54章 レア・スマイル―――六百七十五年・十月六日(三)
一昨々日まで元気だった教師が殺されたとあって、まだ学園全体がザワザワしていた。
僕が教室へ入ると、ヒソヒソ話をしていたクラスメイト達がこちらへ寄って来る。あちらこちらから放たれるお悔やみの言葉に頷きつつ、着席して始業のチャイムを待つ。
(そんなに皆揃って言わなくても、僕なら全然大丈夫だよ……)
ここまで注目を浴びるのは転校初日以来で、薄情かもしれないが若干鬱陶しい。
だが、チャイム一分前。一度帰宅させたロウが入って来ると、何故か全員サッ!と己の席へ戻って行った。彼は一度だけ僕に視線をやった後、黙って前の席に寝そべる。
(もしかして昨日、何かあったのか?)
クラス中に張り詰める緊張感。だが親友が沈黙する以上、訊くのは憚られた。
ガラガラガラ。「「「!!!?」」」
普段通り本鈴と同時に担任が入って来た瞬間、気まずかった空気が一変する。
(ベ、ベーレンス先生が……笑って、る?)
人間相手にはどんな冗談も鉄壁の無表情を崩さず、密かにロボットとも噂される彼。だが今、彼は堪え切れないように歪めた口元を出席簿で隠していた。
「出席取るぞ」
とっくにバレているとも知らず、彼は平静を装いホームルームを始める。
「欠席は……ん、レヴィアタ。もう登校して平気なのか?」
「はい。皆、心配掛けて済みませんでした」
周囲に向け数回頭を下げると、俺達に気を遣うな、居た堪れなさそうに担任は軽く咳払いした。
「一年近く同棲していた人間が突然居なくなったんだ。こんな時ぐらい、素直に自分の辛さを晒せ」
そう言って、何時に無く真剣な眼差しで他の生徒達を射抜く。
「―――近しい者の死は、確かに壮絶な悲しみを与える。だが本当に悲しいのは、故人が誰からも顧みられなくなる事だ。お前達が忘れない限り、アンダースン先生の魂はここにある。お前達、一人一人の心の中に……」
出席簿を閉じ、黙祷、そう告げて率先して目を閉じる。僕も両手を机の上で組み、瞼を閉じた。
(ベーレンス先生、クローディアを思い出してああ言ったのかな……?)
動物好きの担任にとって、猫と人など大差無い存在に違いない。なら、今は僕も祈ろう。彼の愛する親友が、アラン先生と同じく安らかに眠り続けられるように……。
その後静かなままホームルームが終わり、僕は担任に呼ばれて一緒に廊下へ出た。
「本当に大丈夫なのか?忌引もまだある。葬儀が終わるまで休んでて構わないんだぞ?」
「いえ。部屋に籠もっていても気が滅入るだけですし、それならまだ授業を受けている方がマシです」
「そうか……親御さんに連絡は?」
「昨日わざわざ様子を見に来てくれました。向こうも忙しいでしょうに」
「ったく、つくづく物分りの良い奴だな。餓鬼は餓鬼らしくしてろ。だから余計に周りは心配なんだよ」
眉を吊り上げ、やや怒った風に諭す。そうしていると、まるで彼の方が子供みたいだ。
「ところでベーレンス先生、さっきはどうして笑っていたんですか?いや、珍しいなと思って。女子が全員見惚れていましたよ?」
「ああ、あれは」ニヤニヤ。「内緒だ。―――ところでレヴィアタ、理事長が昼休みに会いたいそうだ。理事長室の場所は分かるか?」
「えっと……確か特別教室棟の別館ですよね?でも僕なんかに一体何の用です?」
「行けば分かるさ」
そう言って、ベーレンス先生は教師らしからぬ底意地の悪い笑みを浮かべた。
直前の休憩時間中に親友へミーコの餌やりを頼み、四限終了と同時にホットドックを急いで口の中へ。持参したお茶で口内を濯ぎ、足早に特別教室棟へと向かう。
特別教室棟自体は何度も訪れているが、二階建ての別館に入るのは初めてだ。玄関にあった案内図によると、この建物には来客用の応接室と会議室、それに目的の理事長室があるらしい。
赤い絨毯敷きの階段を昇ると、廊下に人の気配。先に声を掛けてきたのは向こうだった。
「あ、レヴィアタ君……もう来ても大丈夫なの?」
保健室の天使、木咲先生は気遣わしげに問うた。
「はい。木咲先生も、理事長先生に呼ばれてここへ?」
「も、ってレヴィアタ君。今、理事長先生はちょっと……」
「?ベーレンス先生の話だと、僕に用事があるそうなんですが」
「まぁ、アダムってば!」
幼馴染の名に眉を顰め、何時に無く憤慨する保健医。
「幾ら日頃の鬱憤が溜まっているからって、選りにも選って当事者を寄越さなくても」
「??もしお会い出来るなら、僕も理事長先生に是非お訊きしたい事があるんですが」
彼は普段からちょくちょく教室棟に出入りし、生徒達と積極的に交流している。『呪われた子供達』の噂を聞いている可能性は十二分にあった。
「会える事は会えるけど、まともに答えられる状態かしら……?まあ現実を直視すれば、カウンターショックで回復するかもしれないし……」
物騒な事をブツブツ言った後、こっちよ、踵を返した。どうやら案内してくれるようだ。
「でも、案外元気そうで安心したわ。ところでレヴィアタ君、一昨日の……アンダースン先生の事件の朝、学園へ来てなかった?」
一瞬ぎくっ!としたが、正直に話す事にした。
「はい。ひょっとしたらキュー先生、ミーコの所にいるかと思って。玄関も裏口も閉まっていたので、ロウと協力して塀を登りました」
「何だ、そうだったの。でも危ないわ。もし落ちたら骨折していたかも」
「済みません」
獣族の親友はともかく、運動神経の鈍い僕にとっては確かに軽率な行動だった。要反省。
「でも、どうして御存知なんですか?あの日は確か僕等、先生達に会っていない筈ですけど」
顔を合わせた大人は、ジョウンさんと刑事だけだ。盗み聞きがバレた、と言う雰囲気でもない。なら何故、
「え?そ、それはその……あ、ここよ。じゃあ私はこれで」
明らかに言葉を濁し、そそくさとその場を後にする木咲先生。気にはなるが、午後の予鈴まで時間も無い。まずは面会だ。




