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「こっちよ!オセロット!」
ビーストモードのマシンを整備室に誘導するティナ。
白銀のボディを持ったこのマシンは、その名の通り、ネコ科オセロットに似せたマシンだ。その見た目もそうだが、小回りの利く稼働設計、バランサーの性能はティナも気に入っていた。
各学校で採用されているビーストマシンは、基本的には一つの学校に対して、一つの象徴される形式のマシンが採用され、エステート・スクールでは、オセロット(山猫)型のビーストマシンをビーストライド部内のライダー同士で持ち回り、使用していた。
しかし、
「もう少し、出力が欲しい…」
この小柄に設計されたオセロットマシンの出力自体には物足りなさを感じていた。
飼い主についていく猫のように、ビーストモードのオセロットが整備室の中に入ると、そのままバイクモードに変形して、ガレージスタンドに収まった。テムジが脇に来てラップトップPCを開く。
「お疲れ様、オセロット。今日の練習データをテムジのPCにコピーして」
ティナが、練習に使っていたビーストマシンに向かって言うと、
「承知いたしました。マイライダー、ティナ。イグニッション・キーのメモリチップへコネクト、本日のビーストライド、練習データを転送します」
オセロットAIが答えると、テムジの持っているPCにアクセス要求をして来た。テムジは。アクセスを許可すると、ダウンロードしたデータを展開し、PC内にあるシュミレーションソフトに読み込んで、リプレイのデータを集計し始めた。
ビーストマシンは自立機能をAIで補っているため、ライダーはマシンとの対話を通して、ビーストライドを行う。そのほとんどは、個別のマン、マシンインターフェイスを持つことが多いので、そのAIの個性も千差万別である。プロともなれば、専用のビーストマシンとして、独自の規格で設計されることも多く、搭載されるAIもまた個性豊かなキャラクターである場合が多い。実際、しゃべり方やその内容が乱暴だったり、スラングだらけのビーストマシンも存在しているし、ライダーよりマシンのほうが、個性的でクセの強さがあることを売りにしていることもある。
ビーストマシンはレースの出場クラスによって、そのマシン性能の条件が決められているため、レース内でのマシンの格差が出にくいが、搭載されるAIに関しての規定は、ややあいまいなため、見た目のデザインは多様さよりも、制御する中身の性能差に関してのほうが問題なのではないか?との議論も多い。
ともあれ、ハイスクール以下のビーストマシンに関しては、生徒が専用のマシンを持てるといったことも少なく、共有することが多い、実際、メカニックの素養のある人物を確保することも大変だし、選手側がマシンのコンディションに合わせることのほうが多い。しかし、AIとの対話を通じて、練習や試合をしてきた実績や記録は、個別のイグニッションキーに記録され、イグニッションキーを差した瞬間、マシンのほうでも、記録されたライダーの個性や経験に即し、適性を高めるための“専用化”を可能な限り行う。
イグニッション・キーはライダーとマシンが共に過ごしたメモリそのものであり、共有できる絆そのものなのである。
アップされたデータを見ながらテムジがティナに言った。
「ごめん、ティナがマガネと知り合いだったなんて、知らなくて…」
テムジとマガネはミドルスクールの時に初めて知り合った。10歳まで通うエレメントスクールでは、学校区が違ったのだ。ミドルスクールで知り合って以降、マガネとティナが一緒にいるところは一度も見たことはなかったテムジは、なんとなく気まずい感じで、ティナにこぼした。ティナは、スポーツドリンクをつかんで少し飲むと、
「うん、幼馴染み。あのいけ好かないビフもね。エレメントスクールでは、一緒だったんだ。…テムジ、マガネをビーストライドに誘ったでしょ?」
テムジは、モニターからティナへ視線を移して驚いたように答えた
「え?どうして、それを?」
「やっぱり、仲良さそうにしてたもの…」
ティナの脳裏に、ビフとマガネのクラッシュ事故の映像が蘇る。その時ティナは、マガネのパートナーライダーだった。
「でもね…、あいつは、乗らない。ううん、乗れないの」
伏し目がちにそのことを思い出したティナが、つぶやくように言った。
「そうなんだよ。理由を教えてくれないんだよ」
テムジが、ちょっと言い淀んだようにティナに聞く。ティナは、少しだけ考えるように間を置くと、ゆっくり話し出した。
「昔ね、マガネとビフがレースをした事があったの。でも、二人とも最後クラッシュして大怪我」
「それで?乗らなくなったの?」
「それもあったかもしれないけど…。聞いたことある?エウロイ・アルバレス…その人がマガネの父親」
「エウロイって…」
テムジが首をかしげて少し考えると、ハッ!と顔を上げる。
「ええ!?ビーストライドの世界大会でも優勝していた、あのエウロイが…あ!」
頭の中で映像が蘇る。今でも検索をかければ、ネットに残っているだろう。先頭を走るマシンの集団が激しいもみ合いになってクラッシュ、谷底へ落ちていく映像。確かそのライダーが…。
「…うん。レース中にクラッシュして死んでしまった。まだマガネの小さい頃で、憶えていないって言っていたわ…、でも…」
ティナの脳裏によみがえる、幼いころの記憶、ポケットレースで二人が活躍するころ、同じエレメントスクールの同級生のビフがマガネに向かって言い放つ
「インチキライダー!」
ビフはジェネラル・エレクトロニクス・マーチン社一族の息子だった。マーチン社は、陸海空運の数々のモービルの開発も請け負っている有力企業だ。もちろん、ビーストライドの開発も行ってる。絵にかいたような富裕層の子供とあって、ビフはいつもナンバーワン志向だった。
もちろん、ポケット・ビースト・ライドでも。
生意気なハーフのチビが自分の前を走るだなんて許さない。
と、ビフはことあるごとにティナとマガネに突っかかってきた。
その時、マガネが、父のことを知った。おそらく自分でできる限り調べたんだろう。ティナも、幼いころに、ネットや図書館で過去の記事を調べていた。一面のクラッシュ事故、レースをめぐる黒い疑惑。
「その後、八百長レースの疑惑をかけられて…マガネ達親子は、そのスキャンダルから逃げるように、ここに越して来たの。マガネのお母さん、相当苦労したらしいわ」
過去いくつものレースでエウロイに仕掛けられた高額のオッズとその金をめぐる憶測記事の数々。
その当時の出来事など、ティナもマガネにも、本当かどうかなんてわかるわけもない。しかし、ネットには醜聞、スキャンダル記事が満載だった。金にだらしなく私生活も乱れがちのエウロイ、借金を返すために、いかさま試合を行う、汚れたチャンピオン。幼いマガネを抱えて記者のフラッシュから逃げるように去っていくユウミの姿も記事にされている。
「その後、ムキになったマガネとビフが、レースでクラッシュしてね…、その時、マガネのママが、ビーストライドにだけは近づかないでって!マガネに言ったらしいの…、だから、たぶん、マガネはもう、ビーストライドには乗らないと思う」
ティナはテムジに言うと、背中を向けて部室の中に消えていった。
取り残されたテムジの手元のPCの画面では、今日行われたティナのコースシュミレーション映像が繰り返し再生していた。




