89章 灰色の牢獄―――六百七十五年・十月九日(一)
木咲 桜先生こと『ディライト・ビリジアン』が囚われたのは、政府館地下一階。四方をコンクリートで囲まれた、酷く殺風景な牢獄だった。
「しっかし、肝心の力の効果範囲が分からないと隔離しようがないな。事情通のハイネ君達は知らない?」
マル秘ノートには一応、最大五百メートルと書かれていた。が、まさか教える訳にもいかず黙っていると、代わりに本人が答えた。
「約五百メートルよ。それ以上遠いと、地面を伝っても声が届かないの」
「かなり広いな。しかし参ったぞ。政府館内に案内出来そうな場所は、うーん……じゃあ取り敢えず地下室へどうぞ。あそこなら全部の壁に逃走防止の鉄板を入れてある。あと面倒臭いが、念のため結界も張っておこう。そこまでしとけば、仮令命令は出せても救出出来ない……かな、先生?」
「植物達に政府館を破壊されてもいいならね」
「物騒なテロリストさんだな。むー、これが魔術なら魔封じすりゃOKなんだがなあ。尋問するから眠らせとく訳にもいかんし。いっそ二人で見張っといてくれない?」
「断る。俺達だって忙しいんだ。なあ?」
僕は正直もう少し彼女の話を聞きたかったが、どうも親友は他二人の『子供達』の動向を警戒しているようだ。木咲先生と同じく、彼等もまた政府へ復讐を為そうとしている可能性は十二分にある。
結局保健医は部屋の真ん中で拘束具を着せられた上、頑丈な椅子へ縛り付けられた。厳重だが、能力を考えるとまだかなり不安の残る処置だ。
夜を徹す二人を残し、僕等は用意された仮眠室で朝まで休んだ。その夜は親友も大分疲れていたらしく、隣の僕のベッドへは一度も上がって来なかった。やれやれ。
次に目覚めると、とうに朝日は昇っていた。遅い身支度を整えていた僕等は、ノックの音にドアを振り返る。
「やあ、おはよ……ふぁ、ちゃんと眠れた?」
そう言って大欠伸しつつ、ジョウンさんが入って来る。手に持ったブラックの缶コーヒーのプルタブを空け、咽喉に流し込む。
「まさかジョウンさん、本当に今まで尋問を?」
微妙に不真面目な彼の事。てっきり適当に切り上げているものだと思っていた。
「ああ、何せ二十人近く殺してるからな。休憩したいのは山々だが、捜査には一刻の猶予も無い。けどあの先生、ずーっと黙秘したままでさ。とうとうこっちがギブアップして出て来たんだ」
「完全にナメられてるじゃねえか、それ。情けねえ野郎だぜ」
「んな事言ったって、暴力は俺のやり方じゃないんだ。大体、あの妙に達観した目……仮令拷問に掛けても絶対喋らないぞ、彼女。身元を照会しても、どうも天涯孤独っぽいし。うーん、取り敢えず勤務先にでも連絡してみるか」
「「!!?」」
「ん、どうした二人共?―――は、駄目なの?何で?」
「それは……」
まさか代表者が保護者且つ異能者、ついでに親友の養父とは言えず言葉に詰まる。その様子がどう映ったのか、分かったよ、政府員は充血した目を擦りながら渋々頷いた。
「書類上はまだ一応参考人扱いだ。なのにうっかりお仲間の耳に入って、政府館が襲撃されたら困る、って感じでOK?」
「え、ええ……その通りです」
「やっぱハイネ君は賢いな。けど、俺も寝不足でさえなかったら中々の物なんだぜ」
再度欠伸。
「しっかしどうするかね……いっそ君達に説得任せちゃった方が楽かもな」
「おいコラ!完全にただのサボりじゃねえか!?」
「だってさー、本当に何っっっも喋ってくれないんだぜ!流石の昼行灯でも根を上げるっつーの!!」
とうとう愚痴が入り始めた。昨日は結構真面目モードだったのに、相変わらずよく分からない人だ。
「あー、もう駄目だ眠い!続きは起きてからにしよう!!」バタン!
叫ぶなり僕が寝ていたベッドに潜り込み、Zzz……は、早い!一秒と掛かっていないぞ!
「チッ。まぁ、下手にベラベラ喋られてもこっちが困るしな。行こうぜ」
僕等はロビーへ行き、受付の女性へ一泊の礼と副聖王代理の事を頼んで建物を出た。
「で、これからどうするよ?あいつが黙ってる間に別方面調べてみるか?」
船着場へ向かう道中、親友が問う。
「一旦お前のアパートに帰って、着替えなんかを取って来るのもいいかもな。ゴリラ共は取り敢えずいなくなった訳だし。小父さん達もきっとすげえ心配してるぞ」
「うん……ねえ、ロウ。何故自分から捕まったのに、木咲先生は何も言おうとしないんだろう?」
「は?さあ……?」
「恨みつらみの一つや二つ言うでしょ、普通なら。―――もしかして先生は、何かを待っているのかもしれない」
「何をだよ?」
「分からない。でも……あ。ねえロウ。思い付いたよ、話を聞く方法。―――先生を連れて来よう。うん、それしかない」
「はぁっ?連れて来るも何も、先公は既に地下に」
「何呆けた事言ってるんだよ。キュー先生はまだ『ホーム』にいるじゃないか」
僕の一言に、狼の金目が真ん丸になった。




