78章 似た者同士―――六百七十五年・十月八日(一)
翌朝。目覚めて時計を見ると六時前。カーテン越しに外から人工光が差し込んでいた。
「邪魔だなあ」
性懲りも無くしがみ付いていた親友を押し退け、ベッドを出る。道理で暑かった訳だ。これでもし腰が痛かったりでもしたら、包丁で体毛ごと全身の生皮を剥いだ上、ベランダから道路へ放り投げている所だ。
用を足してから洗面台で顔を洗い、鏡に映る自分を眺める。
(あれ?僕、こんなに筋肉付いてたっけ……?それに、昨日一昨日とあんなに動いたのに、筋肉痛一つ無いなんて……)
引き締まった二の腕に触れ、改めて殺人ウイルスの効力に驚く。と、後ろで可愛らしい鳴き声がした。
「にゃー」
「あ、ごめんねミーコ。狭かっただろう?」
床に置かれたケージを開け、白い雌猫を解放する。頭を撫で出やるとふみ~、実に気持ち良さそうに鳴いた。
「ちょっと待ってて。今ミルクあげるから」
冷蔵庫から牛乳を取り出し、深皿に注ぐ。誰かさんと違って上品な獣は、器用に零さずペロペロ飲み始めた。その横で僕もコップ一杯を咽喉に流し込む。冷たくて美味しい。
(そうだ。ロウが起きてこない内に、ノートの残りを確認しておこう)
学生鞄を開け、マル秘ノートを取り出す。ええと、『ゴールデン・アガペー』までは読んだから……『ディライト・ビリジアン(喜びを齎す緑)』、ここからだ。
(ええと……感染者はあらゆる植物と話す事が出来る。更に彼等を操り、自由に動かす事が可能。ガーデニングには便利かも?ふふ、相変わらず暢気だなあ、キュー先生は)
『金』のページとは違い、説明の下には持ち主の身長や体重、血圧などのデータが事細かに書かれていた。ただ生憎、個人を特定出来る名前や性別、年齢の記載は無い。わざとか?いや。きっと自明過ぎて、持ち主が書く必要を感じなかったせいだろう。
(でも『スカーレット・ロンド』は別として、他のウイルスに罹っているのは誰なんだ?)
「何見てんだ?」「わっ!?」
何時の間にか背後に忍び寄っていた親友は僕の首に腕を回し、手元を覗き込んでくる。ふさふさの体毛が頚動脈付近を刺激し、くすぐったい。
「ああ、先公のノートか。何だ、結局返さなかったのかよ」
「くれたんだよ、僕が持っていた方が役立つからって。ねえ、ここに書かれたウイルスなんだけど、誰がどれに感染しているか知ってる?」
「『黄金』は親父だ。後は知らん」
「え!!?」
人間札束製造機が、理事長先生!?
息子は漫画の収納された本棚の抽斗を開け、中から銃弾のペンダントを取り出した。その弾は光り輝く純金製だ。
「これが証拠」
持ってみるとずっしり重い。これが人体、それも知人から生成された物とは……。
「手前の腕切って、初めて見せられた時は流石に吃驚したぜ。俺の前じゃ、親父は髭剃りどころか髪も梳かなかったからな」
呟いた後、顔を上げていたミーコの頭を撫でる。
「実際に手前の目で確認しなきゃ、どう考えても御伽噺だよな、これって」
なあ、親友は囁く。
「お前さ、俺が奴等の仲間だって疑わねえのか?今までの話は全部嘘八百で、階段降りたら親父がリムジンで迎えに来てるかもしれねえぞ」
「ロウこそ、僕が本当は政府の手先だって思わないの?ベラベラ情報を喋らせておいて、理事長先生達諸共逮捕させるつもりかもよ」
まっさかぁ!否定の声がハモる。
「お前みたいなお人好しに俺が騙される訳無えだろ」
「僕だって君みたいな変態に嵌められたとあっちゃ末代までの恥だよ」
パタン、ノートを閉じて鞄に仕舞う。
「支度しよう。後輩が先輩を待たせる訳にはいかないからね」
「だな」
そう会話を交わし、僕は空になった皿を持ってキッチンへ、ロウはトイレへと向かった。




