表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
74/170

73章 二人と一匹の夕餉―――六百七十五年・十月七日(十二)




「おい、ロウ!?」


 テーブルに投げ出された荷物の中身を確認し、僕は親友を呼び付けた。部屋に放されたミーコは現在、ベッドの上を興味津々に探検中だ。

「ん?それだけありゃ何かしら作れるだろ?早くしてくれよ。本気で死にそう」

「だからって人の家の食料を全部持ってくるなよ!」

 御丁寧にガムテープで密閉されたミルクパックを開けつつ怒鳴る。

「って言うか、政府の見張りは!?後を付けられてたら一大事だぞ!何時か何処かのお間抜け獣人みたいに」

「手前、喧嘩売ってんのか?―――心配無えよ。道中かなり上下運動したし、時々確認したが特に気配も無かった。それに部屋は多少荒らされてはいたが、特に何も壊されてなかったぞ。安心しろ」

 なら良かった。あのゴリラの事だから、怒りで家具を破壊していないか内心心配していたのだ。

「真上の部屋は誰かいた?」

「いや、電気は点いていなかったな」

 小父さん達、今日も遅いのか……病院の仕事?それとも捜査の、

「腹減ったー!」

「ああ、もう分かったよ!!」

 一通り確認したが、幸い腐っている食材は無い。調理器具も一応揃っているし、二人分なら三食程度は楽に作れそうだ。

「何か希望はある?」

「鍋!」

 即答された内容に、一瞬頭が真っ白になる。

「は?いや、確かに野菜や肉はあるけど……まだ時期的に早くない?」

「いいから作れ!あと足りない物があったら言え。爺さんから借りてきてやる」

「う、うーん……じゃあ味噌と、あれば昆布か鰹節」

 あの老人はどうやら和食党のようだし、多分どちらかは持っているだろう。

「分かった、すぐ持ってくる!」

 彼を待つ間に、流し下からキッチン唯一の鍋(どう見てもシチューかカレー用だ。が、男二人だし煮えればこの際何でもいい)を取り出し、水を張ってコンロに掛けた。何故かあったカセットコンロをテーブルに移動させた後、野菜と鶏肉をそれぞれ一口大に切り始める。


「たっだいまー!見ろ!爺の奴に色々押し付けられたぞ!!」


 ドサドサッ!頼んだ物以外にも豆腐、蒟蒻、しめじにうどんまである。しかも全部賞味期限は今日まで。気を遣ってくれたのかと思いきや、強ち親友は嘘を言っていなかった。

「お爺さん、ロウと二人暮らしなんだろ?どうしてこんなに食材余らせたの?」

「男寡で結構近所周りから貰うんだよ、あの爺さん。大方食い切れなかったんだろうよ。いいんじゃね、残飯処理って事で」

「こら!」

 材料が揃った後は早かった。味噌と鰹節で味のベースを作りつつ、火の通りにくい物から順番に投入。鶏肉から出た灰汁を掬い、蓋をする事約十分。


 パカッ。「おー!」「にゃー!」


 感嘆する一人と一匹を尻目に、真ん中へうどんを入れる。グツグツ煮えた所で具と共にシチュー用深皿へ注ぎ、親友に手渡す。

「お、サンキュー。いっただっき」

「何言ってるんだよ。それはお爺さん用。ほら、熱い内に早く持って行け」

「鬼!」

 文句を言いつつトレーに乗せ、素直に一階へ降りて行く。

「ミーコはこっちね」

「にゃーお!」

 出汁の抜けた茶色の薄布を盛った皿を置くと、むしゃぶりつくように食べ始めた。猫って本当に鰹節が好きなんだな。

「ただいま!先食ってねえだろうな!?」

 ドスドス、ドンッ!座るなりお玉を引っ掴み、自分の皿に山盛りし始める。そして注ぎ終わるなり、箸でガツガツ掻き込みだした。本当に腹ペコだったらしい。勿論僕も空にならない内に自分の分を確保する。―――うん、思った通りの味だ。

「美味い!ああ、こんな飯が毎日食えたらいいのになあ」

「自分で作れ。お爺さんはどうだった?」

「勿論喜んでたさ。レヴィアタ君は良いよ」咳払い。「良い婿になれるって褒めてたぞ?」

「あっそ」

 カチャカチャ、ズズッ……暫し無言の食事タイムが訪れた。先に口を開いたのは向こうだ。


「―――向こうの薔薇園の前に墓あっただろ?片方、俺の母さんだ」「!!?」


 箸を置いて席を立ち、衣装棚の抽斗から出した写真立てをテーブルの端へ。撮影されたのは数年前のようだ。Tシャツの裾から灰色の毛を生やした男子と、気立ての良さそうな黒髪ショートの女性が写っている。

「ランファ・ダイアン。『Dr.スカーレット』専属のメイドだった」

 衝撃的な告白に思わず噎せた。胸を叩き、どうにか難を逃れる。

「それまで元気だったのに、俺が十歳の時にいきなり体調を崩して……進行の早い癌で、あっと言う間にやつれていったんだ。なのに入院先で獄中の主に毎日泣いて謝ってた。隠れてたから手紙も出せねえし、気持ちのやり場が無かったんだろう」

 それまで夢中だった食事も忘れ、親友は心を過去に飛ばす。


「―――とうとう痛み止めも効かなくなって、医者も手の施しようが無いって言った夜。母さんは親父に……『ホーム』へ行きたいって頼んだんだ」


 せめて、望みの場所で最後を迎えるために、か……。

「門を潜った途端、母さんは今までの辛い闘病生活が嘘みたいに、俺の手を引いてあちこち案内してくれたんだ。俺を見つけたって言う、動物小屋でも凄く饒舌で……けど、やっぱ駄目だった。翌朝、丁度あの墓の所で冷たくなって……」

「……」

「親父とは元々あんま仲良くなかったけど、それがきっかけで決定的になった。あんな所に連れて行かなきゃ、もう少しは長く生きられたって……違うよな。親父の方が正しかったんだ。幾らこの街で平和に暮らしてたって、母さんのいたい場所は『ホーム』で……本望だった、そうだろ?」

「うん……でも、ロウの気持ちも分かるよ。それだけ大切なお母さんだったんだね」

 カタン。


「―――あのノートは、死ぬ直前に渡されたんだ……お前からあれをキュー様に返しておいてくれ。そして……私の後を継いで、親父と共にメアリー様へ協力してくれ、ってさ」


 余りの無茶な遺言に頭が真っ白になったが、僕は恐る恐る尋ねる。

「り、理事長先生は何て……?」

「親父はその時席を外してたから何も知らない筈だ。あいつから『Dr.スカーレット』の話が出た事も一度も無い。けど……ノートを見たり母さんの話を思い出せば、幾ら馬鹿な餓鬼でも何となく想像付くだろ?もしかして両親は、未だ潜伏しているとされる協力者じゃないか、ってさ」

 もう一度写真立てを見る。この笑顔の明るい女性が、大量殺人の手伝いを……?とても信じられない。

「じゃあ、脱獄を手引きしたのも」

「親父だ。決行は始業式の前日深夜」

 そう言う訳だったのか。ようやくあの日の不可解な居眠りに得心がいった。

「『奴』の話じゃ、随分派手にやらかしたらしいぜ」

「『奴』?」

 今度は誰だ?

「お前も声は知っている筈だぜ。殺人事件の前日、校門にどうぞ怪しんで下さいと言わんばかりの女がいただろ?―――まだ気付かねえのか?あれが正真正銘の本物、件の『Dr.スカーレット』様だよ」

「!!!?」

 危うく意識の飛びかけた僕へ、具も食い終わったし、そろそろこっちもうどん入れようぜ、暢気に親友は言う。

「あ、あの人が……!?じゃあ、ロウを待っていたのはまさか」

 亡き母親に代わり、協力を得るため?

 ところが彼は苦虫を噛み潰したような顔をし、首を横に振った。

「まあ本題はそれだったんだが、あのババアめ……」

「一体何があったの?って言うか何処で話を?」

「焦るな。ちゃんと順を追って喋らせろ」

 もちもちのうどん二玉を入れながら、僕は次の言葉を待った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ