82章 二件目の現場検証―――六百七十五年・十月八日(五)
「ありゃりゃ、こいつは中々壮絶だね」
扇子で血臭漂う空気を一混ぜし、そう暢気な感想を漏らす政府員。
「そっちの男の子も死んでるの?」
「いえ、先輩は気を失っているだけです」
そうだ。家族なら、何処にダイアリーを隠しているか知っているかもしれない。となれば、申し訳無いが話を聞かせてもらわねば。
「おい、何処行くんだ?」
階段を降り、リビングの硝子棚を開ける。よく嗜むのか、『セイレーン』にあった物と同じウイスキーが何本か仕舞ってあった。その内の一本、中身が半分残った瓶を手に現場へ戻る。
「済みません、壬堂先輩。起きて下さい」
言いつつ琥珀色の液体をキャップ一杯分、三十ミリリットル程度半開きの口に流し込む。効果は覿面。ゲホゲホ咳き込みながら、彼は瞬時に覚醒した。
「ハイネ?俺は一体……そうだ、父さんは……っ!!?」
僕の背後の惨事に硬直し、又も気絶しそうになる所に声を掛ける。
「先輩、良く聞いて下さい。お父さんがシャバムにいた当時書いた物、例えば日記等を遺していませんか?こんな事をしでかした犯人を捕まえるためにどうしても必要なんです。お願いします、思い出して下さい!」
「あ、勝手に取り調べ始めた。まぁ手間が省けていいけど。ドンドンやってくれ」
囃す政府員を見、遺族はアルコール混じりの生唾を飲む。
「お前等、一体どんなヤバい事に関わっているんだ……?日記、ではないが、引っ越しの時に向こうから持って来た箱ならある。確か……」
「まだふらふらしていますよ。僕に掴まって下さい」
「ああ、済まない」
肩を貸されながらどうにか立ち上がり、彼と僕は血溜まりを避けて書き物机へ向かう。一番大きな抽斗を開け、無骨な鉄の小箱を取り出した。年月を経ているせいか、所々錆が浮いている。
パカッ。「これは……ワッペン?」
中には金属製の薄い円形物が何枚も入っていた。材質はアルミか?直径は五センチ程度。元は紐が付けられていたのか、どれも同じ所に小さな穴が空いている。刻まれているのは名前と生年月日、それに士官、准士官と言った階級だ。
「ドックタグだな、漫画で見た事ある。戦場での身分証明書だ」
説明したロウが横から手を伸ばし、一枚抓んでしげしげ眺める。
「凹んでる上に血痕……もしかしてこれ、さっき話してた『S』作戦で死んだ連中のじゃねえか?どうなんだ、チーかま?」
「いや、俺もさっき来たトコなんだけど。って言うか殺しの現場でフツーに調査してるし、何この中坊共怖い」
相変わらずの軽口炸裂で、まだ残っていた緊張が解れた。
「でもジョウンさん。昨日は軟禁されていたのに、どうしてここへ?」
「ん?あぁ……ちょっと事情が変わったんだ」
一瞬扇子を折りかねない程手に力を込めた後、反対側の手を伸ばす。
「じゃあ、そいつは俺が預かっとこう。政府館に戻ったら急いで照合に掛けさせる」
「宜しくお願いします」
箱を持ち、他には無いのか壬堂君?そう尋ねた。
「いえ。父の荷物自体元々そんなに無かったので、多分関係があるのはそれだけだと思います。ハイネ、母さんはまだ下に?」
事情を説明すると、手間を掛けさせて済まない、先輩の顔が一層強張った。
「しかしその状態じゃ当分訊けないな。済みません」
「そうだな―――うん、ありがと。すぐに政府駐在所の人が来てくれるからね、君は玄関で待っててくれ。俺は二人と少し相談したい事がある」
「あ、はい。分かりました」
「先輩は小母さんの傍にいて下さい。魘されていないといいんですが」
「分かった。―――二人共、こんな事になって済まない」一礼。「それとありがとう。俺と母さんだけだったら、きっと今頃大パニックを起こしていた。じゃあ」
トン、トン、トン……アルコールで足元が覚束無くなってきたのか、彼は慎重に階段を降りて行った。
「で、何だよ話って?」
親友が険しい顔付きで尋ね、ヤバそうなら逃げるぞ、目線で僕に合図する。そんな僕等に政府員は扇で風を送り、前髪を揺らした。
「安心してくれ。俺は君等を拘束するつもりはない。大事な情報提供者だからな、丁重に扱わせてもらう」
そこで遅ればせながら、僕は自分の思い違いを悟った。―――笑っていないのではない。瞳の奥に静かな怒りを湛えているのだ。殺意さえ孕む、昏く深い憎しみを―――怖い。初めて彼を恐ろしく感じ、背筋が凍る。
「情報?俺達はただの一般人だぞ―――っ!?」
流石の親友も気付いたようだ、目の前に佇む憎悪の塊に。
「―――ロウ君。窓を飛び出す時、『ディライト・ビリジアン』って叫んだろ?それって、道路にいた不審者の事だよな?住宅街をえらく格好良いバイクで逃げた黒い奴」
「そ、それは……」
「あいつが植物を遠隔操作して、そこのオジサンを殺した。間違い無いか?」
「隠しても仕方ないよ。―――ええ。あの逃走の手際の良さといい、あの人が犯人でまず間違いありません。ロウ、君は僕より先にあいつを発見したけど、何か変な素振りはあった?」
「確か、道路に両手を付いてた」クラウチングスタートのポーズを取り、「こんな感じで」
地面を伝い、蘭に命令したのかな?事前にキュー先生のノートを読んでいなければ、全く摩訶不思議な現象だ。
「魔術師の使うポーズみたいな物か。成程、参考になった」
ジョウンさんはそこで唇を歪め、彼らしくないぞっとする笑みを浮かべた。
「さて、それじゃあ―――二人が知っているそいつの情報、俺に全部渡してもらおうか?」




