73章 二人と一匹の夕餉―――六百七十五年・十月七日(十二)
「おい、ロウ!?」
テーブルに投げ出された荷物の中身を確認し、僕は親友を呼び付けた。部屋に放されたミーコは現在、ベッドの上を興味津々に探検中だ。
「ん?それだけありゃ何かしら作れるだろ?早くしてくれよ。本気で死にそう」
「だからって人の家の食料を全部持ってくるなよ!」
御丁寧にガムテープで密閉されたミルクパックを開けつつ怒鳴る。
「って言うか、政府の見張りは!?後を付けられてたら一大事だぞ!何時か何処かのお間抜け獣人みたいに」
「手前、喧嘩売ってんのか?―――心配無えよ。道中かなり上下運動したし、時々確認したが特に気配も無かった。それに部屋は多少荒らされてはいたが、特に何も壊されてなかったぞ。安心しろ」
なら良かった。あのゴリラの事だから、怒りで家具を破壊していないか内心心配していたのだ。
「真上の部屋は誰かいた?」
「いや、電気は点いていなかったな」
小父さん達、今日も遅いのか……病院の仕事?それとも捜査の、
「腹減ったー!」
「ああ、もう分かったよ!!」
一通り確認したが、幸い腐っている食材は無い。調理器具も一応揃っているし、二人分なら三食程度は楽に作れそうだ。
「何か希望はある?」
「鍋!」
即答された内容に、一瞬頭が真っ白になる。
「は?いや、確かに野菜や肉はあるけど……まだ時期的に早くない?」
「いいから作れ!あと足りない物があったら言え。爺さんから借りてきてやる」
「う、うーん……じゃあ味噌と、あれば昆布か鰹節」
あの老人はどうやら和食党のようだし、多分どちらかは持っているだろう。
「分かった、すぐ持ってくる!」
彼を待つ間に、流し下からキッチン唯一の鍋(どう見てもシチューかカレー用だ。が、男二人だし煮えればこの際何でもいい)を取り出し、水を張ってコンロに掛けた。何故かあったカセットコンロをテーブルに移動させた後、野菜と鶏肉をそれぞれ一口大に切り始める。
「たっだいまー!見ろ!爺の奴に色々押し付けられたぞ!!」
ドサドサッ!頼んだ物以外にも豆腐、蒟蒻、しめじにうどんまである。しかも全部賞味期限は今日まで。気を遣ってくれたのかと思いきや、強ち親友は嘘を言っていなかった。
「お爺さん、ロウと二人暮らしなんだろ?どうしてこんなに食材余らせたの?」
「男寡で結構近所周りから貰うんだよ、あの爺さん。大方食い切れなかったんだろうよ。いいんじゃね、残飯処理って事で」
「こら!」
材料が揃った後は早かった。味噌と鰹節で味のベースを作りつつ、火の通りにくい物から順番に投入。鶏肉から出た灰汁を掬い、蓋をする事約十分。
パカッ。「おー!」「にゃー!」
感嘆する一人と一匹を尻目に、真ん中へうどんを入れる。グツグツ煮えた所で具と共にシチュー用深皿へ注ぎ、親友に手渡す。
「お、サンキュー。いっただっき」
「何言ってるんだよ。それはお爺さん用。ほら、熱い内に早く持って行け」
「鬼!」
文句を言いつつトレーに乗せ、素直に一階へ降りて行く。
「ミーコはこっちね」
「にゃーお!」
出汁の抜けた茶色の薄布を盛った皿を置くと、むしゃぶりつくように食べ始めた。猫って本当に鰹節が好きなんだな。
「ただいま!先食ってねえだろうな!?」
ドスドス、ドンッ!座るなりお玉を引っ掴み、自分の皿に山盛りし始める。そして注ぎ終わるなり、箸でガツガツ掻き込みだした。本当に腹ペコだったらしい。勿論僕も空にならない内に自分の分を確保する。―――うん、思った通りの味だ。
「美味い!ああ、こんな飯が毎日食えたらいいのになあ」
「自分で作れ。お爺さんはどうだった?」
「勿論喜んでたさ。レヴィアタ君は良いよ」咳払い。「良い婿になれるって褒めてたぞ?」
「あっそ」
カチャカチャ、ズズッ……暫し無言の食事タイムが訪れた。先に口を開いたのは向こうだ。
「―――向こうの薔薇園の前に墓あっただろ?片方、俺の母さんだ」「!!?」
箸を置いて席を立ち、衣装棚の抽斗から出した写真立てをテーブルの端へ。撮影されたのは数年前のようだ。Tシャツの裾から灰色の毛を生やした男子と、気立ての良さそうな黒髪ショートの女性が写っている。
「ランファ・ダイアン。『Dr.スカーレット』専属のメイドだった」
衝撃的な告白に思わず噎せた。胸を叩き、どうにか難を逃れる。
「それまで元気だったのに、俺が十歳の時にいきなり体調を崩して……進行の早い癌で、あっと言う間にやつれていったんだ。なのに入院先で獄中の主に毎日泣いて謝ってた。隠れてたから手紙も出せねえし、気持ちのやり場が無かったんだろう」
それまで夢中だった食事も忘れ、親友は心を過去に飛ばす。
「―――とうとう痛み止めも効かなくなって、医者も手の施しようが無いって言った夜。母さんは親父に……『ホーム』へ行きたいって頼んだんだ」
せめて、望みの場所で最後を迎えるために、か……。
「門を潜った途端、母さんは今までの辛い闘病生活が嘘みたいに、俺の手を引いてあちこち案内してくれたんだ。俺を見つけたって言う、動物小屋でも凄く饒舌で……けど、やっぱ駄目だった。翌朝、丁度あの墓の所で冷たくなって……」
「……」
「親父とは元々あんま仲良くなかったけど、それがきっかけで決定的になった。あんな所に連れて行かなきゃ、もう少しは長く生きられたって……違うよな。親父の方が正しかったんだ。幾らこの街で平和に暮らしてたって、母さんのいたい場所は『ホーム』で……本望だった、そうだろ?」
「うん……でも、ロウの気持ちも分かるよ。それだけ大切なお母さんだったんだね」
カタン。
「―――あのノートは、死ぬ直前に渡されたんだ……お前からあれをキュー様に返しておいてくれ。そして……私の後を継いで、親父と共にメアリー様へ協力してくれ、ってさ」
余りの無茶な遺言に頭が真っ白になったが、僕は恐る恐る尋ねる。
「り、理事長先生は何て……?」
「親父はその時席を外してたから何も知らない筈だ。あいつから『Dr.スカーレット』の話が出た事も一度も無い。けど……ノートを見たり母さんの話を思い出せば、幾ら馬鹿な餓鬼でも何となく想像付くだろ?もしかして両親は、未だ潜伏しているとされる協力者じゃないか、ってさ」
もう一度写真立てを見る。この笑顔の明るい女性が、大量殺人の手伝いを……?とても信じられない。
「じゃあ、脱獄を手引きしたのも」
「親父だ。決行は始業式の前日深夜」
そう言う訳だったのか。ようやくあの日の不可解な居眠りに得心がいった。
「『奴』の話じゃ、随分派手にやらかしたらしいぜ」
「『奴』?」
今度は誰だ?
「お前も声は知っている筈だぜ。殺人事件の前日、校門にどうぞ怪しんで下さいと言わんばかりの女がいただろ?―――まだ気付かねえのか?あれが正真正銘の本物、件の『Dr.スカーレット』様だよ」
「!!!?」
危うく意識の飛びかけた僕へ、具も食い終わったし、そろそろこっちもうどん入れようぜ、暢気に親友は言う。
「あ、あの人が……!?じゃあ、ロウを待っていたのはまさか」
亡き母親に代わり、協力を得るため?
ところが彼は苦虫を噛み潰したような顔をし、首を横に振った。
「まあ本題はそれだったんだが、あのババアめ……」
「一体何があったの?って言うか何処で話を?」
「焦るな。ちゃんと順を追って喋らせろ」
もちもちのうどん二玉を入れながら、僕は次の言葉を待った。




