第二話
久々に機嫌でも取っておくかと訪ねてみれば、葵の様子がいつもと少し違う。
扇を広げて顔を背けている姿は相変わらずで、いつもの澄ました態度なのだが。
ふとした仕草がどこか艶やかで、ふいに息を呑むほど色っぽい。
もともと美しい人だ。気にするなというほうが無理であった。
◇
いつもは早々に辞去するところだが、今日は泊まっていくことにした。
横たわり、ゆっくりと寛ぎながら、傍であどけない顔をして眠る葵を見つめる。
「こうして眠る姿は実に可憐なのだがな……」
そっと伸ばした指先で頬を撫でると、
「……みや、さま……」
ほんのり笑顔を浮かべ、彼女はまた深い夢の底へ落ちていった。
(結婚した当初のことでも思い出しているのだろうか。愛いやつ)
「……よし、花でも贈ってみるか」
◇
「どちらが花か迷ってしまうな」
「……宮様」
「間違えようはずもないのだが」
やってきて早々、お見せしたくないものを見られてしまった。
「……捨ててしまおうかしら」
ぽつりと呟く葵。
あの人が届けてきた、あまりに豪奢で誇らしげな山吹の大枝を手にして佇んでいたところに、春の宮様が現れたのだ。
葵の細い手からそっと枝を受け取り、穏やかに微笑む春の宮。
「花に罪などありはしない。……では、こうしてはどうか?」
そう言うや庭へ降り立ち、小さな愛らしい白花を咲かせた枝を手に持ち戻ってきた。
おもむろにその枝を生け始め──手前に凛と据え、あの人の華やかな花を引き立て役として後ろに添えてみせる。
「まあ」
驚く葵に、春の宮は悪戯っぽく、けれど胸を焦がすような眼差しで囁いた。
「多少の毒は、思いを募らせるぞ。……何せ私は、いつも猛烈に嫉妬しているのだからな」
息を呑む葵を、そのまま溢れる情熱ごと強く抱きしめる。力強い胸の温もりに包まれ、葵の頑なな心がゆっくりと解けていく。
「『わたしの愛は増すばかり』でございますか」
「そうか、あれは南天であったな。……ああ、増すばかりで持て余すほどだ。あなたも、そうであってほしいものだが」
「……あまり私をからかわないくださいませ」
少し顔を赤らめてそっぽを向く葵に、春の宮は愛おしそうに目を細めた。
「からかってなどおらぬよ。……さて、せっかくの逢瀬だ。あまり可愛い意地を張らず、私とゆっくり過ごしてはくれまいか」
取り出したのは、色鮮やかな祭りの絵巻物であった。
「まあ、絵巻物ですか?」
留め紐をそっと紐解いていく。
「なんて華やかな……傘に舞……楽もあるのでしょうねぇ……」
葵はうっとりと瞳を輝かせる。夢中で絵巻物を眺めるその髪を、春の宮は優しい手つきで髪をそっと撫でた。
「来年の祭りは、人目を避けた車を立てて、二人で密かに見に行こうか」
「本当でございますか……?」
嬉しそうに胸を踊らせながらも、どこか遠くを見つめ、叶わぬ夢を慈しむような切ない顔をする葵。春の宮は、そんな彼女をまるごと慈しむように、そっと包み込んだ。
「ああ、きっと叶えよう。……だから心健やかに過ごせ。こうして何度でも参る」
御簾を渡る心地よい風の中、二人は肩を寄せ合い、誰にも邪魔されない密やかな時間を重ねていく──。




