74章 狼の回想・前篇―――六百七十五年・十月七日(十三)
「大体ランファの教育が悪いね。そうは思わないかい、タチ君?」
商店街奥にある、小洒落て如何にも女子向きの喫茶店内。特大パフェを掬うスプーンを止める事無く、奴は俺にそう訊いてきやがった。と言っても、喋っているのは九十パーセント独り言だが。
「あの原理主義者と来たらタチネコは一生不変だ、下克上なんて想像するだけでおぞましい、まして人外姦なんてもっての他ときたもんだ。ハンバーグステーキの腕はすこぶる良かったが、あの考え方には到底賛同しかねるよ」
突き刺さったコーンにたっぷり生クリームを付け、ぱくり、むしゃむしゃむしゃ。わざとしか思えない程下品で餓鬼っぽい食い方をする。
「その薫陶を受けたコンラッドも大概な阿呆だよ。幾ら息子が可愛いからって、『そっち側』しか考えないのはただの間抜けだ。事象的確率から言えば完全にイーブンな訳で」
「おい!」ガタンッ!机を叩いた衝撃で、一瞬コーヒーカップとパフェが浮く。「延々三十分近く人を変態扱いするな!?とっとと用件を言え!!」
『Dr』は黒サングラスの奥で目をニヤつかせた後、カフェでは静かにしなよタチ君、他の客の迷惑だろう?澄ました顔でそうぬかしやがった。
「それともネコ君の方がお好みかい?」
「……そのままでいい」
「OK。じゃあお互い忙しい身だし、そろそろ本題に入ろう」
チェリーをガブリ。もぐもぐもぐ、ごくん。うげ、種ごと飲み込みやがったぞこのアマ。
「―――単刀直入に言おう。タチ君、私の手伝いをしなさい」
やっぱりそうか、と思ったよ。でなきゃリスクを冒してまで街に降りて来る筈無いからな。
「ランファから聞いているだろう。まぁ学生だからある程度免除するが、今夜は多少人手が要る。都合を付けて協力してくれ」
「何やらかすつもりだ、手前?」
中腰になり、何時でもテーブルを蹴飛ばして攻撃出来る態勢を取る。すると心中を悟ったのか、怪女はゆっくり首を横に振った。
「止めときな。ここで私の機嫌を損ねたらどうなるか、流石に分かっているだろう?」
「……俺は親父達とは違う。犯罪者に協力するなんて真っ平御免だ」
「ほう。中々良い啖呵を切るじゃないか、坊や」
唇に付いたチョコチップを掬い、人差し指ごと口の中に突っ込む。ベタベタになったそれをナプキンで拭い、テーブルの隅へ転がした。
「今日はこれぐらいにしておこう。余りしつこいと嫌われる」
既に充分嫌われてるっつーの!
「けど、諦めた訳じゃないよ。その気になったら何時でもおいで。『子供達』とはベクトルが違うが、中々興味深いサンプルには違いない」
バンッ!再びテーブルを叩き、席を立つ。
「五月蝿え、変態学者が!二度と俺の前に現れるな!!」
そう吐き捨て、カフェの出口へ向かった。勿論、勘定は向こうへ押し付けてな!
「置いてけぼりにしたの、殺人犯を!?って言うか前半の下りは必要だったのか!!?」
「お前も苦しめ!」
ずるずるずる……ああ、煮込みうどん美味しいなあ。
「で、『Dr』の誘いを断って、それからどうしたの?」
「一回は拒否したものの、奴の言動に只ならぬ物を感じた俺は荷物を置き、ある場所へ向かった。夜の帳が降り始め、頬を冷たい風が吹き抜けた」
「急にハードボイルド風にするな。普通に説明しろ。あと、ラブレには微風も吹かない」
気分を害したのか、うどんのせいだけでなく頬を膨らませた。本当に手の掛かる証言者だ。
「はいはい。それで何処へ行ったのかなロウ君は?」
「子供扱いすんな!実家だよ実家!何をやらかすにしても親父は協力するだろうから、奴を張ってれば分かると思ったんだよ!!」
成程、ご尤も。『Dr』の顔写真は警察や政府駐在所に回っているだろうし、彼女一人で事を起こすのは余りにリスキーだ。
「家に着いたら、普段はガレージに仕舞ってあるリムジンが玄関先に停めてあった。一人暮らしでんな物引っ張り出してくる必要無いだろ?何かとんでもない事が起こりつつある。そう思って、鍵の開いていたトランクに忍び込んだんだ」
「大胆な。もし見つかったらどうするつもりだったの?」
そう尋ねると、何故か憎悪の眼差しで睨み付けられた。訳が分からない。
「三十分ぐらい経って、親父が運転席に座る気配がした。市街地の方へ車を回して停まると、待ってましたとばかりに奴が乗り込んできやがったんだ」
「カフェで別れた『Dr.スカーレット』だね。他には誰もいなかったの?」
「いや、一人だ。内装も馬鹿みたいに高えから、トランクにも結構音が伝わるんだよ。―――逆もまた然りだけどな」
どうも先程から僕に対して怒っているらしい。しかしその時間、僕はずっと自分のアパートにいた。親友に何かした覚えは無い。
「また走り出して十分後、今度は静かな所に停車した。奴等の雑談を聞くに、どうやらキューの先公を待っていたみたいだな」
つまり少なくとも、二人はアラン先生に手を下していない……と言う事か。確かに犯人が『Dr』なら、手っ取り早く『スカーレット・ロンド』なり他の即効性のあるウイルス、それこそ毒薬の一本でも注射すれば済む話だ。一方、理事長先生は武道の達人。わざわざあんな残虐な殺し方をしなくても、必殺技を幾つも習得している。
「身動ぎの音が聞かれないよう注意しながら、自分の携帯を開いてトランク内を照らした。その時丁度向こうの会話が途切れ、車内が一瞬静まり返ったんだ―――着信アラームが鳴って、吃驚して取り落とすまではな」ギロッ。「誰の仕業か分かるな?」
「さ、さあ……?」
頬を冷たい汗が伝う。そうか、だからすぐに切られたのか。
「手前だよ手前!俺が宇宙の命運の懸かった超重要任務やってるって時に、ろくでもねえ用事で掛けてきやがって!!」
「そんなの知る訳無いだろう!……で、どうなったの?」




