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Desperado  作者: 汚砂糖
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第四話 水守の龍

 エルシアはどうやって死のうか考えていた。ナイフもダメ、首つりもダメ、野垂れ死のうにも面倒見の良い二人に邪魔をされる。彼らは私のことを大切に思ってくれている。私を仲間だと言ってくれている。私を売ることも見捨てることもしないだろう。時間が解決するのかもしれないと思った。それでもエルシアの心の傷は塞がることはなかった。


 そんな中、エルシアは二人が龍の話をしていることに気づく。あぁ龍なら、おとぎ話や噂でしか聞いたことのない龍が私の近くにいる。

 龍なら私を一息に呑み込んで殺してくれるかもしれない。

 鋭い牙や爪で切り裂いて殺してくれるかもしれない。

 もしかしたら、あの時私がしてしまった事を罰するかの如く火炎の息で私を殺してくれるかもしれない。

 こんなダメな私を跡形もなく消し去ってくれるかもしれない。あぁ消えたい。この世界から跡形もなく消えてしまいたい。

 そう考えた。そしてそれを実行するタイミングは思っていたより早くに訪れた。


 クラウスは私を看病してくれている。そしてそれは私が変な気を起こさないように見張っているということも理解していた。

 責任感の強いクラウスは確かに眠るときでさえ私に注意し小さな物音ですら起きては私を確認する。けれどそんな状態を何か月も続けられる訳がなかった。

 私が彼らの話を聞いていつもより多くの食事をとったことをクラウスは喜んでいるようだった。いつもは小さなお皿に盛りつけられた料理を半分食べられれば良いほうだった。けれどその日、私はそのお皿の料理を気が付くとすべて平らげてしまっていた。いつもはすぐに気持ち悪くなって吐いてしまうのに、その日は龍への興奮で胃から上がってくる感覚が無かった。食べ終わったお皿を片付けるとき、クラウスは私に話しかけることはなかったけれどすごく嬉しそうにしていた。きっと彼はそれで少し緊張の糸が解けたのかもしれなかった。

 レオンが小屋を出てクラウスも一通り小屋の片づけを終わらせた後、いつも通り私の為に衣服を洗濯してくれたり体を拭いてくれたり髪をすいたりしてくれていた。恥ずかしいと思わなきゃいけないのだろうけれどどういった感情が恥ずかしいのかわからなくなってしまった私はいつも通りされるがまま体の手入れをされていた。そして朝も終わろうとする頃、いつもクラウスは仮眠をとる。ほんのひと時の仮眠だが今日は違った。いつもの場所に座ったかと思うとすぐにいびきをかいて寝始めた。そんな彼に私は驚くこともせず冷静に考えた。今だ。今しかない。そうっと音を立てないよう腰を上げ杖を持つ。いびきのタイミングで軋む床を踏み音を誤魔化す。ずっと頭の中がぐちゃぐちゃだったのにその時はどうしてかわからないけれど頭の中が透き通っていてどうしたらいいかがすぐに分かった。

 死ぬために神様が道しるべを示してくれているのかなと思ったりもして少し寂しくなったけれど気が付くと私は扉の前で取っ手に手をかけていた。

 クラウスを見る。床に座り背中を壁に預けながら天を仰ぎ、大口を開けて気持ちよさそうに寝る彼は私が扉を開けて出ていっても気が付かなかった。

 私はこの感覚を知っている。あぁなんだか懐かしい。やっと自由だ。

 私は死ねる。そう思えると驚いたことに私の足並みは軽く自然と森の中を駆けてゆけた。




 どれくらい走ったのだろう。息が切れ心臓が痛い。足もいたい。眩暈もする。吐きそうだ。当たり前だ。この数か月ろくに運動もしなければ食べてもいない。町まではこんなに遠いのか。小屋を出てすぐに着くと思っていた。けれど私は諦めない。私は死ぬ。その一心で道なき道を、山を歩き山を下り町へなんとかたどり着いた。朝には小屋を出たはずなのに気づけば日も登りきり夕方に差し掛かろうとしていた。

 私はふらつく足を何とか動かし待ちゆく人達に声をかけようとした。けれど声が出ない。喋ろうにも喉に詰まって出てこない。無理に出そうとするといつもの胃液が出そうになる。無理もない。ずっと喋ってこなかった。急に喋れる訳がない。呼吸が乱れる。焦って死にたくなる。こんな変な私をきっと皆が見てる。恥ずかしい死にたい。


 …落ち着けエルシア。私は今から死ねる。死ぬことができるんだ。だから落ち着け。死ぬために落ち着け。そう思うと不思議と心は静まり呼吸も収まった。そしてその時目の前を通りかかった人に声をかけることができた。


 冒険者協会はどこですか?


 誰が教えてくれたのかどんな人が教えてくれたのか今思うと全く思い出せない。けれどもそんなことはどうでもよい。私は教えられた場所に建つその建物の扉を開け中に入った。

 受付の女性は私が中級の魔法使いだと告げると心底驚いたように目を丸めた。そして私が言うこと聞くことすべてを信じ、答え、良くしてくれた。こんな覇気のない死にぞこないをみても怪訝に思わなかったのだろうか。不思議に思わなかったのだろうか。そう思いつつも受け取った龍討伐の依頼書。長年張り出されていたせいか色褪せ古くなったその紙に書かれた場所へ私は向かった。

 ボロボロの私を町の人たちは何度か心配して私に声をかけてくれたように思う。けれどそんな優しさはいらない。みんな私の胸の手帳を見るとすぐ焦ったようにどこかへ行ってしまった。私は中級魔法使いなんだ。エリートなんだ。誰も私の邪魔をしないでほしい。




 西に日が落ち影に覆われた暗い西の山に入るとき、また山かと億劫な気持ちになった。けれど死にたい気持ちを糧に前に踏み出した。西の山はさっきの山に比べ幾分か小さいように思えた。フラフラと彷徨って下るより地図を見て上ったからだろうか。その龍が住まうという大穴には思いのほかすぐに到着した。

 東に登った月が大穴を照らす。そこには青く厚い鱗に覆われた龍が寝ていた。私は思わず涙した。この子が、この龍が私を罰してくれる。私を殺してくれる。やっと私の長い夜が終わる。私は龍の住処へ一歩踏み出した。


 龍が目を開き私と目が合う。龍は私を睨むと丸めていた体をゆっくりと起こし長い首をこちらへ伸ばした。私の目の前には息を漏らす大きな顎があった。さぁはやくその息で、私を殺せ。私を焼き殺せ。私は眠りを妨げた”無法者”だぞ。さぁ燃やし尽くせ!

 そう願っても龍は私を睨み時折威嚇するように息を漏らすだけ。それじゃ死ねない。何をしている。私を殺せ。さぁ早く。しかし龍は私の願いとは裏腹に巣から出ようと私の横を通り過ぎていく。違う!それじゃ私は死ねない!そう思った私は気が付くと龍の歩みを邪魔するかの如く龍の前へ飛び出していた。しかし龍はそんな私を小石を払うかのように前足で払いのけた。それだけで私は宙を舞い天井に打ち付けられごつごつとした岩壁を伝い大穴の奥に仰向けで倒れていた。意識が遠のく。龍の爪が私の体を右の腰から左肩に掛けて大きく切り裂いていた。血がとめどなくあふれ出る。痛い。痛い痛い痛い。痛みで意識が遠のきそうになるもその痛みでまた意識が戻ってくる。死にたい。息もできない。痛い、苦しい…

 助けて。誰か、私を助けて。助けて…レオン!クラウス!





「「エルシアッ!!」」

 レオンとクラウスが月明かりに照らされた大穴の中で横たわるエルシアを見つけ駆け寄る。

 辛うじてまだ意識があるエルシアの体は自身の血で真っ赤に染まり呼吸も血に溺れ絶え絶えだった。

 焦点が合わぬ目をしたエルシアは半ば条件反射のように傍へ駆け寄った二人の手を弱弱しく握る。


「レ、オン?…クラ…ウス?…た、助け…て」

 血を吐きながら、空気が抜けるような音を出しながらほとんど意識がない状態で発せられた言葉にレオンはすぐさま行動した。

 傷口から脈打つように流れ出る流血を止めるべくレオンは外套を脱ぎベルトを脱ぎ、そして剣に巻いた布を取り、それらをエルシアの体に巻き付け強く縛る。圧迫されたことで傷口からさらに血が溢れエルシアは勢いよく吐血し意識を失ってしまった。


「エルシアッ!起きろ!!死なせないからな!絶対助けてやる!大丈夫だ!絶対に大丈夫だ!」

 レオンは必死に止血を試みる。しかし大きなその傷口にはあまりに無力でレオンの外套が、ベルトが、剣を巻く布が血を吸い赤黒く変色していくだけだった。

 そんなレオンの手をクラウスは強く握り止めるとレオンの目を見てかぶりを振った。そんなクラウスの行動にレオンは激昂する。

「何をしているクラウス!諦めるのか!?今、エルシアは俺たちに助けてと言ったんだぞ!俺たちはエルシアを見捨てないんじゃなかったのか!?」

「この傷口ではどうすることもできませんよ!!この国一番の医者がいたとしても!魔法使いでさえ不可能です!これではもう数分と保ちません!。それこそ神の奇跡でも無いと…」

 夥しい出血で血色がみるみる悪くなっていくエルシアを見てクラウスは諦めたように言った。


「その奇跡を”お前”ならできるんじゃないのか!?」

 レオンの縋るような言葉にクラウスは唇を強く噛む。


「”あれ”は自分にしか使ったことがありません!もし仮に使うとしてもエルシアは魔法が使えないんですよ!?あれは魔力のないものには使うことができないんです!!」

 強く言い切るクラウスにレオンは食って掛かる。

「エルシアに魔力がないってクラウスは確かめたのか!?」

 レオンの責めるような強い語気にクラウスは眉をひそめ苛立ちを露わにする。


「エルシアは魔法が使えないんです!それこそ魔力がない証拠じゃないですか!」

 クラウスはレオンをまっすぐ見つめ大仰な手ぶりで説明した。しかしレオンはそれでも納得しなかった。


「魔力の持たない人間なんているのかよ!エルシアは魔法が使えないだけで、魔力がないと決まったわけじゃないだろ!!クラウス!!ごちゃごちゃ言ってないで早くしろ!!」

 レオンは半ば叫ぶようにそう言うとクラウスの手を掴みエルシアの傷口へ無理やりに強く押し当てた。クラウスは自身の手に伝わるまだ暖かい生々しい肉の感覚に思わず顔をゆがめた。しかしすぐそれを感じ取ると目を見開きレオンを見て呟く。

「出血のせいか非常に僅かですが、確かにエルシアの血から魔力の流れを感じます。しかも…私に比べ格段に濃い?どうなるかわかりませんが、やれることはしてみましょう。失敗しても知りませんからね」

 そう言うとクラウスは目を瞑り大きく深呼吸をすると手に伝わる魔力に集中した。




 エルシアは夢を見ていた。遠い遠い過去の夢。自身が閉ざした記憶の夢。


大きな街道を隊列を組みながら進む十台ほどの馬車列。その馬車列の真ん中に守られるようにして進むひときわ豪勢な馬車の中。


「エルシアは泣き疲れたのか寝てしまったな」

 エルシアの名前を呼びそう話すのは白髪に深緑の燕尾服を身に纏った恰幅の良い赤い目の優しそうな男性。

「無理もないわ。もう丸一日、ずっと馬車に揺られっぱなしだもの」

 そんな男性に対し答えたのは3歳ほどの幼子を抱いた黒髪に青い目をした深緑のドレスの女性だった。エルシアはその女性が抱いた子供が過去の自分であると理解できた。そしてその二人の大人が今は亡き自分の父と継母であることも同時に理解した。


「シュヴァルト家と我々マギトニス家はクルク国でも正反対の位置にあるからな。少なくともあと三日はこのままだろう」

 父が話す。それに対し継母が不満をあらわにする。

「だとしてもエルシアを連れてくる意味はあったの?まだ3歳よ?家でお留守番させておいた方がよかったんじゃなくて?」

 そう言う継母に父はかぶりを振って否定した。

「ダメだ。エルシアは神の子だ。我々二人でこの子を守らなければならない。そしてシュヴァルトの息子、11歳になるレオンハルト君となるべく早くに合わせなければならないんだ」

 強く諭す父に継母はそれでもエルシアを心配してか小さな寝息を立てるエルシアの頭を優しく撫で、不満気だった。

 すると突然、烈風が吹き荒れ、馬が嘶き馬車が揺れ、マギトニス家の馬車が止まった。

「何があった!」

 父は警戒心をあらわに黒い燕尾服を身に纏った立派な口髭の御者に問いかけた。

「待ち伏せです!!旦那様と奥様、お嬢様はお逃げください!!!!」

 御者はそう言うと小さな杖を出し御者台にに立ち上がった。しかしその刹那、彼の体は縦に真っ二つに裂かれ鮮血が父の顔を覆った。


「クソッ!外に出るぞ!」


 顔を拭いながら父はそう言うと小さな杖を握り客室の扉を開け外へ出る。するとそこは荒れ狂う風が吹き、空は黒い雲が吹き荒れ、十台以上あったであろう馬車列は散り散りになっていた。そしていたるところで馬が人が、血を流し倒れていた。


「こんにちは。アルドリック・マギトニス。あなたを国家反逆の罪人とし捕らえさせていただきます」


 父、アルドリックにそう告げたのは周りに吹き荒れる風よりひと際大きな風を纏いながら空に浮き、大きな杖に座った翡翠のような色の短い髪と目をした女だった。


「飄風の魔女!?どうして上級がここに!?」

 父、アルドリックは驚きを隠せない様子だった。そして自分を逃がさないように周りを控える複数の魔法使いと馬にまたがる金色の鎧を身に纏った複数の騎士を見た。


「国王直属の近衛魔法騎士団まで…私の計画は気づかれてしまったようだな」

 杖を強く握り父が悔しそうにこぼす。しかし父は諦めていないようだった。

「しかし!ただではやられんさ!リンダ!一緒に戦ってくれるな!」


 そう言うと父は客室を見る。客室からはリンダと呼ばれた女性、継母が異様な光景に泣き叫ぶエルシアを抱きながら出てきていた。その顔は覚悟を決めた戦士の顔だった。

 それを見て飄風の魔女と呼ばれた女性は妖しく笑う。

「さすがは魔法庁長官アルドリック・マギトニス。上級魔法使いを籠絡しているとは。けれど彼女では私を殺せないわよ。二つ名の持てないただの上級如きじゃね。」


その言葉にアルドリックは額に汗を垂らす。

「やってみない事にはわからんさ。マーリン・シュトゥルム!」

父は杖を構える。

「飄風の魔女、マーリン・シュトゥルム。たしかに私じゃあなたを殺せないかもしれない。けれど私達の命に代えてでもこの子は”私達”が守って見せるわ!」

 そう言うとリンダはアルドリックと共に魔法を唱える。リンダの周りからは無数の草木や花が地面から生え出し一つに集まった。それは大きな街道をも埋め尽くすほどの巨大な蛇龍となる。そしてその蛇龍はアルドリックが唱え出現させた巨大な炎を纏い、大きな顎を広げマーリンと呼ばれた魔女を飲み込まんと迫った。

 マーリンはつまらなさそうに呟く。

「風よ、すべてを吹き飛ばせ」《シュトゥルム、フェアニヒテン」

 刹那、その蛇龍は怒涛の烈風に晒され跡形もなく吹き飛んだ。その光景にアルドリックとリンダは信じられないといった表情で固まってしまった。

「これが上級のさらに上、最上級の10名のみに与えられた二つ名持ちとの実力差よ。リンダ。死になさい」

 マーリンは右手の人差し指をリンダに向けると小さく振った。それだけでリンダの体は真っ二つに裂け即死した。

「リンダ!!!!!エルシア!!!!!!」

 父、アルドリックは涙ながらにリンダとエルシアの元へ駆け寄る。継母ながらもエルシアを庇ったのか壮絶な攻撃に対しエルシアは無傷だった。

「パパァッ!パパァッ!!!」

 エルシアは恐怖に泣き叫びながら父に抱きつく。

 アルドリックは力強くエルシアを抱きかかえると鬼の形相で睨みマーリンへ魔法を唱えようとした。しかしその詠唱が始まるより早くマーリンは指を動かしていた。アルドリックとエルシアは真っ二つに引き裂かれた。その光景を夢で見ていたエルシアに想像を絶する強烈な痛みが体に走った。




 クラウスの手が仄かに光りだしたかと思うとエルシアの傷口が蠢きだす。蠢きだした血肉は不快な音を立てながらゆっくりと癒着し元に戻っていく。その痛みは想像を絶するものだったのか気絶していたエルシアは一瞬意識を取り戻し目をこれでもかと見開いた。そして声にならない絶叫をあげまたしても気絶した。

 エルシアの大きく開いた傷口は見る見るうちに塞がっていった。そのすべてが癒着し傷口が完全に塞がるとクラウスは斜めに裂け、はだけたエルシアの衣服を真っ赤な手で直しながらレオンに伝えた。

「”禁忌の回復魔法”といえど全能ではありません。失った血肉は元に戻せませんし他人への行使は初めてです。私の術が上手くいったとしてもあとは彼女の生命力次第です」


 痛々しい傷跡が残るエルシアは全身の血色がほとんど無くなっており生きているのが不思議なほどだった。見るからに弱弱しい彼女は辛うじて、今にも途切れそうな小さな息をしていた。


「すまない、クラウスこんなことをさせてしまって…けれどおかげで出血は止まった。ありがとう」

 深々と頭を下げてくるレオンに対しクラウスは自嘲気味に笑うと諦めたように言った。

「全くですよ。国家反逆者の逃亡幇助に加え禁忌とされる回復魔法の行使も罪状に列挙されてしまいますね。これであなたよりも大罪人となってしまいました」


 この世界の回復魔法は何よりも禁忌とされていた。人体の構造を理解し回復ができるのならその逆も出来てしまう。回復ができるのなら自分の都合の良いように人体を改変出来てしまう。そうなればこれまでの魔法は廃れ人体への干渉競争が始まってしまう。そういった理由からクルク国では数百年に渡って回復魔法の行使並びに習得、関係書物の閲覧までもが固く禁じられていたのだった。そして人体へ干渉する魔法もまた固く禁じられていた。それをクラウスはやってしまったのだった。


「もともと極刑の俺たちには関係ないだろ?今からいくら罪を犯したって変わりゃしないさ」

 レオンは小さく笑うとエルシアに巻いた外套とベルトを優しく解くと血に濡れたそれを気にする様子もなく身に着けた。


「ここにいてもさっきの龍が帰ってくるかもしれない。早く帰ろう」

 立ち上がりながらそう言ったレオンに対しクラウスが「そうですね」と言い終わる前に月明かりに照らされた大穴はその入り口に立った大きなそれに月明かりを隠され暗闇に包まれた。

 音もなく背後に降り立ったそれを確認する事もなくレオンは叫ぶ。

「魔剣、グラム!!」

 炎に包まれた宝剣は暗闇の大穴を一瞬明るく照らした。そしてその炎が消えるまでにレオンは大穴の入口にいる水守の龍に斬りかかる。あまりにも早い行動に龍は為すすべがなかったのかその刃は龍の首に到達した。しかしその剣は龍の分厚く大きな青い鱗に阻まれ金属がぶつかり合う大きな音を出し、ほんのわずかな切り傷を付けただけだった。

「っ!!!」

 龍の足元へ着地したレオンに大きな爪が切り裂きにかかる。咄嗟にレオンは剣で防御したがその勢いは殺せず大穴の奥、エルシアとクラウスの元へ吹き飛ばされてしまった。


「レオン!大丈夫ですか!?」

 クラウスが叫ぶ。レオンはすぐさま態勢を立て直すとクラウスを一瞥し軽く頷いた。


「クラウスはエルシアを守ってやってくれ。鱗の上からでも傷がついた。鱗の間を通せば首が切れる。勝機はあるぞ」


 レオンとクラウスが龍を見る。龍は二人を見るとその大きな口を開け二人に向かって体が痺れるほどの咆哮を上げた。その咆哮に一切臆することなくレオンは龍の首元へ突っ込むと鱗と鱗の隙間をめがけて剣を振るう。しかし龍もまたそれを理解してか自身の首を頭ごとレオンに叩きつけた。レオンは辛うじて横に飛びのき、潰されるのを回避した。その勢いのまま壁についたレオンは壁を勢いよく蹴り、またしても龍の首を狙う。しかし龍はしっかりとレオンを見据えており目が合ったレオンは恐怖で体が震えた。その刹那、レオンは視界が真っ暗になったかと思うと龍の大きな翼によって叩き落された。


「グッ!」


 全身に痛みが走る。なんとか受け身をとり致命傷には至らなかったものの一瞬視界が飛ぶ。そのレオンを踏みつぶさんと気が付けばレオンの眼前に大きな龍の前足が迫っていた。

 レオンはすぐさま横に転げ間一髪回避すると起きざまに至近距離にあるその足の鱗と鱗の間を一閃した。体勢が悪く力の籠らないその一閃でもしっかりと龍の肉を浅くながら切り裂いた。ほとばしる鮮血に龍がよろめきながら痛みに叫ぶ。レオンはすぐさま追撃に走った。よろめく龍の体めがけ剣を振るう。揺れる巨体に狙いがずれ鱗にあたってしまったがそれでも構わず力いっぱい剣を振りぬいた。ほんのわずかに剣が鱗の奥に到達したのをレオンは剣を握る手に感じた。

龍は怒りに狂い自身の胸元にいるレオンめがけて嚙みつかんと大口を開け迫った。レオンはすぐさまその口にある龍の咬筋めがけて剣を振るう。鱗に守られていないその部分はグラムにいとも簡単に大きく切り裂かれ、龍はその強烈な痛みに顔を大きく揺らしながら叫び、体勢を崩しその巨体を岩壁に打ち付け転んでしまった。

 揺れる大穴の中、痛みに悶え隙を見せた龍にレオンはすぐさまとどめを刺すべく足を駆け上り首を絶つ為、飛び上がった。その瞬間、レオンは龍の目が笑ったように感じた。そして龍の口から仄かに青い光が漏れていることにもレオンは気付く。しかし空中にいるレオンには何もすることができなかった。その無防備なレオンに向け龍は青い魔力の咆哮を解き放つ。


「レオン!!!」


 戦いの一部始終を見ていたクラウスが青い光に包まれ壁に吹き飛ばされたレオンに向かって叫ぶ。青い光の咆哮をもろに喰らってしまったレオンに対しクラウスは絶望の色を隠せないでいた。しかし、そのレオンを包んだ青い光は収束する。レオンが持つ”黒い剣”に。




 賢暦268年

 雲一つない澄み渡る青空の下、レオンハルトは10歳の誕生日を迎えていた。広大な屋敷の庭で開かれたその宴は大きな机には食べきれないほどレオンの好物が並び、近隣の貴族はもちろん辺境諸侯や王家の者までもがレオンの誕生日を祝い参列した。絢爛を嫌う父でさえその日は豪勢に着飾り息子の成長を喜んでいた。

 夜遅くまで続いたその宴がついに終わり疲れ切ったレオンハルトは自室で眠っていた。するとそこに父が姿を現す。


「レオ、お前に渡すものがある。疲れているだろうが少し起きてくれないか?」

 暗い部屋の中、父の問いかけにレオンハルトは目をこする。

「どうしたの?父さん。僕に渡すものって?」

 大きな白いベッドから起き上がりまだ眠い眼で父を見据える。すると父は手に持っていた直剣をレオンハルトに差し出した。

「お前はシュヴァルト家きっての天才だ。その年ながら”五つの魔剣技”をいとも簡単に覚え使いこなした。お前なら、いやお前こそがこの宝剣を握るにふさわしい。この剣はきっとお前の為に作られたのだろう。この宝剣を手にお前が新しい剣王となるのだ。レオンハルト・ハーン・シュヴァルト、代々伝わるこの宝剣をお前に託す」

 そう言うと父はレオンハルトにその剣を渡した。暗い部屋の中でも微かに光るその刀身には五つの異なる形をした剣が刻まれており、少し幅広のその直剣は10歳のレオンハルトが持つにはとても重く大きかった。

 10歳のレオンハルトには父が発した言葉に込めた真意には気が付けず言われるがまま受け取った剣をマジマジと見つめるしかなかった。そんな姿をみて父は満足そうに笑顔で頷くと立ち上がり踵を返す。


「お休みレオンハルト。また明日から鍛錬だぞ」

 扉の前で振り向き笑顔でそう言った父はレオンハルトの返事を待たず扉を開け出て言った。レオンハルトは理解が追い付かないまま「おやすみなさい」と口にするとその宝剣を枕元に飾りベッドに戻った。




 レオンが龍が放った青い光に包まれる直前、叫ぶ。


「魔剣、ダーインスレイヴ!」


 すると手に持つ長い直剣は黒い闇に包まれたかと思うと返し刃が複数付いたうねり曲がった禍々しい黒の剣へと姿を変えた。青い咆哮に吹き飛ばされながらもレオンはそれを咆哮めがけて振りかざす。魔力の奔流に体を灼かれるもその魔力の大半は黒の剣が吸収してくれていた。その光景に龍ですら信じられないといった驚きの顔をしているように思えた。岩壁に埋もれ全身が魔力によって灼かれた血まみれのレオンはその痛みに耐えながら小さく笑うとその龍めがけて斬りかかる。しかし体へのダメージは相当のものだったようで今度は傷一つ付けることができなかった。よろめきながら着地したレオンに龍は警戒心からか尻尾でレオンを弾き飛ばし距離を取った。またしても大穴の奥、エルシアとクラウスのもとまで吹き飛ばされるレオン。今度は受け身を取れず隆起した岩々の地面を転がるしかなかった。


「レオン!!大丈夫ですか!?」

 クラウスの悲痛な叫びが大穴に響く。


「クソッ、魔力の咆哮も打てるのかよ。ちょっとでも遅れてたらやられてたぜ」

 剣を支えに血を吐きながら立ち上がるレオン。そんなレオンにクラウスは腰に手を回し支えた。

「こっちの剣じゃ鱗と鱗の間を通せないな。やっぱグラムじゃないとダメそうだ」

 血まみれになり、ふらつく状態でもまだ闘志を燃やすレオンにクラウスが怒りを露わに叫ぶ。

「さすがに無茶です!私が二人を抱えて逃げます!だからもう止めましょう!」

 クラウスの懇願するような叫びにレオンは笑って答えて見せた。

「いや、勝てるさ、クラウス。”お前と”ならな。逃げるっつったって”アレ”を結局使わなきゃダメなんだろ?じゃあ逃げるより戦って勝とうぜクラウス」

 クラウスはレオンの言葉に逡巡したのち覚悟を決めたのかレオンを睨む。

「高くつきますよ。逃げるだけなのと戦うのとでは消費量が段違いですから」

 そう言ったクラウスにレオンは満足そうに高らかに笑った。

「幸運にも俺たちは今、金に困っちゃいねぇ。しかもこいつを倒したとなりゃさらに大金持ちさ。気にせず存分に戦ってくれよクラウス」


 そう言うレオンにクラウスは小さく笑うと「約束ですよ」と小さく言ってレオンの腰に回した手を離した。

 レオンは再び剣を強く握りなおすと叫ぶ。

「魔剣、グラム!」

黒い剣は赤い炎に包まれ見慣れた長い直剣へと姿を変える。


 クラウスは左足を大きく踏み出すと腰を大きく落とし、半身になって龍を睨み大きく深呼吸をする。


 レオンを警戒してか大穴の入口で二人を見ていた龍は闘志を露わにしたそんな二人に対し威嚇し大きく咆哮した。

次回予告

エルシアの窮地をなんとか救ったクラウス。しかし立ちはだかる水守の龍は強大でレオン一人では到底太刀打ちできなかった。そんな相手にレオンはクラウスとの共闘を決意する!!

第五話 拳闘士クラウス・ディエンテ

6/29公開予定!

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