91章 囚われの緑姫―――六百七十五年・十月九日(三)
―――桜。
夢現の中、白い光に包まれた懐かしい姿を見た。忘れる筈無い、私が最初に殺した女性政府員……。
―――ごめんなさい、まだ復讐は終わっていないの。だから、お願い……どうかまだ私を呼ばないで。
片目の死者はいつも通りうっすらと笑み、そうね、と唇だけ動かし、小さく手を振った。
音も無く遠ざかっていく彼女に、私は必死に自由にならない腕を伸ばす。
―――待って、―――!!
キィ……バタン。
控えめなドアの開く音に、瞬時に意識が覚醒した。どうやら徹夜疲れからうたた寝をしていたらしい。
(相変わらず見に来てくれるのね、心配性なんだから……大丈夫よ……後少し、本当に後一歩で全部終わるわ……)
近い将来行くであろう彼岸に向け、心の中でそう告げる。それから入って来た人物を確認し、拘束でやや苦しい肺から溜息を吐く。そんな私の態度に、相手は不愉快そうな『振り』をした。
「―――何の用、『イノセント・バイオレット(純潔なる紫)』?不甲斐無い私を嘲笑いに来たの?」
不自由な肩を竦めて問い、目の前の空いた椅子を顎で示す。
「でもお生憎様。あの馬鹿な政府員のお陰で、私の計画は最終段階へ移行したわ」
代償に一晩中つまらないダジャレを聞かされたが、十五年前犠牲になった者達に比べれば苦痛でも何でもない。『切り札』を得た時でさえ、この両眼は涙一つ零さなかったのだから……。
皆に内緒で復讐を始め、早三年が経つ。連中を抹殺する度、言い知れぬ満足感が壊された魂を満たしていった。ただ一人を除いては……。
けれど、まだ供養には到底足りない。最も罪深き男は、未だのうのうと現世に存在している。抹消するまで後一歩の辛抱が必要だ。
「――――」「えっ?」
信じられない一言を放った『紫』は、空虚な嗤いを浮かべて一歩後退する。
「ほ、本当なの?キューが、レヴィアタ君達とここへ来るって……私の話を聞くために?何故、そんな事を……?」
お転婆で愛らしい『ホーム』の姫君は、十五年前の精神と共にあの夜取り戻された筈だ。なのに、どうして現在の事件に首を突っ込もうとするの?しかも、かつての教え子を伴って。
(彼等に何か吹き込まれたの?でも、だからって自分から『ホーム』を出るなんて……まさか)
「記憶が、戻りかけている……?」
家族は答えない。まるでどうでもいいと言いたげに、後ろ手に軽く一回転しただけだ。
「封じたのはあなたでしょう?思い出しかけているなら、また力を掛け直して」
「―――」
「何よ、それ……人払いしたって意味?あなた、一体どちら側の味方なのよ?」
彼に比べれば、『蒼』の方が何倍も共感可能だ。ベクトルこそ違え、私と同じ復讐の血道を歩む者。願わくば向こうも大願を成就し、今度こそ望んだ人生を得られますように……。
「―――そう。ならあなたはさっさと退場しなさい。彼等に本性を知られるにはまだ早いでしょう?」
私の放った台詞にピクッ、無感情だった『紫』の頬が微かに動く。
「安心しなさい、家族を売ったりはしないわ。誇り高き『ホーム』の一員として」
―――あなたが木咲 桜ちゃんね。宜しく、桜ちゃん!
キュー……ごめんなさい。私達、もうあの頃へは戻れないの……。




