第三十四話 同郷の人
カミルさんが執務室の扉をこつりと軽くノックして私を抱いたまま返事を待たずに入室した。
部屋に入ると今日はふんわりと甘い匂いがした。
不思議に思ってあたりをキョロキョロと見回すとサイドテーブルの上にたくさんの種類のジャムとスコーンがあった。スコーンはボテっとどっしりと重そうなボリュームのある大きなスコーンで所謂ドロップスコーンというものだ。焼き目のついたスコーンから漂う小麦の香りときらきら光るジャムの甘い匂いに思わず喉がなってしまう。
おっと涎が……。
「【消音】……もう喋っても大丈夫ですよカミル、フィオーネ」
「ただいま戻りましたロンド隊長。【ステルス】解除」
「りょんろしゃん、こんにちあ」
「えぇカミル、お疲れ様です。こんにちは、フィオーネ」
「りょんどしゃんもかみるしゃんも、わたしのことはふぃーで、いいでしゅ」
「おや、もうそこまで気を許してくれるのですか、フィー?」
「あい!! りょんどしゃんもかみゆしゃんもいーひと。やさしーひちょ。だから、いーの」
「それは光栄ですね。ではそう呼ばせてもらうことにしましょう。……さてカミル、ちゃんと黒部隊の隊員に見つからずに来られましたか?」
「大丈夫だと思います。途中でステルスもかけてきましたし、フィーも静かにしてくれていましたから。まぁ、緊張のせいなのか途中瞬きまで忘れていたのはご愛嬌ですが」
うわぁ、バレてた。カミルさんにがっつり見られてたうえにロンドさんにしっかり報告されてしまった。カミルさんの裏切り者ー!
じとーっとした目で抗議して見たけれどカミルさんには見事にスルーされてしまった。くっ、これがスルースキル(ガチスキル)の力か……!!
「ふふ、言動に幼いところもあるんですね。フィーは物分かりや察しが良すぎるところがあるので子供らしいところがあって安心しました」
「……こどもっぽくないもん。ふぃーはおとなだもん」
「えぇ、そうですね。フィーは随分と大人です。でももう少し周りの大人に甘えても良いんですよ」
身体は3歳児でも中身が高校生なので言動に幼いところがあると知って少しショックだった。反論してみたが生暖かい笑顔を頂戴したので、カミルさんの肩に顎をのせてふいとそっぽ向きだんまりを決め込むことにした。
「おや、怒ってしまいましたか。……では、これでご機嫌をなおしてください」
「ふむっ!? ……ふぁ、あまい…………!!」
「メリストの実のジャムです。実の色が綺麗な桜色なのでほら、ジャムの色も見事に透き通った桜色で綺麗でしょう? メリストの実は火を通したり水分がとぶと口当たりが悪くなってしまうのですが透華草の蜜と一緒に煮込めば普通の果実と同じようにジャムに加工出来るのですよ。材料がどれも高価なので値段も高いのですが味も甘酸っぱくて美味しいですし見た目も綺麗なので貴族女性に好まれるのですよ。美味しいですか?」
「あい!!」
メリストの実というのが一体どんな実なのかはさっぱり想像がつかないが名前からしても味からしても心当たりが全く無いのでこの世界特有の果実だと思われる。素晴らしく美味しいですロンドさんありがとう。ご機嫌をなおすのでどうぞおかわりをください。
値段が高いらしいので私の心の安寧のために値段は聞かないでおきます。
「ご機嫌もなおったようですね。気に入って頂けたようで何よりです」
ニッコリと笑ったロンドさんが私の片手をポンポンとしながらおかわりはどうぞカミルから貰ってくださいと言われてしまったので期待を込めてカミルさんを見つめると苦笑しながら食べさせてくれた。
「はい、フィー。あーん」
「あー」
カミルさんが差し出した何やら黒っぽい茶色のクリームの乗ったスコーンの欠片を口に入れてもらうと、甘くて少しビターな味と滑らかな舌触りのクリームが舌の上でとけた。これはジャムじゃなくてガナッシュかな? そして慣れ親しんだこの味。この味はチョコレートで間違いない。少し苦く感じるがこれくらいなら許容範囲内だ。今の子供舌でも充分美味しいです。
「ショコレのガナッシュだよ。暖い地域で取れる木の実から作るんだ。本当はもっと苦いらしいんだけどそれを砂糖とかミルクを混ぜて食べやすくしているんだ。美味しい?」
「あい!!」
「そっか。よかったよかった。じゃあ次ね。はい、あーん」
「あー」
次に食べたのはなんだろう、独特の風味とふんわり広がる甘さがなんとも癖になる。クリーム系なのにこってりし過ぎず後味がさっぱりなのも高得点だ。えっと、この味はクリームチーズ……かな? じゃあこのクリームはクロテッドクリームか。スコーンにクロテッドクリームは定番だもんね。またまたこれも素晴らしく美味しいです。カミルさんとりあえずもう一口ください。
「本当だ。ジェイド隊長が言っていた通り本当に表情はあまり変わらないみたいだけど目に感情が出るね。目が凄くキラキラしてるけどそんなに美味しかったの?」
「あい!」
「なるほど、フィーはチーズ系が好きなのかな? はいおかわり。フィー、あーん」
「あー」
その後もイチゴやリンゴ、オレンジや桃、マスカットや変わり種で無花果やライチ、パイナップルなんてのもあった(もちろんフルーツの名前は地球と違った)
しかし、私の記憶が正しければパイナップルはペクチンの量が少ないから普通のレシピでジャムにしても固まらない。……とするならば、この世界のパイナップルは地球と違ってペクチンを多く含んでいるか、ジャムにちゃんとたくさんの砂糖をいれたりリンゴなんかのペクチンの多い果物を一緒に煮ているかのどちらかだろう。
まぁ、私にとっては美味しいからどちらでもいいのだけれど。
ちなみにこのスコーン、千年以上も昔の話になるそうだが人族の『カナタ』という人が伝えた料理であるらしい。
なんでも、『チーハン』という米を炒めた料理や『ミソスープ』という汁物、『ニギイメシ』などの料理を作り振る舞い、『スコーン』と『ショーガヤキー』などいくつかのレシピを後世に伝えて亡くなったとされる東の小国に住んでいた料理界の偉人。現在は伝えられたレシピのうちスコーンやジャム、ミソスープとのレシピを残し他は口伝でこの様な料理であったと伝わることがほとんどで、あとは僅かに書物に残るのみである。
……確実に私と同じ転生者、しかも日本からであるとみて間違いなさそうである。やはり転生しても日本の食文化に慣れた人間はこの世界の料理に満足出来なかったもよう。しかもこの人、様々なものを開発しては協力してもらった友人に振る舞い餌付けしていたようだ。胃袋をつかんでまた協力よろしくねってするんですねわかります。




