93章 面会―――六百七十五年・十月九日(五)
「―――おい。何か変じゃないか、二人共?」
絶賛爆睡中の政府員のポケットから鍵を拝借し、地下への階段を降りる途中。ふと親友が呟き、顎に手をやった。
「何が?」
「ここの連中だよ。朝出発した時と違って、どいつもこいつもボケーッと間抜け面してると思わねえか?」
「そう?きっと一昨日昨日大騒ぎして疲れているんだよ」
組織の重役が危うく暗殺されかけたのだ。その混乱振りは推して知るべし。
「でもロウ君の言う通り、さっきすれ違った人目の焦点が合っていなかったよ?躓いて転ばないといいけど」
両手を合わせ、敵を暢気に心配する先生。本当にマイペースな女性だ。
「まあいいんじゃない。お陰で誰もキュー先生に気付かないんだし」髪型効果絶大。
そうこう言っている内に到着だ。鍵を挿し込み、一回転。
ガチャン、キィ……。「桜ちゃん!!?」
ドアが開くなり、家族が牢獄へ飛び込む。拘束されたまま胸に縋り付かれ、木咲先生は嬉しさと悲しみがない交ぜになった表情を浮かべた。
「本当に来てしまったのね、キュー……」
「桜ちゃん、どうして沢山の人を殺したの!?理由を聞かせて!!?」
付き添いの僕等をチラ見した後、保健医は小さく嘆息する。
「あなた達を少々侮っていたわ。こんな手段を取ってまで、私なんかの話が聞きたいの?」
「はい。木咲先生、『Dr』や理事長先生もあなたをとても心配しています。何故大切な家族に黙ってこんな事を?」
「―――これはあくまで私の問題だからよ。恩人のメアリーさんや他の皆を巻き込みたくなかった、それだけの話」
拘束具の下で深く息を吐く。
「ねえ、桜ちゃん教えて……さっきそこで、リリーちゃんの弟さんに会ったの。本当なの?あの子とダン小父さんが死んだって」
「ええ……事実よ」
「殺したのはひょっとして、ママ?」
「それは違うわ!」強い否定。「リリーちゃんが死んだのは、確かに痛ましい事故だった。ルマンディ博士は……実は私もよくは知らないの。でも亡くなったのは、小父様に届いた手紙で指定された日。夜遅くメアリーさんと出掛けて行くのも見たわ」
「じゃあやっぱり、現場で目撃されたのは『Dr』……しかし、何故ルマンディ博士は娘の仇を呼び出したんです?」
仮に目的が復讐だとすれば、先程会ったユージーンさんが現場に銃の一丁でも落ちていたと言いそうな物だ。
すると先生は椅子の背中側に回り、拘束具の南京錠を無理矢理に引っ張り始めた。「キュー!?」
「だって!?一緒に帰ろう、桜ちゃん!!こんな所に一人置いて行けないよ!!」
その必死な姿に、間接的だが捕縛に参加した僕の胸が痛む。しかしもっと積極的だった親友は然程でもないようだ。つかつかと彼女に歩み寄り、細い腕を掴む。
「止めろ先公。それ以上やると、チーかま呼んで横に並べるぞ」
「でも!」
「五月蝿え!!」
一喝しグイッ!獣人の腕力でこちらへ引き摺ってきた。不貞腐れた彼女を僕に押し付け、今度は自ら尋問を開始する。
「おい、手前は何を狙ってやがる?このまま死刑になるつもりなんて更々無いんだろ?」
「素直に教えると思う、ダイアン君?でも、そうね……キューをここまで連れて来てくれたお礼に、一つ良い事を教えてあげるわ。―――私も数年前までは、彼女と同じ記憶喪失だったの。その犯人はアルテミス・アンダースン。どう?何処かで聞いた事のある姓でしょう?」
「アンダースンって、まさか……!?」
「後は自分で考えなさい。でも精々気を付ける事ね。最後の夢療法師ルナは最早、邪魔なあなた達の記憶を封じるのに何の躊躇いも無いでしょうから」
小母さんが、そんな……でも、以前の錯乱した様子。確かに正面から接触するのは危険かもしれない。
「ルナ小母さんが?桜ちゃん、一体何を」
「カルテは多分、彼女の病院にあるわ。それを見れば子供のあなた達だって分かる筈よ、私達の怒りも尤もだと言う事が」
尋問の疲労が溜まっているのか、首を力無く横に振る。
「―――とにかく、行動するなら早い方がいいわ。彼女達夫婦は『コバルト・マスター』に狙われているから」「な、何ですって!!?」
アラン先生に続いて、『青』は彼等まで毒牙に掛けようとしているのか!?
「キューを苦しめた責を問い質したいなら、永久に口を閉ざされる前にしなさい。悪い先生からの、せめてものアドバイスよ」
驚愕する僕等へ、慈愛の微笑みを浮かべる殺人犯。
「ありがとう、二人共……最後にまたキューと会えて嬉しかったわ」
最後?彼女、ひょっとして……死ぬ気、なのか?
「木咲先生」
「時間が無いわ、もう行きなさい。―――さようならキュー。私、あなた達と暮らせて本当に幸せだった……」
つー……蒼白い頬を、透明な雫が伝う。
「駄目だよ、そんなの!!」「え?」
先生はバスケットを空いた椅子へ置いた。そして取り出したスコーンを割り、クロテッドクリームをこれでもかと塗りたくる。
「お腹が空いてるからそんな弱気になっちゃうの!ほら、食べて!!」
「え、ええ」もぐもぐ。「……美味しい」
「良かった。さ、もっと食べて。沢山焼いてきたから」
「キュー……」
再び伝う涙はだが、先程よりずっと綺麗だった。しかし給仕する家族に因って素早く拭われる。
「もう、大きくなっても相変わらず泣き虫ね、桜ちゃんは」
「だって、キューが危険を冒してまで、こんなに美味しいスコーンを届けてくれたんですもの……泣きもするわ」
「ランファに比べたらまだまだよ。今度はマーマレード付けるね、桜ちゃん好きでしょ?」
「うん……ありがとう」
まるで姉妹のような二人を眺めながら、連れて来て良かった、僕は心底そう安堵した。




