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Desperado  作者: 汚砂糖
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第二話 下級筆頭魔法使い

(雑談です)

これを読んでくれている友人に一章ってこんな短くなくねえか?と助言をもらい、一章、二章ではなく一話、二話とすることにいたしました。大きく物語が変わるであろうタイミングで章を分けていこうと思います。

 小鳥のさえずりと朝風に揺れる木々のざわめきを背に一行はヴンダー村に帰ってきた。明朝の農作業を一区切りつけ村の入口にて一息ついていた村人、名を確かバウアーといった白髪交じりの茶髪を携えた壮年が一行を目にするや否や鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。しかしすぐに歓喜に満ちた表情へ変わり、そして村全体に響き渡るんじゃないかという大声で


「「「帰ってきたぞおおおおおおおおおおお」」」


 と両のこぶしを天に突き上げ雄たけびを上げた。

 するとその大声に釣られて外で作業をしていたほかの村人はもちろん、まだ寝ていたと思われる村人たちまでもが各々の家の窓から顔を出し村の入口を見る。

「帰ってきたわ!」 「レオン兄ちゃん帰ってきた!!」 「魔法使い様も一緒だぞ!!」

「クラウスの坊主も無事みたいだ!」 「信じられない!」 「あ~zzzえ?」

 まだ寝足りない者もいるようだが全員が全員彼らが無事に帰ってきたことに喜びを隠せないようだった。『ようこそヴンダーへ』と書かれたゲートを一行がくぐるや否やまるでパレードが始まったかの如く一行は村人たちから祝福を受けた。ライスシャワーを撒くもの、水をかけてくるもの、朝作り立てのパンや収穫したての野菜、果物。さらには酒さえも手渡してくる者達がいた。


「これはすごいですね…」

 クラウスは村人たちに自分たちがここまで歓迎される事に驚きを隠せないようだった。

「俺たちの努力が報われたんだろう。この一か月必死こいて働いてきたじゃないか」

 レオンは両手いっぱいのご馳走を落とすまいとバランスを取りながらクラウスに言った。その頬は喜びを隠せないのか嬉しそうに上がっておりクラウスはそれを見て自分の頬も自然と上がるのを感じた。

 エルシアも村人から渡される大量の品物を律儀に受け取っておりその小さい両の手はすぐにいっぱいになった。

一行は両手が塞がりもう持てないからと村人たちに断りを入れても彼らはまだいける!と次々に各々が作った大切なものをレオンの外套のポケットや小物入れ、クラウスの纏った布の隙間にこれでもかと入れていった。エルシアも同様で村の子供が彼女の帽子を取り上げると三名の後ろを付いてくるように歩いた。それだけでその帽子ですらパンパンに膨れ上がっていた。

 レゼがいる冒険者協会の酒場兼宿屋に一行と村人たちがついた頃には狼退治以上に三名は気苦労で疲れ果てていた。だがここまでの歓迎をしてくれる村人たちを思うとそんなことはどうでもよい事に思えた。

 余りの喧騒ぶりに営業時間外にも関わらずレゼが二階から降りてきた。まだ寝ていたらしいその顔は起こされた怒りと昨晩掃除をし綺麗にした酒場がもう汚されている哀しみが入り混じった顔でその場の全員を一喝した。


「「「「「アンタたち!朝っぱらからうるさいよ!営業時間外なんだからとっとと帰んな!!」」」」」


 老婆のどこからそんな大声が出せるのか働き盛りのバウアーよりも大きいと思われた声に乱痴気騒ぎだった全員がすぐに静まり返った。そして各々が「それもそうだな仕事も残ってるし」 「ご飯の支度もしないとね」と家に、作業場にと帰っていった。

 ブチギレババァと自分たちだけになってしまった一行は何とも言えぬ居づらい空気に逃げ出したくなったが、

「無事に帰ったようだね、お疲れさん。昼になったら報酬を支払うからそれまでしっかり休みな」

 というとレゼは二階へ戻っていった。その言葉に一行は安堵するとレオンとクラウスは二階の借りている部屋へ、エルシアもレゼが二階に上がる際に放り投げてきた鍵の部屋へ大量の荷物とともに戻っていった。




 太陽が頭上に登り影をまっすぐに落とすころ、冒険者協会兼酒場はまた大賑わいを見せていた。

 レオン、クラウス、エルシアは一つ目狼の耳を討伐の証として持って帰ってきていたのだがその数は40を超えていた。一体に付き二つの耳がある為、単純計算で20体以上の狼を狩っている。

 しかしレオンはボス狼含め10体ほどしか狩っていない。残りの狼は誰が狩ったのか。それは今は亡きエルシアと同行した冒険者達だった。彼女は討伐に向かった冒険者たちに魔法が使えないとバレてしまい売られそうになってしまう。しかし彼女は必死に抵抗しその場から逃げることに成功。数週間ほど森に潜伏していた。が、彼らはエルシアを売れば大金が手に入ると思いしつこく森を捜索していたらしかった。エルシア自身も彼らを殺さなければ自身の安全が脅かされるとし、あえて狼達を焚き付けその冒険者達と鉢合わせたのだった。冒険者達も最初は善戦していたようだがついには力尽き狼の群れに喰われてしまう。そして手ぶらで帰るわけにもいかずその倒された狼の耳をエルシアは少しずつ集め、いざ帰ろうとした矢先にあのボス狼と遭遇してしまった。そんな顛末を村へ帰る途中、レオンとクラウスはエルシアから聞かされた。

 そんな内容を馬鹿正直に村人たちに話せるわけもなく、その狼討伐のすべてはエルシアが果たした。しかし森で迷子になってしまい彼ら二人が見つけるに至った。ということになった。


「魔法使い様でも森で迷子になんてなるんすねぇ!!」

 村一番の大酒飲みが昼間っから顔を真っ赤にしてエルシアに絡む。崇高な魔法使いに対し酒が入っていなかったら絶対にこんなことをしなかっただろう。酒の入っていないほかの村人やまだ正気を保っている村人たちがその発言に対し目を丸くし驚いているのがエルシアにも分かった。


「ま、まぁ!私はずっと魔法ばかりを学んできたから?森の抜け方なんて知らなかったし?最悪森を吹き飛ばせばすぐに帰れたわよ?でもあなた達にとって大切な粉吹花の森でしょう?そんなことはできないわ」

 すっかり外行き用の強気魔法使いを演じているエルシアにクラウスは笑いそうになるも必死に抑え話を合わせる。

「実際、私たちが行かなくても数日のうちに帰ってきたんじゃないですか?あらかた帰りの目途は付いていたんでしょう?」

 クラウスが言う。

「そうね!まっすぐ走っているところに森へ来た彼らと合流したんだもの。そのまま行けば帰れたってことじゃない」

 エルシアはふんと鼻を鳴らし得意そうに言った。レオンは我関せずといった風に粉吹パンを頬張っていた。そんなレオンにバーカウンターにて酒を造っていたレゼが意味ありげ問いかけた。

「アンタたち、これからどうするんだい。無事に魔法使い様の仲間になって、十分な額の報酬も手に入った。もう出ていくのかい?」

「この村には世話になったが俺達にはやらなきゃいけないことがあるんでね。魔法使い様も同行してくれるとなりゃ気が変わるうちに進みたい。明日にはここを発つよ」

 レオンは食べる手を止めこう話した。その内容に村人たちはさみしさを覚えたのか酒場のボルテージがほんの少し下がった。

 するとレゼはやっぱりかと言うように大きくため息をつきこう言った。

「あんた達何か忘れてないかい?」

 レオンとクラウスは顔を見合わせる。

 レゼは呆れたといわんばかりに告げた。

「あんたたちには”粉吹花の収穫依頼”をしていたんだがねぇ。それをほっぽっていかれるとなりゃこの村も大変だ。今日はこんな騒ぎで誰も収穫に行けやしない。明日もほとんどが飲みつぶれだろう。そもそも狼たちのせいで一か月も収穫がまともに出来ていないんだい。今年は豊作を期待できないかもねぇ」

 レゼの言葉にレオンとクラウスはやらかしたと言わんばかりに顔をゆがめ頭を抱えた。そう、エルシアとの合流で忘れてしまっていたが彼らは粉吹花の収穫の為に森へ入ったのだった。

「レゼさんさっきの話はなしだ。明日の朝一番収穫に向かうよ。明日も世話になって良いか?」

 レオンの言葉にレゼは醜悪にほほ笑むと「もちろんさ」と答えた。村人たちもまたレオンの言葉が嬉しかったのか酒場は先ほど以上に盛り上がりを見せた。




 酒場の盛り上がりは月が登りきるまで続き飲みふけっていた村人たちは死んだように眠る明朝、霜が草木に落ち息も白くなる寒さの中レオン、クラウス、エルシアは粉吹花収穫へ向かうため村の入口に立っていた。


「この牛車いっぱいに粉吹花詰収穫し詰めていただければ問題ありません。かなりの量にはなりますが狼がいた群生地にさえ行けばすぐに集まると思いますのですみませんがよろしくお願いします」

 そういって大きく頭を下げたのは粉吹花収穫の依頼をしたミュラーという赤い髪の少年だった。年齢はエルシアの少し上ほどながらもれっきとしたヴンダーの特産品を支える製粉業を営んでいる。両親は幼い弟と妹を残し他界。ミュラー一人で二人の幼子を食わせる為、この時期は寝る間も惜しんで製粉に勤しんでいた。忙しい彼は昨日の酒場にも顔を出していない。そんな若い仕事人の為、三人は与えられた牛車とともにまだ日の登りきらぬうちに深い影を落とす不気味な森へ姿を消していった。




 牛車の速度に合わせていたためか粉吹花の群生地につく頃にはすっかり太陽は上り傾きかけていた。


「帰るころにはもう真っ暗でしょうね」

 クラウスは牛車を停め木々の隙間から見える太陽を手の隙間から覗き見て言った。

「下手すりゃ明日もヴンダーの世話になるかもな。これじゃレゼの思惑通りってわけだ」

 レオンは腕を組みあの受付を思い出し投げやりに言い放った。

「でも、レゼさんて村人思いというか実は優しいですよね。私はあったかいなぁって思えて好きですよ?」

 エルシアが悪態をつくレオンを覗き見ながら言った。その顔に一切の曇りがないのを見てレオンは少しバツが悪そうにした。

「とりあえずまずは収穫ですね。これだけあればきっと牛車もいっぱいになるでしょう」

 クラウスは眼前に広がる花畑を見て言った。確かにここの群生地は他とは比べ物にならないほどに大きく立派であった。少しそよ風が吹くだけで粉吹花からは花粉となる白い粉が舞い美しかった。三人はそれに見惚れる暇もなく一生懸命収穫に取り組んだ。




 牛車のかご半分ほどが粉吹花で埋まろうかという時、レオンとクラウスは急な風向きの変化に違和感を感じ収穫の手を止め顔を上げた。そこには不気味な笑みを顔に張り付けた齢18くらいの大きな緑色の杖を持ち緑のローブに緑髪の青年が立っていた。エルシアが手を止めた二人を不思議に思い顔をあげ二人の向く方向、その青年を見ると青年は高らかに宣言した。


「ヴンダー村の皆様!初めまして、わたしは筆頭下級魔法使いのアベル・ブリーゼと申します。特産品の粉吹花収穫お疲れ様でございます!わたくしは中級魔法使い殿の捜索、救助に僭越ながら参った次第。何か目撃情報などの話はご存知ないでしょうか?」

 そのわざとらしく仰々しい言い回しをするアベルという青年は収穫をしていた三名を明らか下に見ているのが分かった。レオンやクラウスもまた彼はただ物ではないと悟る。いつでも切りかかれるような近距離まで彼の気配を二人ともが感じ取れなかったのだった。その不気味な青年に二人がなんと言いだそうか迷っているとエルシアが身分証明となる手帳を突き出し得意げに言い放つ。


「筆頭下級魔法使い?あなた私を誰と心得て?中級魔法使いのエルシア・ヴァッサよ!その失礼な態度を改めなさい!」

 レオンとクラウスはそのエルシアの発言が最悪な状況を招くであろうことをすぐさま感じ取った。

「これはこれは中級魔法使いエルシア・ヴァッサ様でしたか。失礼な態度を取ってしまい大変申し訳ございませんでした」

 そういうとアベルは深々と頭を下げる。その際も不気味な笑顔は一切変わらなかった。エルシアはなおも続ける。

「捜索、救助に関しては感謝するわ!でもここにいる冒険者とたまたま合流して無事に帰れているからもう大丈夫よ!今はそれの恩返しとしてこうやって小間使いをしていただけ!」

 アベルはエルシアが話し終えるとすぐさま顔を上げまたしても仰々しく言い放つ。


「それはそれは無事だったようで何よりです。しかも中級魔法使いでいらっしゃるあなたが冒険者ごときの手伝いまでをされるなんて…このアベル、感激でございます!」

 エルシアは「まぁね」と言うと腰に手を付きまんざらでもない表情をした。それを見ていたアベルは馬鹿にしたようにさらに笑うとその笑みを困った笑みに変え、こう言った。


「しかしおかしいですねぇ。私は尊敬する自身より上の位の魔法使い様全員の名前を覚えているのですが…エルシア・ヴァッサ殿は数年前に亡くなられたと記憶しています…。あなたは誰ですか?」

 アベルは言い終えると同時にその笑みを消し凄みを帯びた顔でエルシアをまっすぐに見た。その急変振りと自身の演技が誤った選択だったことを今更ながらに後悔したエルシアは焦りを顔に浮かべたまま言い返す言葉が見つからないでいた。レオン、クラウスもまた刻一刻と状況が悪化する現状に対応しきれずに頭を悩ませていたが覚悟を決めると二人の間で意思を確認した。そしてすぐさま行動に移した。

 レオンは地面がえぐれるほど勢いよく地をけり腰の剣を布巻きのまま一撃で仕留めれるよう全力でアベルに振り下ろす。クラウスもまた、その図体からは考えられぬ速度で駆け出しエルシアを樽のように担ぎ持つとレオンとは真逆の方向に走り出した。

 レオンの剣がアベルの首元に振り下ろされようとした刹那、アベルの後方より尋常ならざる風が吹きレオンはクラウスもろとも粉吹花の花粉のごとく吹き飛ばされた。


 空中でなんとか体制を立て直しゴロゴロと地面を転がりながら勢いを殺し着地したレオンとクラウス。後ろを振り向くとその強烈な風によって森が開けており自分たちを吹き飛ばした張本人が見えた。距離にして100mほど。大の大人が100mも吹き飛ばされる威力に牛車も倒れ牛はどこかに強く衝突したのだろう。息絶えていた。


「バケモンかよ…」

 レオンが悪態をつきながらアベルを睨む。

「エルシアさん!大丈夫ですか!」

 クラウスが担いでいるエルシアに慌てながら声をかける。エルシアは大丈夫!と声を出すとサムズアップして見せた。レオンとクラウスはエルシアの無事を確認しホッとするのも束の間また森を走り出した。


「困りますねぇ犯罪者どもが…。わたしから逃げられるとでも?」

 アベルはやれやれといった表情を見せると杖を小さく地面に突き立てた。すると彼の体はまるで軽い羽のように宙へ浮きそのまま風に乗るかのようにものすごい速さで三名を追った。

 その様子を担がれながら見ていたエルシアは収穫予定だった粉吹花が次々に破壊され粉塵として舞うのを見て悲しくなった。

「ヴンダー村のみんなが困っちゃう…」

 クラウスは非常事態にも関わらず呑気なことを言い考え込むエルシアに珍しく怒ってみせた。

「非常事態ですよ!!そんな呑気なこと言ってられませんって!」

 息を切らしつつさらに続けるクラウス。

「しかもどうして魔法使い相手にあんな啖呵を切ったんですか!!バレたらこうなるって想像つくでしょう!」

 するとエルシアは申し訳なさそうにしながらも肩の上で強く反論する

「だってこれまでも下級相手にはあれを言えば上手くいってたの!なのになにアイツ!自分より上の全員の名前を覚えているって!?中級だけでも5000人以上はいるのよ?全員覚えているなんてとんだ変態じゃない!!」

「だとしてもあれだけはないですって!」

 クラウスの悲痛な叫びはわめき声のようになっていた。そんな中でもレオンは焦りを感じつつ打開策を考えながらアベルとの距離を測る。森を走る我々に対し空中を滑るようにして追うアベルが追いつくことなど時間の問題に思えた。


「レオン!どうにかなりませんか!!」

 クラウスはかなりキツそうにレオンに聞いた。無理もないだろう。その巨体のうえさらにエルシアまでもを担いで走っているのだから。早く決断せねばとレオンは逡巡する。しかし思考をまとめようとする時、木々を裂くほどの暴風が三人を襲った。アベルはもうすぐそこまで迫っていたのだった。

 三人はもみくちゃになりながらもなんとかそれを回避できていた。だがこの幸運もいつまで続くかわからない。アベルとの距離は先ほどの暴風でまた幾分か開いたがすぐに縮まるだろう。三人はすぐに立ち上がりまた走り出した。エルシアもさすがに申し訳ないと思ったのかクラウスが担ごうとするのを断り自分の力で走り始めていた。

 レオンは悔しそうに唇を噛むとこういった。

「さすがに相手が悪すぎる…俺たちじゃ近づくことさえできないぞ」

 これが魔法を生業とするものとそうでないものとでの力量差だった。アベルはこれでも下級クラス。筆頭まで上り詰めた天才ではあるもののこれでも中級との差は大きなものだった。にも関わらずこの強さ。それをレオンの諦めともとれる弱気な発言にクラウスも顔を曇らせざるを得なかった。そんな状態でもアベルの攻撃は止むことを知らなかった。

 何度目かの攻撃をいなしアベルとの距離が開いた時、エルシアは覚悟を決めたようにレオンとクラウスをまっすぐ見つめ告げた。

「こうなった責任は私にあります。あまりしたくはありませんでしたが仕方ありません。この状況を打開する方法を一か八か私は知っています。力を貸してくれませんか?」

 エルシアの急な打診に面食らうも二人はその話を聞いて覚悟を決めた。アベルの暴風によって粉吹花の花粉が大量に舞いあたりは濃い霧のようになっていた。




 エルシアの打診後、レオンとクラウスはエルシアを追う形で森を走っていた。粉吹花の濃い粉霧のおかげかアベルは我々を見失っているようだった。


「ここです」

 走る勢いを弱めそういうとエルシアは立ち止まる。濃い霧で見えなかったが眼前には深い谷があるように見えた。彼らが立つそこは岩肌の見えた崖となっており、エルシアが立ち止まらなかったら落ちていただろう。一か月間の逃亡生活がこの森を彼女の庭へと変貌させていたのだった。

 そこで彼らは立ち止まるとアベルを待つ。散発的に吹き荒れる暴風に一瞬視界がクリアになる。その何度目かの暴風でアベルは三人を捉えた。その時のアベルの顔は酷く醜い喜びに満ちていた。


「まったく、鬱陶しい植物です。何度払ってもまた落ちてすぐに舞う。手こずりましたがもう終わりのようですね。」

 濃い噴霧でもお互いの顔が捉えられる距離にまで近づくとアベルは言った。その時、アベルはレオンが持つ、布が巻かれていない事であらわになった剣の紋章を見て驚いた。

「なんと!シュヴァルト家の紋章がついた宝剣!!つまるところあなたは指名手配犯のレオンハルト・ハーン・シュヴァルトですか!?」

 興奮を隠せぬ様子でレオンに問うアベル。レオンはゆっくりと剣を持ち上げ告げた。

「そうだ。シュヴァルト家11代当主、レオンハルト・ハーン・シュヴァルト。親父の冤罪を晴らすべく国家に反逆を誓った冒険者さ」

 その口上にアベルはさらに胸を高鳴らせ天を仰いで絶叫した。

「素晴らしい!なんと素晴らしい日でしょうか!!中級魔法使いを騙る大罪人を捕らえ、さらには11年前の生き残った大罪人をも捕らえられるなんて!!この功績は私を中級たるにふさわしい実績!もしやそのハゲも逃亡の幇助として指名手配されているクラウス・ブーフだったりして!」

 アベルの笑顔は非常に気持ちの悪いものになっていた。最初に見た張り付けたような笑顔ではなく心からの喜びからくる正真正銘彼自身の笑顔だった。そんな彼に不快感を覚えつつクラウスも肯定した。


「やはり!やはりやはりやはりぃ!!!あぁ…こんな幸運二度とないでしょう。神よ、このような幸運を私に与えたもうた事心より感謝申し上げます」

 恍惚な笑みを浮かべ神に感謝を告げたアベルは喜びを隠せぬ顔のまま杖を三人へ向け告げる。

「その剣は何度振ろうと私には届かないでしょう。ですが敵意あるものとし殺して差し上げます。あなた達の生死は問われていませんからねぇ。その剣とその手帳が何よりの証拠となりますから!」

 そういうとアベルは大きく息を吸い、

「風よ、悪を薙ぎh《ブリズ、フェアニヒt」

 アベルが呪文を言い終える前にレオンが後ろの谷へ飛び込みながら叫んだ。クラウスとエルシアもまた同じく谷に飛び降りていた。

「魔剣、グラム!!」

 レオンの握った宝剣は瞬く間に赤い炎に包まれ姿を変える。その一瞬の炎はあたりを覆う濃い粉吹花の花粉に着火した。その種火は一瞬にして大きく膨らみ全員を襲う。

「ッ!!!!」

 迫りくる業火を吹き飛ばそうと思いきり風を発生させたアベル。しかしそれは大量の酸素を送り込む逆効果となりアベルは轟音と灼熱の大爆発に包まれた。




 時は少し遡りヴンダー村。昨日の乱痴気騒ぎで飲み過ぎた酔っ払いたちが二日酔いの末、気怠そうに活動を再開し始めたころ。製粉家のノア・ミュラーは弟妹達と朝に挽いた出来立ての製粉販売を終えようとしていた。


「おにいちゃん、これがなくなっちゃったらもう倉庫はからっぽだよ?今度はいつ私とお花摘みに行ってくれるの?」

 まだ8歳だというのにきれいな赤い髪を三つ編みにした妹のミリーは製粉の原材料となる粉吹花の貯蔵がないことを心配してか不安そうに兄を見上げた。


「ごめんね。ミリー、お兄ちゃん最近は製粉作りに忙しくて全然一緒にいってあげられなかったね。明日、レオンお兄さんたちが帰ってくるだろうけどお昼くらいまでは一緒にお花摘みにいこっか」

 レオンたちが帰ってくれば当分の間、粉吹花の収穫には向かわずに済むのだが最近忙しく構ってやれていなかったノアは申し訳なく思いミリーに言った。


「ほんと!?ぜったいだからね!ロス!明日はおにいちゃんと朝からお花摘みだからね!今日は、はやね!わかった?」

 ミリーは輝くような笑顔を見せると赤い髪に赤い目をした弟、ロスに声をかけた。まだ4歳の彼は鼻水を垂らしながらも兵隊さんの敬礼ポーズをとるとニコッと笑って見せた。


「ミュラー、いつもすまないね。俺たちも手伝ってやりたいんだがこの時期は皆忙しくてさ、自分のことでいっぱいいっぱいなんだよ」

 最後の一袋を買ってくれた村一の大酒飲み、もとい木こりのホルツは申し訳なさそうに言った。

「良いんですよ。ホルツさん、この時期は冬に使い切ってしまった薪をまた大量に用意しないといけないですもんね。このあとは木を伐りに森へ?」

 銅貨を数枚受け取ったミュラーはホルスに粉袋を手渡しつつ尋ねた。

「あぁ昨日はさすがに飲みすぎちまったがもうそろそろ動けそうだしな。昨日サボった分を取り返さないといけねぇ」

 ホルスは疲れの抜けない顔をノアに向け小さく笑った後、粉袋を担いで家の方へ歩こうとした。

 その瞬間、森から耳をつんざくほどの爆音が鳴った。

 その爆音は村全体を包み込み4歳のロスは驚きの余り泣き出してしまう。世話焼きのミリーが「大丈夫よ」とあやすがミリー本人もその爆発音に驚き恐怖していた。

「ホルスさん!!今の音って…」

 ミュラーが一番近くの大人、ホルスに助けを求めるかの如く爆音に対する疑問をぶつけようとした刹那、体が震えるほどの衝撃波がミュラーを襲う。ミュラーは息苦しさを感じながらも爆音のした森の方、衝撃波のきた方向に目をやった。すると森を覆おうとするほどの巨大な業火が風と共に森を焼き、その風が粉吹花を散らせたかと思うとその粉塵をさらに炎が覆うように広がっていった。目にもとまらぬ速さで膨れ上がる爆炎にミュラーは咄嗟に弟妹を守るべく覆いかぶさる。その健気な兄弟愛も虚しく村は爆炎と暴風に包まれた。




 背中を強打したのか痛みに顔を歪ませつつクラウスは立ち上がる。あの爆発から相当の時間が経っただろう。あたりは燃えつきところどころにはまだ炎も燻っていた。クラウスは自分たちが飛び降りた切り立った断崖に目をやった。高く思えたその高さはせいぜい3mほどだった。粉塵が濃霧のごとく舞っていた時は上から見るとまるで奈落のように見えた谷底はそこまで落差のない小さなものだった。エルシアから粉塵爆発を起こす。自分たちは崖から飛び降りる。と聞いたときは驚いたのだが結果上手くいったらしい。彼らの周りにはまだ少し緑の残った個所があったのだ。


「イテテテ…」

 レオンも痛みに耐えつつ背中をさすりながら目を覚まし体を起こした。


「レオン、起きましたか。動けそうですか?」

クラウスが目を覚ましたレオンに向かって心配そうに聞いた。

「あぁ骨まではいっていないみたいだ。エルシアは平気か?」

レオンとクラウスが近くで倒れていたエルシアを見るとちょうど彼女も顔を歪めながら起き上がろうとしていた。

「はい…少し息苦しいですし体中が痛いですけど問題なさそうです」

「エルシアには感謝しないといけませんね。あと数メートル違えば私たちは死んでいたかもしれません」

クラウスはエルシアにそう言うとありがとうと言いながら深々と頭を下げた。


「いえ、こうなってしまったのは私の不用意な発言のせいですし、助けてもらってばかりだったので少しはお役に立ててよかったです」

煤で汚れた顔ながらも美しい顔で笑って見せるエルシア。三人はお互いの傷を確認しあい手当てをした後、アベルの安否を確かめるべく彼がいた場所へ向かった。

もうすぐアベルがいた地点に差し掛かろうとする時、肉の焦げる嫌な臭いを三人は感じた。それは吐き気を催す悪臭でエルシアは思わずその場で足を止めた。

「エルシアはそこで待ってろ。確認は俺たちでする」

そういったレオンに対しエルシアは我慢し付いていこうとしたが腹の奥底から逆流しようとする酸っぱい液体を押し込むことで精一杯だった。レオンはエルシアがしゃがみこんだのを確認するとクラウスとともに再び歩き出した。様々な焦げた物体が乱雑にある中で”それ”はあっけなく見つかった。燃えて一回り小さくなった杖の横に口を大きく開けたような風貌の人型をした焼死体が転がっていた。背丈をみてもアベルと思われたそれは真っ黒に炭化し匂いや手足が無ければ人の死体と思えぬほどに損傷していた。

長く見るものでもないそれの確認を終えるとレオンはクラウスとともにエルシアの元に戻った。

なんとか吐き気を抑え込んだらしかったエルシアは二人が戻るや否や気丈そうに振舞った。

「まずは村の皆さんに謝罪しないといけませんね。大事な森を焼いてしまったんですし…もしかしたらまだ粉吹花が残っているかもしれません。私たちで探してなんとか許してもらいましょう」

エルシアの空元気ともとれる発言に二人は「そうだな」「そうですね」と返事をし村への帰路へ着いた。

森へ入ったときの温かい太陽は黒く分厚い雲に覆われ姿を消していた。




森を歩けど歩けど眼前に広がるのは焼野原でしかなく三人は胸が不安でいっぱいになるのをひしひしと感じていた。そんなはずはない、そんなはずはない。最悪な事態だけは避けたい一行は確認の為、軋む体にムチを打つかのように足早に森を抜けていく。村へ続く一本道へと出た一行は、「ようこそヴンダーへ』と書かれていたゲートが無くなっていることに気が付いた。

エルシアはまだ信じられぬその光景が嘘であれと願うかのように走り出す。

レオンとクラウスもそれに続く。近づくほどに強くなる肉の焼けるにおい。アベルのそれとは比べ物にならないほど多く強い臭いにめまいがするのもお構いなしにエルシアは村の入口に立った。そこには帰ってくる三人を迎え入れてくれるバウアーの姿はおろか誰一人生存者の気配が無かった。眼前に広がるのは焼け焦げた家々や真っ黒な焼死体があちこちに転がる地獄絵図となっていた。

エルシアは自身の誤った行いのせいで招いた受け入れがたい事実に絶望した。14歳の少女には到底耐えられぬ精神負荷によってこみ上げるものを抑えられるわけもなくエルシアはその場で嘔吐した。

黒い雲は真っ黒な雨を地上に降らし燻る炎を消していく。エルシアの嗚咽は雨にかき消されレオンとクラウスはエルシアにかける言葉を見つけられぬまま立ち尽くすしかなかった。

三話予告

優しかった村人を失ってしまった一行は黒い雨の中、立ち尽くす。

絶望し自分はどうしたら良いかわからなくなってしまったエルシアにかけるレオンの言葉とは?

第三話は投稿時期未定!なる早で書き上げます!


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