94章 一時帰宅―――六百七十五年・十月九日(六)
定期船のルートの都合で、僕等は衛星二十四番ではなくラブレへと降り立った。
「バントレー達が行方不明なら、僕は一度アパートへ帰ってみるよ。ロウ、悪いけど先生を送って行って」
「えー?」唇を尖らせ、「折角外に出たんだし、もう少し二人と一緒にいたいわ。ママも一日二日なら外泊してもいいって言ってたもの」
「おいおい、本気かよあのババア。―――分かった分かった、しゃーねーな。じゃ俺の家で集合って事で宜しく」
「分かった」
メインストリートで別れ、一路下宿先のメゾン・デ・ソラへ。階段を昇り二〇一号室へ向かうと、ドアの前にはコーディー小父さんが立っていた。
「ハイネ君!?良かった、心配していたんだよ」
「小父さん……」
一度は政府に売った事、今更根に持っても仕方ないか。彼等にしても、下宿人を守るにはそれしか方法が無かった訳だし。
「大丈夫、一昨日からロウの家に居候させてもらっていました。怪我も特にありません」
「そうか……済まない、私達が不甲斐無いばかりに迷惑を。そうだ、伝えておかなければならない事があるんだ」
「?」
「アランの葬儀を明後日の朝十時から行うよ。遺体は明日の夕方、直接教会へ運び込んでもらう。―――あの子との最後の面会だ。是非参列してやって欲しい」
「ええ……分かりました。知らせてくれてありがとうございます」
そうか……アラン先生、やっと帰って来られるんだ。良かった。
医師はドアの前から離れ、疲れただろう?上で茶でも淹れよう、と促す。それに対し、僕は首を横に振った。
「いえ、今日は着替えを取りに来ただけなんです」
「……怖がらせて済まなかった。だが、あの政府員達は何故かいなくなってしまったんだ。だから帰っておいで、ハイネ君」
恩人の悲しそうな顔を見るのは、僕も良心が痛む。が、ここでハッキリ言っておかねば話は進まない。
「―――そうやって油断させておいて、キュー先生の記憶も葬ったんですね?」「!!!?」
動揺、驚愕、そして絶望。小父さんが一瞬にして一回り小さくなった、そんな錯覚すら覚えた。
最早疑いは一片も無かった。今のキュー先生の言動こそ真実で、大人達は十五年間グルになって嘘を吐き続けていたのだ、と。そのせいでアラン先生も懊悩し結果、単身親達の罪と対決する道を選び、挙句の果てはあんな目に!
「幾ら犯罪者の子と言う不名誉を隠すためでも、大切な思い出まで弄るなんてやり過ぎです!キュー先生はあなた方の人形じゃない!!十年間一生懸命に生きてきた、ただの女の子なのに!!」
「仕方無かったんだ!あの子がいや、あの子達が『Dr.スカーレット』から教え込まれた事は、それ程までにおぞましく呪われていた。記憶を全て封じなければ、政府館は三人を『処理』するしかないと通告してきた。ルナ達三姉妹は、彼女等の救い主なんだ!なのに、何故あんな事故が……!?」
「事故?」
何だ、それは?
「一年前、丁度ハイネ君が我が家にやって来た日だよ。ルナの姉二人、ビーナスとアルテミスが交通事故で亡くなったんだ」
そうか。確かにあの夜、帰って来た二人は暗い顔で……あれは肉親の遺体を引き取りに行っていたのか。ようやく得心が行った。
「その事故、事件性は無かったんですか?」
「ああ。二人は三姉妹の共有財産である別荘へ行く途中、誤って運転していた車を崖下へ落としてしまったそうだ。警察の実況検分の結果、原因はフロント硝子に渡り鳥の大群がぶつかった事に因る視界不良。だからって、流石に近辺の鳥を全て逮捕する訳にはいかないだろう?」
「そうですね。ところで、お二人が担当していた患者のカルテは?」
もしその事故が人為的な物で、犯人が『コバルト・マスター』ならある筈だ。三姉妹最後の一人、ビーナス・アンダースン所有のカルテの中に。
ところが彼は首を横に振り、聡過ぎる君には悪いが、既に処分されたんだ、小さく呟く。
「処分?何故です?危険な『子供達』のデータを消すなんて馬鹿な事」
「幾ら危険人物でも、鬼籍に入ってしまえば最早何も出来ない。ただでさえ夢療法士の守秘義務は完璧を常とする。―――ハッキリ言おう。私達は担当のキューちゃん以外、二人の名前さえ知らない。互いに接触して記憶が蘇る事態を恐れ、三人は最初から完全隔離された状況で治療を受けた。姉妹同士でもその話題はタブーとされ、集まっても決して現状は語られなかった」
「そんな……じゃあ、男か女かすら分からないんですか?」
「その通りだ。ただ、それぞれの担当を決める際、最も力の強かった長女ビーナスが一番厄介な子供を受け持ったと聞いている。キューちゃんはうちのアランと友達だったし、警戒心が殆ど無かったから最年少のルナが引き受けた」
厄介ってつまり、一番抵抗力が強かったと言う事か?確かに安住の地である『ホーム』を引き剥がされ、思い出も根こそぎ奪われたんだ。そんなの、誰だって拒絶するに決まってる。
「ところで小父さん、副聖王のエルシェンカさんが襲われた件は知っていますか?」
「ああ、昨日ニュースで見た。―――!犯人の担当がアルテミスだって!?確かなのかそれは!!?」
「ええ。そして、木咲先生は僕等に教えてくれたんです。小父さん達の命を、最後の一人が狙っていると」
そしてそいつこそ、憎っくきアラン先生の仇……ロウの家へ戻ったら、急いでキュー先生に確認しないと。『蒼』について、僕はまだ何も知らないに等しい。
「復讐か……分かった、急いでルナを迎えに行こう。まだ病院に残っている筈だ。警察、いや政府館へ直接保護を求めた方がいいな」
そう呟いた後、下宿人へ深々と頭を下げる大家。
「知らせてくれてありがとう、ハイネ君。ただ、君も充分気を付けなさい。もうアランや義姉達、それにルマンディ博士のような事は御免だ」
「僕だって嫌です。―――コーディー小父さん、小母さんを宜しくお願いします」
固く男同士の握手を交わし、僕等はそれぞれの目的のために行動を開始した。




