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92章 託された物の正体―――六百七十五年・十月九日(四)



 午後二時。再びシャバムに舞い戻った僕等は、早速政府館へ向かう。

「にしても先公、その変装は無いだろ」

「そう?」

 ブラウンのサングラスにマスク、頭には赤いニット帽。服は女性物のブラウスとジーンズを着ているものの、どう見てもお忍びの芸能人か不審者だ。

「チッ、母娘揃ってセンス皆無だな。それじゃどうぞ捕まえて下さいって言ってるようなもんだぜ」

「えー、じゃあどうすればいいの?」

 首を傾げ、精神年齢十歳の成人女性は素直に問う。

「そうだな……もういっそフツーでいいんじゃね?政府員の何人が顔知ってるかは分からねえけど、堂々としてりゃ案外バレねえよ。なあハイネ?」

「そうだね。うーん、じゃあちょっと失礼します」

 僕は変装セットをバッグに仕舞わせ、肩まで伸びる髪を持っていた輪ゴムで左側に纏めた。うん。髪形だけでも大分印象が変わった。

「へー。これなら大学生ぐらいに見えるか」

「本当?ありがとう、ハイネ君」

 礼を言われ、無意識に頬が火照る。記憶が失われ幼くなっても、やっぱり大好きな人の笑顔は最高に温かかった。

 彼女は嬉しそうに、持参の小さなバスケットを振る。するとふわっ、さっきまで嗅いでいたのと同じ美味しい香りが漂った。中身は蓋が閉まらなくなる程詰め込んだ、キュー先生特製スコーンだ。

「もうお昼過ぎだし桜ちゃん、きっとお腹空かせてるよね。早く届けなきゃ」

 ロビーへ入り、昨夜と同じくスリッパに履き替える。そして独房の鍵を持っているであろうジョウンさんの所へ向かいかけた、その時だ。


「あれ、レヴィアタ君?今日は変わった服着てるね」「っ!?」


 声を掛けられ、来たばかりの玄関を振り返る。そこにいたのは白衣の若い男性、ユージーン・ルマンディ博士だった。

 以前会った時より少し痩せた彼は、首から二つの砂時計が付いたペンダントを提げていた。片方は殺されたダンさんの持ち物。つまりリリーさんの遺骨だとして、もう一方はまさか……。

「ああ、驚かせて済まない。君もフィクスさんに呼ばれたのかい?私も彼に用があるんだ。何処にいるか知ってる?」

「ジョウンさんなら、まだ仮眠室で寝ている筈です。エルシェンカさん殺人未遂犯を一晩中尋問していたので」

「ああ、TVで観て吃驚したよ。まさか『Dr.スカーレット』がここまで大それた事をやるなんて……ところで、そっちの二人は?」

 キュー先生をまじまじと見つめ、失礼、何処かでお会いしましたか?そう尋ねる。

「?さあ、私は初対面だと思いますけど……」

「そうですか。済みません、キューちゃんに何処と無く似ている気がしたので」

 気付かなくても無理は無い。彼が先生を見たのは音楽ホールの舞台上でだ。数十メートル離れていたし、細かい特徴などは分からないだろう。

「彼女は僕の亡くなった母の親類です。今日は手続きで偶々ここに。で、こっちは友達のロウです」

「どーも」

「ところでルマンディJr、例の小瓶の解析結果は出たんですか?」

 ジョウンさん経由で託してしばらく経つ。そろそろ中間報告が欲しい所だ。

 すると彼は眉を顰め、人目を憚るように口元へ手を当てた。

「ああ、ついさっき。それを報告しに、研究所から急いで来たんだ」

「何だったんです?もしかして、『スカーレット・ロンド』のワクチン」

「!!?」

 吃驚仰天して若博士を凝視する先生。が、当人は苦々しげに舌打ちした。

「いや、あれはそんな物じゃない。フィクスさんは一体何処からあれを……?」訝しげに呟く。

「一体何なんだよ博士?ハッキリ言えって」

 親友に促され、彼は重々しく口を開いた。


「―――あの液体は特効薬どころか、『スカーレット・ロンド』そのものだ。しかも過去に使用された物がアルファ型だとすればより進化した、父の遺体から採取されたのと同じベータ型の」

「!?ダンさんは『スカーレット』に感染して死んだんですか!?」


 初めて聞く事実に衝撃を受け、思わず叫ぶ。

「ああ……しかも全身を駆け巡る激痛の中、三階の窓から突き落とされたんだ。それは酷い有り様だったよ……だから、私は奴等を絶対に赦さない」

 そう誓い骨粉と化したダン氏を、そして義姉を強く握り締める。

「リリー姉さんや父さんのためにも、必ずワクチンを作ってみせる」

「リリー……ちゃん?」

 囁きは博士の耳に届く前に、大気に拡散して溶けた。喋り終えた彼は、僕等に背を向ける。

「お疲れなら仕方ない。夕方にでもまた出直すよ」

「ああ、気を付けてな」

 トボトボと引き返す彼を見送り、僕等は改めて仮眠室へ向かった。




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