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88章 ある主従の昼下がりの会話―――九百年・七月




「珍しいわね、あなたが勝手に出てくるなんて」


 花屋の店員は留守なのか、商店街の郊外に位置する店先には誰もいなかった。平日の昼食時と言う事もあり、人通りもまばらだ。

「バレると思うかい?」

 ピンクのカーネーションの柔らかな花弁に触れながら、私は問う。

「どうかしら。勘の良い人間なら気付くかもしれないけれど、多少透けている以外は極普通の老婆よ」

「そう。なら、もう少しこうさせておくれ」

 この店はいつも様々な種類の花が並べられ、一度間近で見たいと常々思っていた。残念ながら主であるこの少女、ルザは余り植物には興味が無く、足早に去ってしまうから余計に。

「子供や母親を思い出しているの?」

 カーネーションばかり見ているので、どうも誤解させてしまったらしい。首を横に振る。

「私に子供はいないよ。贈ってくれたのは初恋の人」

「捜しているって言う例の?そう……」

 詳しくは話していないが、事情を察してくれたようだ。と、彼女は突然財布を取り出す。

「?」

「偶には花を買うのも悪くないわ。レティも喜ぶでしょうし、あいつがデッサンの練習に使うかも……」

 同居する気の良い機械人形を想い、唇を噛む。


「―――ねえ、キュクロス。恋をするって、凄く辛いのね……」「……そうだね」


 骨張った掌で、今にも折れそうな細い肩を撫でる。得体の知れぬ冥府の蝶に侵され続け、そこは契約当初よりずっと弱々しくなっていた。

「あの子はいつも、真っ白な一輪をポストへ入れてくれたの。大抵は私の誕生日に―――亡くなるまで、ずっと」

「律儀な人ね。年下?」

「教え子だよ、短い教師時代の」

「先生?道理でロディの扱いが上手いと。教科は何を……いえ、過去は訊かない約束だったわね。悪かったわ」

 バケツの中から一際元気そうな白の一輪を抜き出し、しげしげと眺める。その横顔に一瞬、姉妹のように育った緑の髪の少女が重なる。


「―――ルザ、そのカーネーションが喋るって言ったら信じるかい?」「は?」


 突然の質問に目を丸くした後、信じるわよ、だって金属の塊が泣いたり笑ったりするぐらいなんだから、あっさり彼女は答えた。





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