第三話 明けない夜
(雑談)
思っていたよりも文量が多くなり想定していた箇所よりも手前で出力させていただきました。
次回は少し短くなるかもしれません。ご容赦ください。
黒い大粒の雨が降りしきる中、彼らがいったいどれだけの時間、呆然と立ち尽くし、嗚咽を漏らしていたのかを知る者は誰もいない。なぜなら彼らが決断し行動した故の結果なのだから。
レオンは絶望に暗み嗚咽を漏らす少女にかける言葉を見つけられずにいた。そして自分が起こしてしまった到底受け入れられるはずのない結末に彼女ほどの後悔や絶望をしていない己の冷たい心に心底驚いた。
自身の冷酷な一面に気づいたとき、レオンは一心不乱に駆け出していた。認められない自身の一面を覆い隠すかの如く、燃え尽き廃墟となった家々を巡る。
「誰か!誰かいないか!!」 「生きている者は、いないのか!!!」
その叫びは自身の非情さをひた隠すため叫ばれた。
その涙は自身の非情さに打ちひしがれて流された。
レオンの悲痛な叫びと涙の真意には唯一無二の相棒、クラウスでさえ気づけないでいた。
彼らがヴンダー村の惨劇を目の当たりにした頃、アベルだったものの足元に、音もなく突如として大きな四角い姿見が現れた。丸焦げの死体と黒い雨が降る燃え尽きた粉吹花の森を映し出すその鏡は小さく波打ったかと思うと、高く赤いピンヒールに炎のような髪色、体のラインがはっきりとわかる真っ赤なスパンコールドレスを身に纏った齢40ほどの美女が映し出された。その美女が鏡の向こうからゆっくり姿を現す。しきりに降り続ける黒い雨に苦虫を嚙み潰したような顔をすると手に持っていたフリルがあしらわれた黒い傘を差し美女は呟いた。
「期待外れね」
「もうお分かりになられたんですか?」
鏡から顔を覗かせつつ驚いた様子で美女に問いかけるのは先ほどの姿見にいつのまにか映し出されていたブロンドの髪にそばかす、魔法使い然とした暗い色のとんがり帽子とローブを身に纏い白い杖を持った16歳ほどの少女だった。
「魔法の残滓が何もないわ。これだけの面積を魔法で吹き飛ばすとなれば少なからず何かしらの痕跡は残るけれどここには何もない。大きな魔法を期待したけれど残念だわ。ただの事故よ」
そう言い切った赤いドレスの美女に尊敬、畏怖、憧憬の入り混じった顔で少女が口を開く。
「さすがは”上級”魔法使いブレンダ様」
その言葉に一切の興味がないのかブレンダと呼ばれた女は何の反応も見せずあたりを見まわした後、足元の死体に目をやるとピンヒールで突きながら少女に問う。
「これはあなたの知り合いかしら?」
少女はアベルを一瞥するとブレンダにこう答えた。
「はい。私の二個上、アベル・ブリーゼです。男性ながら魔法学校の卒業と同時に下級筆頭になられたエリートで誰よりも向上心があったと記憶しています」
この世界の魔法使いは男性より女性が大成していた。現にクルク国に100名しかいない上級魔法使いのうち男性はたった1名しかおらず中級ですらその大半を女性が占めていた。
「実はあなたも人が悪いのね。学生ながら”中級”に列席できたというのに下級筆頭如きをエリートだなんて」
ブレンダは笑った口元を白いシルクの手袋で覆われた手で隠しながら少女を見て言った。
「いえ、尊敬していたのは事実です。誰よりも自尊心があり、向上心のある方でした。勿論、実力も伴われていました」
「けれど”この程度”の爆発を防ぎきれないようじゃこの坊やも下級どまりよ。あなたなら防げたんじゃなくて?メリア・シュピーゲル」
メリアと呼ばれた少女は一考する素振りも見せず即答する。
「はい。”余裕”かと」
その即答ぶりが可笑しかったのかブレンダは小さく笑いながら少女に言った。
「やはり意地悪いじゃない。けれどそういうところが私は好きよ」
メリアは深々とお辞儀をしつつブレンダの言葉に「光栄です」と返した。
「しかしどうしてこんな何もないところへこの坊やは来たのかしら。観光にしたってもう少しまともな所へ行くでしょう」
ブレンダは再度あたりを見回し不思議そうに言った。
「恐らく失踪したとされる中級魔法使いの捜索、救助の為に来たと思われます。ここ一帯は中級が失踪したとのことで手に負えないとし依頼を打ち切ったようですが、どこからかその情報を得て一人勇んできたと思われます。中級の失踪を解決をすれば中級への足掛かりになると考えたのではないでしょうか」
メリアはここへブレンダを連れてくる前に集めた情報を伝えた。
「けれど失踪したとされる中級は確認されていないのでしょう?」
「はい。しかし大規模な爆発があったとのことで”大炎熱の魔女”と称されるブレンダ様に捜査の依頼が国王陛下より直々に下りたわけです」
メリアはブレンダをここへ連れてきた理由を告げた。
「陛下も人使いが荒いわ。寄こしたのがあなたじゃなければ跡形もなく燃やし尽くしていたところよ。あなたも大変ね。西へ東へとこき使われているんでしょう?」
ブレンダはため息交じりにそういうと心配そうにメリアをみた。
「いえ、上級さまのお仕事のお手伝いをさせていただけるのは身に余る光栄。ましてや陛下のご命令ともなればこのメリア喜んで命を捧げる所存です」
大層な物言いにブレンダはどうしようもないといった表情をするとため息をついた。
「それじゃ帰りましょうか。私は雨が嫌いなの。こんなところ長く居るものでもないわ」
ブレンダは興が覚めたと言わんばかりにそういうと鏡の方へ踵を返す。
メリアは恐る恐るといったようにブレンダの背中へ問いかけた。
「アベルの処遇はどうしましょう?事故で死んだとしてもこんなことで死んだとなれば魔法使いの威厳が保たれません」
その問いかけにブレンダは振り向く素振りも見せず鏡越しに冷淡に告げる。
「そんなことも分からなくて?アベルは殺されたのよ。その中級を騙る何者かに。けれど殺されたにしても事故にしても我々のうだつが上がらないわ。”東方の戦線”送りにされたことにしておきなさい」
そう言うとブレンダは鏡の中へ入っていった。鏡は波打ちブレンダの姿をかき消す。メリアはそれを確認すると周囲を見渡し自身もその鏡へ入っていった。その鏡は現れた時同様、音もなく姿を消した。残されたのはアベルだった黒焦げの死体と燃え尽きた粉吹花の森だけとなった。
三か月後
初夏の頃合いを見せてきた頃。レオンはヴンダー村から南西に歩いて五日ほどの砦町クラインフォルトに食材などの買い出しの為訪れていた。この町はクルク国の南に位置するバルバレン帝国との紛争地域にほど近く、彼らの侵攻を防ぐべく砦町ながら大きく発展していた。東西に位置する双峰に挟まれたクラインフォルトは山から山へ繋げた高さ5m、長さは数㎞にも及ぶ城壁の北側に沿うようにして広がっており細長い形を成していた。また双峰からもたらされる湧き水が町内のいたるところに流れ、名水の里としても有名なその町は中央に大きな川が横切る形で流れていた。
「よぉ、冒険者さんよ今日も気前がいいねぇ。何をして稼いでいるのか知らねえが厄介ごとだけは勘弁してくれよ」
数週間に一度、大量の食材を買いに来るレオンに対し、訝しんだ野菜売りの大男は自身の無精ひげを触りながらぶっきらぼうにそう告げた。
「前の村で稼いだ分がまだあるだけだ。迷惑はかけない。また必要になったら買いに来る」
レオンは最低限そう伝え白い布で作られた簡易なフードを目深にかぶりなおすと足早にその店を離れた。その後も医薬品や生活品を買いあさる中で冒険者であるレオンに対しかけられる言葉は決して暖かいものではなかった。必要なものを一通り買い集めるとレオンは人目を避け東の山へ消えていく。クラインフォルトから歩いて半日ほど。東側の山を回りクラインフォルトの正反対にあるもう使われていない小さな一部屋だけの木こり小屋、そこがレオン、クラウスそしてエルシアの隠れ家となっていた。
「戻ったぞ、クラウス、エルシア」
夏にさしかかり日も長くなったとはいえ日が暮れかかる頃。レオンは小屋の前に着くとそう告げ、扉を三度軽く叩いた。すると中からも一度ドアが叩かれる。それに対しレオンは二度叩き返すと一拍おいて再度二回ドアを叩いた。それは彼らが決めた合図だった。
「おかえり、レオン。誰にも見られてないか?」
疲れ切った様子のクラウスは合図を確認すると扉を開け、辺りを見回しながらレオンに問いかけた。
「手も足も出ないような奴らじゃなければ見られても尾けられてもいないさ」
レオンはそう言うとクラウスの脇を通り小屋の中へ入ると大量の荷物を床へ置いた。
「確かに見られている、尾けられていることを気づかせてくれる相手は大したことないでしょうからね。まずは無事に帰ってきて何よりです」
クラウスはそう言と再度辺りを見渡してから扉を閉め、鍵をかけた。
「エルシアは相変わらずか」
レオンは部屋の隅でうずくまり虚空を見つめる哀れな少女、エルシアを見て言った。
エルシアはヴンダーでの悲劇を目撃した後から廃人のようになっていた。最初の一週間は食事も一切せず、排泄も垂れ流す状態で非常に手が焼けた。勿論歩くこともままならずこの小屋が見つかるまでのヴンダーからの一週間は二人が交互に背中におぶって行動した。
「最近はやっと食事も一人でできるようになりましたが意思疎通ができるとは思えませんね。こんな状態の少女を連れて歩くこともできませんし。一人にしても何をしでかすかわからない。だから縛ろうにも昔の記憶でしょうか、本当に嫌がりますからね」
いつ死んでもおかしくないほどやつれ細くなったエルシアにクラウスは哀れな視線を浴びせていた。そんな彼女は生きることを諦めているのか、事あるごとに死のうとしその度にふたりは必死で彼女を止めた。そんな彼女を一人にするわけにはいかず買い出しなどのレオンが留守にする際はクラウスがエルシアに付きっきりで看病をすることになっていた。
「クラウスにばかり看病を押し付けて申し訳ない。今度の買い出しはクラウスが行ってくれないか?看病は俺がするさ」
力なくそういうレオンにクラウスは答える。
「そう言ったってレオンにこういったことは苦手でしょう。確かに大変ですがこっちの方が性に合っていますし、なんせ私の図体じゃ買い出しも何も目立ってしょうがないでしょう?」
クラウスは心配させまいと自分の腹を叩くと笑って見せた。しかし暗い顔をしたままのレオンを怪訝に思ってかすぐ笑い止むと問いかける。
「町で何かあったんですか?」
レオンはクラウスを一瞥するとこう告げた。
「目立たないよう、覚えられないよう毎回店を変え、場所を変え極力目につかないよう努力してきたが遂に今日、冒険者だって話しかけられたよ。さすがに数か月も経てば嫌でも目に付く、記憶に残るって事だな。しかも金に困ってもなさそうとなると余計に怪しいんだろう」
そう力なく告げるレオンにクラウスは肩を竦めた。
「金銭にはしばらく困らないほど余裕がありましたしエルシアの容体も時間が経てばよくなると思い、身を隠すことを選択しましたが間違いだったようですね。さすがにこれからの身の振り方を考え直さないといけませんね。衛兵なんかに通報されてはたまったもんじゃないですから」
ヴンダーでの依頼達成報酬は総額で三人が数か月働かずとも余裕で食べていける金額だった。その為、エルシアの容体が回復するまではこの小屋でしばらくの間身を隠すというのがレオンとクラウスが出した答えだった。しかしエルシアの心は時間が解決してくれるほど生半可なものではなかったらしい。レオンは部屋の隅でうずくまるエルシアに近づくと傍らに座り話しかける。
「なぁエルシア、お前のしたことは間違いじゃない、ああするしかなかったんだ。そしてお前のおかげで俺たちは助かった。お前がいなけりゃ俺たちはあいつに殺されていた。気に病むことじゃない。気にするな、俺たちはお前の仲間だ。何か欲しいものやしてほしいことはないか?何か言ってくれ?頼むよ」
レオンはエルシアの肩にそっと手を置くと優しく語りかけた。エルシアは顔を少し上げレオンの顔を伺うもすぐにあの惨劇を思い出したのか胃液を吐き出してしまった。
そんな状態のエルシアに思わずレオンは天を仰ぐ。クラウスも傍に来ていたようで立っていたクラウスと目が合うが彼は首を振るだけで何も言葉を発しなかった。
「明日の朝、冒険者協会に何か良い依頼がないか見に行くよ」
レオンは諦めたようにクラウスに告げる。
「そうですね。怪しまれないよう仕事をしないといけませんから。エルシアは私が診ておきますよ」
クラウスもそれしかないと言わんばかりに肩をすくめ肯定した。
「それじゃ俺はもう寝るよ。暗いうちにまた出なきゃなんないからな」
帰ってきたばかりのレオンはそう言うと荷物もそのままにエルシアとは正反対の角に寝転がるとすぐに寝息を立て始めた。
クラウスはそんなレオンにかける言葉が見つからないまま、いつまでこの状態が続くのだろうか、エルシアはいつよくなるのだろうか、もし回復しなければ最悪この手で…と考えたくもないことが頭をよぎるのを感じ取ると頭を振って思考をリセットした。レオンがエルシアに言ったのだ。
仲間にならないか、と。
売らない、見捨てもしない、と。
その言葉を反芻しつつレオンが調達した荷物を片付け始めるのだった。
暗い未明の深夜、レオンは起き上がる。真っ暗の室内に寝起きでまだぼやける視界には隅で小さな寝息を立てるエルシアと傍らには座ったまま眠るクラウスの姿があった。レオンは二人を起こさないよう静かに身支度を済ませると小屋の出入り口を開ける。そのわずかな音でクラウスは目を覚ました。
「いってらっしゃい。レオン。エルシアは私に任せてくださいね。良い依頼があることを願っています」
寝不足のせいか月明かりだけの暗い小屋の中でも分かるほど目に青クマを作っているクラウスが真っすぐこちらを見つめ座ったまま片手をあげレオンを見送る。
「起こして悪かったな、行ってくる。できるだけ早く帰ってくる」
そう言うとレオンは軽く手をあげ返し扉を閉める。レオンを見送るとクラウスはエルシアを一瞥し再び浅い眠りに入っていった。
レオンがクラインフォルトに到着したのはちょうど朝市が終わる頃合いだった。いつもはもう少し短い時間で着くはずだったのだが深夜の山道を抜けるのに手こずったらしく思いのほか時間がかかったようだった。しかしクラインフォルトの冒険者協会が開くのはヴンダー村の昼過ぎと違い朝市が終わってすぐだった為、レオンは町に到着するや否やすぐに冒険者協会があるクラインフォルトの西側へ向かった。
そのクラインフォルト西部の冒険者協会は町を東西に分ける大きな橋を渡ってすぐのところにあった。ヴンダーのそれとは違い冒険者協会だけの建物で白い石造りの尖塔からは煙突がそびえ営業中であることを示す煙が立ち上っていた。立派ではあるものの相当な月日が経っているのかところどころの石には亀裂が走っており苔や蔦も目立っていた。その手入れがなされていない建物こそがこの町の冒険者に対する想像を映し出したかのように思えレオンは良い思いをしなかった。
レオンはその建物の入口に手をかけると大きく軋む扉を開ける。
「いらっしゃいませ!クラインフォルト冒険者協会へようこそ!」
威勢がよく、遠くからでも聞き分けられそうな澄んだ声をした女性に話しかけられ思わず面食らうレオン。その快活な女性は扉を開けた正面の受付に座りにこやかな笑顔をこちらに向けていた。髪色は紫に近く耳が見えるほど短く綺麗に切られている髪をした女性はヴンダーのレゼと同じ制服を身に纏っていた。そんな彼女にレオンは近づくと手短に伝える。
「木板一人でも受けれる東の山での仕事はないか?できれば数日中に片付くやつがいい」
レオンがそう伝えると女性は「かしこまりました!」と元気に言い後ろの書棚から数枚の紙を取り出しレオンの前に広げた。
「東の山で数日となると山菜取りや木こりの手伝い、あとは罠の設置及び確認の依頼が出ていますね」
ヴンダーで見た依頼とほとんど変わり映えのしないつまらない依頼にため息が出そうになるもすぐさま飲み込み一番報酬額の大きい罠の依頼書を手に取った。
「これにするよ。ちなみに興味本位で聞きたいんだがここで受けられる一番大きな依頼って何なんだ?」
レオンは本当に興味本位で受付に問いかけた。受付は少し考えたのち入口から入って右側の依頼書が乱雑に張られた壁を指さした。
「西の山に住む水守の龍の討伐ですね」
「龍討伐!?」
思わず声を大きくしてしまうレオン。それも無理はなくこの世界に龍と呼ばれる個体は非常に少なく、また非常に強大で、戦うべからず、触れるべからず、見るべからずといった風な諺があるほどに恐れられている代物だからだ。
「いったい誰がそんなバカげた依頼を出したんだ?」
そんな無謀ともとれる依頼を出す頭のおかしな者は誰なのか気になったレオンは受付に問いかけるも受付自身も知らないようだった。
「私がここに配属された時にはもう張り出されていましたし成功した際の報酬金も冒険者協会に匿名で送られていたらしいので私は何も知りません。達成したら何かわかるんじゃないですか?」
客との長話に嫌気が差してきたのか少しぶっきらぼう気味に答える受付を察したレオンはもう続けまいと感謝を述べる。
「ありがとう、色々教えてくれて助かったよ。ここまで気前の良い受付は初めてだ」
「仕事ですから」
そう告げ笑顔を見せる受付の目が笑っていないことに気づいたレオンは自身の冒険者という立ち位置がどれだけ危ういものなのかを再び痛感し教会を後にした。
その依頼はレオンにとって非常に簡単なものだった。クラインフォルト東の山に何度も出入りし動き回っていたおかげで計20か所の小さな害獣対策用の仕掛け罠はすぐに見つけることができた。いくつかの壊れた罠は回収し、獲物が掛かった罠も場所を依頼主に報告、小屋へ帰るついでに壊れた個所の再設置を行った。そうしてレオンはまだなんとか明るい時間に二人が待つ小屋へ帰ることができた。
「おかえり、レオン。ごはんができていますよ」
いつもの合図で中に入ると暖かく良い匂いがレオンを包んだ。暖炉の火で温められている鍋には昨日レオンが調達した食材たちが煮込まれており初夏とはいえ朝晩は冷え込む体を温めるのにちょうどよかった。
エルシアも今日はその温かい食事につられてか昨日より少し部屋の中央に座りお皿を抱えながらゆっくり食事をしていた。
レオンは今日あった出来事や依頼内容、明日も罠の確認や報酬の受け取りの為、小屋を空けることなどをクラウスに報告し三人で輪を作るように座って食事を続けた。そして最後に冒険者協会で見た龍討伐依頼の話を始めた。
「それは妙な依頼ですね。報酬も相当高額だったんじゃないですか?」
クラウスはレオンのその話に興味がわいたのか身を乗り出し聞いてきた。
「俺たち3人じゃ1年は遊んで暮らせるんじゃないか?ま、どうにかなる相手かもしれないが触らぬ神に祟りなしだ。今は所持金にも余裕があるしな。わざわざ危険を冒す必要もないだろ」
レオンは思いのほか興味を示してきたクラウスを牽制するように窘めた。クラウスもまさかまさかと言うような口調で弁明する。
「挑みたいだなんて思ってもみないですよ。ただ興味がわいただけです。しかも我々木板じゃ逆立ちしても依頼を受けさせてくれないでしょう?」
そういうクラウスにレオンは中級がいればなと言いかけるもエルシアの状態を思い出し言い淀んだ。クラウスもそんなレオンを見てエルシアを一瞥する。彼女はただ黙々とスープを口に運ぶだけだった。
その後もレオンとクラウスは龍についての話を続けた。男子としての憧れか一度は目にしたい、戦ってみたいと嬉々として冗談めかしながら話し盛り上がる男二人は違う意味で龍に惹かれてしまった傍らの少女、エルシアの変化に気づけないでいた。龍の話題が上がるたびに耳が微動するエルシアに…。
夜明け前、東の空がぼんやりと明るくなり始めるころ、レオンは昨日同様に一人身支度を始めていた。昨日より遅い時間もあってかクラウスも起きて昨晩の片づけをしていた。
「今日、明日で依頼は達成できると思う。多少なりとも働いて悪い噂を断ち切らないとな。すまないが今日もエルシアのこと頼んだぞ」
レオンはそう言うとクラウスに向け手を上げ挨拶をする。クラウスも「気を付けて」と挨拶を交わした。
今日の仕事もレオンにとってはいとも簡単にこなせる内容だった。昨日の罠の確認、一夜でかかっていた罠の確認、壊れていないかの確認…それらをクラインフォルトと山の境目に位置する小屋に住む依頼主で優しい大男、ベン・イェーガーに報告した。熊のように大柄で白い立派な髭をしたその老男は思いのほか律儀に働き仕事も早いレオンを良く思い始めていた。
「やはり若いものはよく動けて羨ましいよ。わしも若いころはよく動いて働いたもんだが今じゃ年を取ってこんなことになっちまった」
そういうとベンは包帯で巻かれた膝を軽く叩いて自嘲気味に笑った。
「そんなこと言わないでくださいよ。ベンさん、おかげで俺みたいなのにも仕事があるんだから。明日も任せてくださいよ」
レオンがそう言うとベンは嬉しそうに笑いレオンに提案した。
「良かったらしばらくはこの仕事を請け負ってくれないか?ついこの間、膝を言わしてしまってすぐに治りそうもない。別の冒険者に依頼するのも気が引ける。孫や息子連中も帰ってくる気配が無い。依頼延長という形でどうだろうか?」
その提案はレオンにとっても願ったり叶ったりですぐさま了承した。レオン自身、また別の依頼を受ける為、あの受付と顔を合わせるのは気が引けたのだった。
「それじゃ今日は依頼延長記念に美味い飯をご馳走してやるよ」
その老男からのご厚意を無下にするわけにもいかずまた一人で寂しくしゃべり相手もいないであろうベンを思ってかレオンは小一時間ほど昼飯を共にした。
帰り支度を済ませベンから報酬を受け取るとレオンは山へ入る。罠の設置や確認という大義名分ができたおかげで怪しまれることもなく森の中へ消えていったレオンは帰り道、クラウスの叫び声に気が付いた。
「エルシア―――――――ッ!!どこだ――――――っ!!」
クラウスが何を叫んでいるのかを理解した瞬間レオンは荷物を捨てその声の方へ疾走する。ものの数分で合流したレオンはクラウスに問い詰めようとしたが青ざめた顔をしたクラウスがレオンより早く問いかけた。
「エルシアを見なかったか!?すまない!少し気が緩んでしまっていたようだ。私が寝てしまったせいでエルシアが小屋を出たことに気が付けなかった!!!」
クラウスの懺悔とも呼べる言葉にレオンはクラウスを責めることは到底できなかった。クラウスはエルシアを片時も離れることなく見守りここ数か月ほとんど眠れていなかったのだ。実際レオンが立てたどれだけ小さな音にも寝ながらに反応し毎回起きるほど緊張感を持っていた。そんな彼を放っておいて呑気に飯なんかを食っていた自分を責めるべきだった。
レオンはクラウスを落ち着けるとすぐさま手分けして山を捜索した。あのやつれた彼女がこの山を越えることなど想像もできなかったからだ。しかし探せど探せど彼女の姿は見当たらない。日も暮れ始め何度目かの合流をしたときレオンは一抹の不安を覚えた。
「もしかしたら龍の討伐に向かったんじゃないのか?」
レオンの発言にクラウスは信じられないといった様子で驚き否定した。
「確かに彼女であれば中級魔法使いとして依頼を受けることはできるでしょうが彼女は魔法が使えないんですよ!そんなことをしてはただの自殺行為です!」
そこまで言ってクラウスは気づく。ここ数か月の彼女の行動を。飯時に使ったナイフを隠し持ち二人が寝ている隙に自分の首元へ突きつけようとしていたこと。
荷物を縛る縄を持ち出し木へ括り付け首を吊ろうとしていたこと。
トイレに行くと偽り山の中を徘徊し野垂れ死のうとしていたこと。
彼女はしきりに死のうとしていた。苦しみから解放されるため、何度も何度も。つまり龍の元へ死にに行くのはあり得る話だった。
クラウスはその事実に気が付きレオンをみた。レオンは緊張した面持ちで頷くと「ついてこい」と短くクラウスに命令した。
東西に長いクラインフォルトを走り抜ける二人はすぐに橋を渡り冒険者協会にたどり着いた。ちょうど営業が終わり建物から出てきたあの受付にレオンは勢いそのままに彼女の肩をつかむと食って掛かった。
「龍の討伐依頼を受けた魔法使いは来なかったか!?」
余りの勢いに受付は小さく悲鳴を上げるもすぐに負けじと言い返した。
「急になんですか!?もう営業は終了しています!木板冒険者ごときが話しかけないで!」
そう言い放ち手を払いのけようとする受付にさらに強くレオンは言いかかる。
「龍の討伐依頼が受けられたかどうかだけでいい!!それさえ教えてくれたら俺たちは満足だ!」
その気迫に押されてか受付はため息をつくとこう答えた。
「受けられましたよ。どなたが受けたのかは教えられません。満足ですか?それでは」
その言葉にレオンは力なく手を離した。受付はそんな彼を気にも留めず夜の暗い街へ消えていく。
「レオン…」
項垂れるレオンにクラウスが声をかける。
「まだ間に合うかもしれない。走るぞクラウス」
まだ諦めまいと拳を強く握りレオンは走り出す。クラウスもまだ彼女が生きていることに賭けレオンについていく他なかった。
工房や加工場、酒屋などが立ち並ぶクラインフォルトの西部を抜け彼らは西の山へ入っていく。レオンが昨日見た龍討伐の依頼書に書かれていた地図の記憶を頼りに人目も気にせず一心不乱に目的地へ向かう。
どれだけ走ったのだろうか。山の中腹まで登った頃、月明かりに照らされ巨大な龍が闇夜へ飛び去って行くのを二人は目撃した。
はじめての龍に興奮することなくただ焦りだけが二人の心に募っていく。鬱蒼とした山の中を二人は駆ける。額の汗も気にせずただひたすらに走った。
山の頂上まであと少しというところで二人はまるで山の一部が丸々直角に切り取られたかのような不自然な形の地形に出た。岩肌が露わになり生い茂る草木もその一部分には茂っておらず岩の起伏が激しいその切り立った壁に大きな穴があるのを二人は見つける。そしてあれが龍の住処だとすぐに二人は察した。
二人がその大穴に近づくとその大穴は大の大人が五人ほどの高さと横幅だった。それだけでここを住みかとする龍の巨大さ、強大さが容易に想像できた。月明かりに照らされた大穴を覗き込んだ二人はその最奥、壁に天井にとおびただしいほどの血がついたその場所で血だまりの中にエルシアが倒れているのを発見した。
次回予告
龍の住処で横たわるエルシアを発見した二人。息も絶え絶えの少女を救うべく明かされるクラウスの秘密とは!?そして死を間際にエルシアが見た自身の知られざる過去とは!?
第4話 水守の龍
6/24水曜公開予定!!




