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84章 花屋敷会議―――六百七十五年・十月八日(七)




「わぁ!」「へえ、綺麗な花畑だな」


 案内されたフィクス家の庭は一面様々な色の花で埋め尽くされ、フラワーショップもかくやの情景だった。この多種類に巧みな配置。きっとシェニーさんは年単位の綿密な計画を立て、コツコツ手間暇掛けて管理しているに違いない。

「頼みもしないのに来る度植えて行くんだよ。自宅は庭が狭くてやりがいが無いんだとさ。ま、そんな事よりどうぞ」

 質素だが一人暮らしの割に清潔なリビングへ通され、僕達はふかふかの白いソファに座った。そして親友と二人、先程屋台で購入したバーガーとポテトをテーブルへ広げる。その間に家主はキッチンからジャスミンティー、三人分の硝子コップを持って来てくれた。

「もぐもぐ……にしてもハイネ君、ちょっと見ない間に何か逞しくなったな。筋トレでもやってるのか?」

 マスタード塗れのポテトを口に放り込みながらの質問に、そうですか?きっと成長期だからですよ、僕はすっとぼけた。殺人ウイルスに冒されたせいとは口が裂けても言えない。少なくとも、キュー先生を取り戻すまでは。

「ああ、それもそうか。じゃあ沢山食べなよ。折角一杯買ったんだ、ロウ君みたいに遠慮せずにどーぞ」早くも二つ目に食らいつく狼少年を横目に促す。

 包み紙を開け、ビーフハンバーガーを一口。うん。ラブレのいつもの店より、ずっと肉汁があって美味しい。流石は宇宙の中心地。たかが屋台でもハイレベルだ。

 午後二時の遅い昼食を摂りながら、僕等はこれからの行動について相談し始める。

「まず、幾つか追加報告がある。その一。例の書類の消された名前の持ち主は、全員見事に不審死を遂げていた。毒殺、転落死、事故死に今朝と同じ刺殺。唯一の共通点は、どの現場にも何らかの植物があったって事だ。まぁ奴等を操る人間がいるなんて誰も考えないだろうし、調査不備を指摘しても仕方ないな」

 フィッシュバーガーをパクつきつつ、政府員は話を続ける。

「その二。ゴリラーマンと部下三名は、やっぱり目下行方不明だそうだ。自宅にも連絡は無かったらしい。俺としてはこのまま一生顔を出さないでおいて欲しいが、一応ラブレの警察に捜索願を出しておいた。何せ元強行課で残っているのは奴等だけだからな。『ディライト・ビリジアン』に狙われているのは確実」

「壬堂さんの話だと彼等は十五年前、現場で『Dr.スカーレット』の捕縛を行ったそうです。その時の総指揮を取ったのは、恐らくエルシェンカさん。敵が本当に『呪われた子供達』の一人だとしたら、目的は矢張り報復でしょうか?」

「それが自然だな。けど妙だ。折角脱獄した『Dr』が、手下にそんな目立つ真似をさせるかフツー?下手したら芋蔓式で手前まで捕まっちまう」

 確かに。キュー先生の話から推察しても、『Dr』は研究一筋で無駄な争いをする暇など無いようだった。彼女に忠実な理事長先生にしてもそうだ。命の重さを教える場の代表者が、連続殺人など指示する筈が無い。

「ジョウンさん。手口から言って、もしかすると敵は単独で暴走しているのかもしれません」

 そしてその正体は恐らく、先生の言っていた三人の子供の内の一人。

「ほー。それなら充分やりようがあるな」

「そこで思ったんですが僕等、奴を誘き出せますよ」

「は?」

 間抜けな声を出した親友に、僕は説明する。

「良く考えてみなよロウ。奴は憎き仇の親玉、エルシェンカさんを殺し損なった。相手は自分の事を知っていて、回復次第絶対に捕まえに来る人間だ。このまま見逃したら間違い無く身の破滅。生きていると知らせてやれば、奴は現れざるを得ない」

「エルを囮にするってのか!?駄目だ!今のあいつは意識が無いんだぞ!!」

 この慌てぶり。シェニーさんの言う通り、本当に大事な人なんだな。

 大人を安心させるため、僕は首を横に振った。


「流石にそんな無茶は言いませんよ。―――囮は僕がやります。ジョウンさんはロウと出口を固めて下さい」「おい!?」「大丈夫だよ、二人が守ってくれれば」


 僕の体内には今、史上最悪の致死率を持つウイルスが流れている。最悪敵が手に負えなくても、少なくとも更なる蛮行を止める事だけは出来るだろう。

「俺も反対だ。幾ら何でも危険過ぎる。相手は連続殺人犯なんだぞ?」

「でも他の手はありません。ジョウンさん、事件の情報は何処まで流しているんですか?」

「いや、何せ怪我をした相手が相手だ。現場にいた全員に緘口令を敷いた上、報道機関への発表もしていない。嗅ぎ付けてきた新聞社にも書くなと厳命してあるが、まさか」

「ええ。急いで記者を呼んで、夕方までに号外を出してもらいましょう。出来ればTVとラジオのニュースも。勿論、伝えるのは偽の居場所です。病院に迷惑が掛からなさそうな部屋はありますか?」

「それなら最上階の特別病室だな。どっちにしろ意識が戻り次第、そこへ移す予定になっている」

 政府員は油の付いた指を舐め、その手を顎に当ててしばらく考え込んだ。

「―――分かった。奴の戦闘能力が分からない以上、下手に病院職員を巻き込む訳にはいかない。ハイネ君の策に乗ろう。すぐに準備させる。君等は食べながらゆっくり待っててくれ」

 そう言うと携帯を持って玄関を出かけ、はたと足を止めた。

「おっと、危ない危ない。『緑さん』が俺を狙ってないとも限らないからな。わざわざ敵のテリトリーで連絡は無い、うん」

 そう独り言を呟き、階段を昇っていく。と、ふとある疑問が脳裏を過ぎり、僕は彼を呼び止めた。

「どうした?」

「あの、アラン先生の事件の目撃者はいたんですか?聞き込みはもう終わっているんでしょう?」

「ああ。ただ……こいつも不可解なんだが」

 呟いて眉根を寄せる。


「深夜って事もあるだろうが―――どの住民も犯人を目撃どころか、物音一つ聞いてないらしいんだよ。防音がさして効いたアパートでもないのに、まるで……そこだけごっそり記憶を消されたみたいにな」「っ!!?」


 記憶を!?それって症状は違うけど、キュー先生と同じ……。

「まぁ、そいつは些かオーバー表現だな。偶々住民全員が眠り込んでた、ってのが大方真相なんだろ。もういいか?」

「はい」

 ふと隣を見ると、親友はパーカーの襟を直しながら同じ事を考えているようだった。

「どう思う、今の?」

「先公が豹変した事と言い、奴等の中には記憶を弄る力を持った奴がいると考えた方がいいな。にしてもお前」

 睨む視線を避け、お茶を一口。

「―――危険は重々承知しているよ。でも仕方ないだろう?相手はキュー先生の家族なんだ。こうするしかない」

「本当に捕まえるのか?」

「説得して話を聞くだけだよ。自分達の不利益になると分かれば、きっと向こうだって分かってくれる」

「お前、一体どっちの味方なんだ?」

「キュー先生に決まってるだろ。―――巻き込んで御免、帰るなら今の内だよ。どうする?」

 暗殺スキルも然る事ながら、敵は確実に殺意満々でやってくるだろう。僕はともかく、ただの学生の手には到底負えない事態だ。

 すると彼は不機嫌に唇を尖らせ、テーブルをガンッ!蹴飛ばした。「こら!?」

「親父や『Dr』ならともかく、たかが雑草使いに俺がビビるかよ」

 バシッ!拳を掌に叩き付ける。

「大体、守ってくれって頼んだのはそっちだろ」ニヤリ。「きっちり働いてやるよ」

「御免。でも臨機応変に頼むよ」

 万が一『スカーレット・ロンド』が散ってしまったら、親友には急ぎジョウンさんを退避させてもらわないと。正体はバレるが、人命を守るには止むを得ない。

「分かってる。―――この事件が解決したらさ、また先公と三人でカラオケ行こうぜ」

「そうだね」

 キュー先生、今頃は何をしているんだろう?大切な家族が捕まえられたら、きっと凄く悲しむだろうな……。

 愛しい女性の心情を慮って落ち込んでいると、狼少年は不意に僕の顔を覗き込んできた。

「付いてるぞ、マスタード。綺麗にしてやるから動くなよ」

「あ、うん。ありがと」

 しかし何故か近付いてくる顔面ティッシュやナフキンではなくに、僕の頭の中で警報がけたたましく鳴り響いた。バッ!掌で侵攻を塞き止める。

「……本当に付いてるのか?」

「俺が嘘吐く訳ないだろ」

「鏡見て来る」

「まあまあ」

 そこでニヤニヤするな!口実だってバレバレじゃないか!!

「お、何揉めてんだお二人さん?」

 連絡を終えて降りて来たジョウンさんが尋ねる。僕が邪な企みを説明すると、あろう事かクスクス笑い出した。

「いやぁ、悪い悪い。俺も前にシェニーにそれやったの思い出してさ。そう言う悪戯はスピード勝負だぞロウ君。惜しかったな」

「チッ。手前だけは言われたくねえな、チーかま野郎」

 自白して尚この態度。この駄狼め、最早突っ込む気にもなれない。

 ポテトを抓みながら嫌悪感たっぷりに睨みつけると、奴は少しも懲りてない風にウインクを返した。




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