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59章 追跡―――六百七十五年・十月六日(八)



 “赤の星”を覆う遮熱壁が自動で開き、定期船は無重力の世界へ飛び出す。犯人は先程から窓の方を向き、特に何をするでもなく肘を付いて星空を眺めていた。

(あいつも『呪われた子供達』の一人なのかな……?一体、何が目的なんだろう?)

 疑問に感じつつ観察を続ける事、僅か十数分後。相手に早くも動きがあった。


―――次は衛星二十四番、衛星二十四番です―――


 アナウンスが聞こえ、黒ずくめがさっと立ち上がる。え、もう降りるの?

 そのまま真っ直ぐ乗降口へ向かうのをドアの陰でやり過ごし、追跡再開。一つきりの改札を抜けると、そこには田舎らしい長閑な風景が広がっていた。この地方は位置的に“赤の星”から陰になっているらしく、無骨な金属壁の球体は見えない。代わりに満天の星空が広がり、随分久し振りの光景に一瞬心奪われてしまった。

 黒ずくめは暗闇に紛れ見え辛いが、どうにか道端の樹や岩に隠れつつ後を追う。余程急いでいるのか、船を降りて一度も後ろを振り返っていない。しかし背後の追跡の素人にまで気付かないなんて、注意力に些か問題があるんじゃないか?

 やがて右側に蛇行した大河が現れ、緩やかなカーブの上り坂に差し掛かる。道の先を見上げると、終点の崖沿いに一軒の豪邸が聳え建っていた。あそこにキュー先生が―――!

 相手が凝った装飾の鉄門を潜ったのを確認し、僕も音を立てないよう慎重に開けて続く。広い。建物の玄関らしき扉まで、軽く五十メートル近くはある。庭は芝生の整備が行き届き、あちこちの花壇も花で一杯。正直、悪党のアジトとは思えない程綺麗な別荘だった。

(ん、あれ?奴は何処へ行ったんだ?)

 見失うような距離ではなかった筈だ。キョロキョロと辺りを見回した、次の瞬間!


 ドンッ!「がっ!!?」ドサッ!!


 突然背後から強い衝撃を受け、うつ伏せに倒れ込む。どうやら回し蹴りをモロに背中へ喰らったようだ。油断した!患部が熱を持ってズキズキ痛み始める。

「う……!?」

 しまった、完全に相手を侮っていた。

 何処かへ飛んで行った鞄を拾うのは後回しだ。三節棍を支えにどうにか立ち上がり、振り返って敵と対峙する。

「お、お前が、アラン先生を殺したんだな!?答えろ!どうして先生は死ななきゃならなかったんだ!!?」

「……」

「聞こえてないのか!?お前達の目的は何だ!?キュー先生を返せ―――うっ!」

 無言のまま高速で踏み込まれ、放たれた掌底突きが胸に直撃した。肺が一瞬潰れ、仰向けに吹き飛ばされる。

「がはっ……げっ……!!」

 横向きになった口から、食道を競り上がってきた胃液が吐き出された。痛い、息が……!

 トドメを刺そうと、黒ずくめが真っ直ぐ首へ手を伸ばしてくる。駄目だ……こんな所で死ねないのに、強過ぎる苦痛と圧倒的恐怖で身体が動かない。

 絶体絶命のピンチに、一足先に精神が意識を手放しかけた時だった。閉ざされた夜の世界で、恋焦がれるその声が響いたのは。




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