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96章 守りの灯火―――六百七十五年・十月九日(八)




「我日(ウォリー〈くそったれ〉)!!その汚い手を離せ!!!」


 私達三人の耳に、やや枯れた男性の怒号が届く。それを聞いた次の瞬間、ロウ君が血相を変えて街路を見回す。

「爺!?」

 一早く走り出した先の道路、老人一人が四人に取り囲まれている。顎から下が黄色と黒色の毛でもさもさだ。どうやら以前本で読んだ獣人らしい。

 だが彼と違い、襲撃者達に『人』と付けるには凄まじい違和感があった。服は一応着ているものの汚れ切っていたし、雄らしき四体は全員見事に四つん這い。濁った目に勿論理性の光は無く、人類と言うより大柄な猿と呼んだ方が正しいだろう。

 そんな正体不明の輩が、お爺さんの持つスーパーの袋を強奪しようとしているのだ。これ、映画の撮影か何か?俄かには信じられない光景に、私は思わず自分の頬を抓った。痛い。

「夢、じゃない……壬堂君、何なのあの人達?」

「分かりません。ですが、どうもあの老人はロウの知り合いみたいです。俺達も加勢しましょう!」

「うん!」

 私達が走り出した、次の瞬間。いち早く現場へ到着したロウ君は、押し倒されたお爺さんの白髪を掴む野人(これ以外適切な表現が見つからない)の後頭部へ、手加減無しで回し蹴りを放った。


 ドンッ!「ぐほっ!!」バタッ!!「おい爺さん、大丈夫か!?」「あぁ……どうにかな」


 口の端から血を流し、老人は死守した袋片手にヨロヨロ立ち上がる。

「待ってろ!すぐにあっちも取り返して来る!!」

 気絶した野人の背を踏み付け、臨戦態勢で残り三体へ。

「ウホーッ!」「ウホウホッ!!」

 歯ごたえのある敵の登場に、味方の負傷も気にせず興奮する野人達。にしてもこの鳴き声、まるっきりゴリラだわ。フリにしても中々迫真の演技ね。

 一足遅れて私達も到着。私は真っ直ぐ怪我人へ、壬堂君は果敢にも戦いに参加する。

「もう大丈夫よ、お爺さん!あいつ等、一体何者なの?」

 以前この街に来た時、あんな怖いのウヨウヨしていたかしら……っ!また頭痛が……。

「それはこっちが教えて欲しいぐらいだ。食料を買って帰ろうとしたら急に現れて、よってたかって老人相手に強盗を働きおって!!あいてて」

「ロウ、一人で突っ走るな!」

「五月蝿え!来い、ゴリラ共!俺が相手だ!!」

 その挑発を合図に、二対三の戦闘が始まった。身軽なロウ君が的確なキックを放ち、壬堂君も道端に落ちていた鉄パイプで援護する。だが何れも屈強で、体格に勝る野人達は中々倒れない。それでもどうにかもう片方の袋を取り返し、先生、お願いします!!こちらへ放り投げた。

「わっ!?」

 どうにか胸の前でのキャッチに成功。お爺さんもホッとした、その視線が硬直する。


「しまった!来るな畜生め!!」「っ!!?」「ウホオッ!!」


 食料を追い掛けて来た野人は、躊躇いも無くその太い腕を私達へと振り上げた。


「先公、逃げろ!!」「キュー先生!!」


 生徒達の絶叫を知覚した瞬間、目の前の風景が揺らいだ。



―――さようなら、鼠さん達。


 薄暗い照明のリビング。縺れ合う男女。頭上で煌く刃物。そして―――鮮血。


―――死なないで、ルーシー叔母さん!―――ママ!!お願いだからしっかりして!!

―――キューが本物の娘だったら良かったのに……本当、何時まで経っても小憎ったらしい姉さんだわ……。


 時間が巻き戻る。顔を上げると眼鏡を掛け、口から涎を垂らした『ケダモノ』が手を伸ばしてきていた。何をすべきかは知っていた。

 そちらへ―――叔母さんみたいに手を突き出し、ありったけの声で叫ぶ!


「炎よ!!」


 ゴウッ!伸ばした掌から鮮やかな火炎が放出され、野人の顔へ直撃。ボスだったのか、のた打ち回るのを見て他の二体は攻撃を止め、四本脚で駆け寄ってきた。

「ウボ……!!」「ウホウホッ!!」

 耳の後ろの毛まで燃やされた野人は、憎悪たっぷりに私を睨む。その後気絶したままの手下を抱えさせ、驚異的な速さで戦線離脱した。

「待てっ!!―――チッ!何なんだよあいつ等は!?警察は何やってんだ!!?」

 苛立ちを隠しもせず地団駄を踏むロウ君。しばらくして二人は私達の傍へ。

「おい、怪我無いか先公?―――そうか、ならいい」

「キュー先生、今のって魔術ですよね?凄く綺麗な炎でした。でも、一体何時の間に練習したんです?」

「それは―――ぁ」


 ボロボロッ。両目から溢れる雫。今まで忘れていた叔母への謝罪と、癒え忘れていた喪失の涙だ。


「お嬢さん?」

「あ、あ……ルーシー叔母さん……ごめんね、助けてあげられなくて……」

「先公?おい、しっかりしろ!」

 肩を揺す振られている事は知覚出来る。が、心は過去に囚われ、返事など到底無理だった。

「ロウ、取り敢えず先生を安全な所へ。奴等がまた現れないとも限らない」

 提案の後、壬堂君は老人の肩を軽く叩き、病院まで負ぶります、乗って下さい、腰を屈めながら言った。

「済まん」

「いえ、これも乗り掛かった船ですから気にしないで下さい」

「部長、爺さんを宜しく頼む。あいつ等……今度会ったら、ぜってーギッタンギッタンのボッコボコにしてやる……!!」

 どうやら実の祖父ではなさそうだが、余程大事な人なのだろう。憤怒の表情で拳を掌に叩き付け、ロウ君は力強く宣誓した。





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