑星帯のリングが頭上に広がり、月明かりを反射して地表を照らしていた。マガネが走るこの道は、両脇に広がる小麦畑に挟まれ、国道と列車が山間を超えて続き、その先はこの辺りの中心的都市サカヴィニアの街に続いている。
マガネのランニングコースは、列車の鉄橋下にあるグラウンド。そこまで往復で約10kmほどの距離を1~2時間かけてトレーニングに利用する。ミドルスクールのアメフト部に入ってから続けているトレーニングは、初めた当初はユウミも善五郎も3日坊主で終わるんじゃないかと言われたものだが、7thになった今でも続けることができている。
「毎日ではないけどね」
定期的に走りたい欲求が出るようになってからは続くようになった。ちょっと嫌なことや、考え事があったりしたときに走りたくなる。
そうだ…、今日、ビフの姿を学校で見かけてから、胸のざわざわが止まらない。
ジュニアのポケット・ビーストライドでクラッシュしてから、ビフは、マガネ達のエレメントスクールから移籍していった。なぜなのかはわからないが、それからは、一度も会ってはいない。今日、エステートにいたのは何故なのか?あいつは、まだ、ビーストライドを続けているのだろうか?
「エステート共のビーストライド部は、きっちりぶっ潰さないと…」
ビフのセリフが、頭の中に蘇る。
「来週末、この州で決勝常連のユニバース学園との練習試合が組まれているのに、部長が今日の朝ケガしちゃって…」
テムジが言っていた。ビフが着ていた制服はユニバースの制服だ。走りながらマガネは思った。
まさか…ビーストライド部の練習試合の相手って…。




