69章 黄金の守護者―――六百七十五年・十月七日(八)
「ところで、ランファの息子って誰の事ですか?」
裏口から月夜の下に出、薔薇園傍を通りつつ門へ向かいながら尋ねる。
「あれ?知り合いじゃないの、あの子と」
親切心で僕の鞄を持ってくれる彼女は、そう言って首を傾げる。
「ランファさんと言うのは確か、そちらのお墓に眠っているメイドの方ですよね?」
「そうよ。よく覚えていたね、偉い偉い」
頭を撫で撫でされた。凄く嬉しい。
「私もママに聞いてたけど、会ったのは昨日が初めてなの。今日も来てるみたいよ。窓からあの子が見えたから私、ハイネ君の容態を訊こうと慌てて降りて来たの。でもいなくて」
「え……っ!!?」
脳裏を名も知らぬある人物が掠め、気付いた事実に吃驚仰天した。
「ま、まさか先生。そいつって……全身に黒い布を纏った?」
「そうそう。えっと、確か名前は」
「そこで何をしている!!?」
ここで聞く筈の無いバスに、危うく心臓が止まるかと思った。ただの聞き間違いならどんなに良かっただろう。
ザッ、ザッ。薔薇園の奥から現れた親友の父、コンラッド・ベイトソン理事長は僕の姿を認め、飛び出さんばかりに茶目を見開いた。
「レヴィアタ君……何故、ここに君が……?」
「理事長先生こそ……っ!?まさか、『Dr.スカーレット』のスポンサーって……!!」
ジョウンさんは推定資産数十億と言っていたが、“赤の星”一の学校経営者なら合点が行く。
「―――知られたからには仕方ないな。君を巻き込むのは本意ではないが、このまま帰す訳には到底いかない」
「おじさん駄目!ハイネ君は」
「キュー、部屋に戻っていなさい。何、心配は要らない。彼には少し大人しくなってもらうだけだ」
ブンッ!身長より長い槍を油断無く構え(何故そんな物騒な物を持っているんだ!?)、こちらへ狙いを定める。彼の視線を浴びた頬がピリピリする。これが漫画とかでよく見る―――殺気か!
「理事長先生の言う通りです、キュー先生。危ないから下がって下さい」
三節棍を構え、取り敢えず防御態勢を取る。
「で、でも……分かった!すぐ戻るからそれまで耐えてて!!」
「え?」
そう叫び、先生はパタパタと正面玄関方面へ駆けて行く。しばらくそれを見送っていた男二人はハッ!と同時に我に返る。
「一体、キューはどうしたのかね?」
「さあ……?」
僕が聞きたいぐらいだ。
「何にしろ、君を拘束しなければならない事に変わりは無い。―――どうか恨まないでくれ。私にとってメアリーは、文字通り掛け替えの無い女性なんだ」
「前に言っていた友人って、彼女の事だったんですね」
以前会ったのは十五年前。丁度『Dr.スカーレット』が逮捕された年だ。
「察しが良い生徒で助かるよ。では、さっさと終わらせよう」
来る―――!
ガンッ!ギィンッ!!「つっ!!?」
咄嗟に棍の先端を曲げて二連撃を受け止めるも、両腕がビリビリ痺れた。何なんだこの中年男!普通に使い手だぞ!?
一方、彼もド素人に防がれた事にかなり驚いたようだ。スーツの前に手をやり、軽く深呼吸。
「馬鹿な、今の動きは……!?そうか、ならば!」
流石辣腕経営者、頭の回転が早い。刃付きの槍頭を素早く後ろへ回し、代わりに石突きをこちらへ向ける。僕を出血させないように戦うつもりだ。こちらに手加減する余裕は全く無いが、彼を死なさせるのは避けたいので正直有り難い。
「どうか投降してくれないか、レヴィアタ君?まだ『スカーレット・ロンド』には謎が多い。一刻も早くメアリーの診察を受けた方がいい」
「大量殺人犯のモルモットなんて真っ平御免です!」
「それは誤解だ。彼女の目的は」
台詞を遮るように、今度は僕から突き込む。しかし半身を捻って軽く避けられた。即座の連続突きのカウンターを、後ろに跳んで辛うじてかわす。
「頼む。母親に続いて君まで失ってしまったら、あの子が」
「なら武器を置いて下さい。僕はただ、麓の船着場へ戻りたいだけなんです」
尤も、ラブレに帰ってからの潜伏場所はまだ決まっていない。下宿先には当分帰れないし、どうしよう?
僕の迷いを悟ったのか、ここなら安全だよ、政府にも警察にも知られていない、教師はそう提案してきた。
「君は登校していないから知らないだろうが、今日の学園は酷い騒ぎだったよ。突然授業中に警棒や拳銃を持った政府員達が入って来てね。まるで映画の軍隊さながらだった。一応教師や生徒達にはテレビのドッキリだと伝えたが、果たして何処まで信じてくれた事やら……」
寝坊して良かった。思わずほっと胸を撫で下ろす。
「にしても、捜査令状も無く突入とは、彼等は十五年前の『あの時』と何も変わっていない。矢張り『子供達』の言う通り、武器を取って戦うべきなのか……?」
そうか……仮令犯罪者の味方でも、理事長先生は尊敬に値する人物だ。出来れば倒したくない。彼を慕う大勢の生徒や先生達のため。誰より、親友のために。
「―――いや、判断を下すのは私ではない。私はただ、メアリーの意向に従うまで」
ブンッ!裂帛の気合で槍を横に薙ぎ、迷いを振り払う。
「悪く思わないでくれ。君の好奇心が旺盛過ぎるのがいけなかったんだ」
「まだ勝負は着いていません。あなたが敵だと言うなら、こちらも全力を尽くすまでです」
左脚を一歩前に出し、棍を持つ右腕を引く。何故だろう?この瞬間、武器を交えるにつれ、僕はどんどん戦い方を習得していっている。まるで砂が水を吸収するように。これも『スカーレット・ロンド』の能力なのか?
「無駄だ。君と私の経験は、ほんの数分間で到底埋まるような物ではない」
「教育者らしくない台詞ですね。そんなの、やってみないと分からないじゃないですか」
一パーセントでも勝てる可能性があるなら、躊躇いは無い。障害は全力で撃破するまでだ。
「!?……はは、生徒に諭されるとは私もまだまだだな―――分かった、胸を貸そう」
「ありがとうございます」
双方必殺の態勢を取り、同時に気合の声を上げた。
「行きます!!」「来なさい!!」
僕と理事長先生は、同時に相手へ向かって走り出した。この一撃で終わらせる―――!!




