53章 二人での朝餉―――六百七十五年・十月六日(二)
そして六時半、朝食完成。ランチもキッチンペーパーに包んでタッパーに詰めたし、準備OKだ。
「出来たよ」
声を掛け、二人分のベーコンエッグトーストと茹で野菜をリビングテーブルに持って行く。
「ああ、ありがと」
だが親友が真剣に見ていたのは件のノートではなく、何故か我が家のアルバムの方だった。今開いているページには赤ん坊の僕と母、アニー・レヴィアタが写った物が四枚並んでいる。
「可愛いな、お前。お袋さんも美人だし」
……どうなんだ、その感想。疑惑を深めている自覚が無いのか、このケダモノは。
「そうかな。その様子だと、ノートの方も収穫無し?」
「いや。裏表紙が変だったんで破いたら、中からこいつが出てきた」
几帳面に四つ折りされた白い紙を広げてみせる。それは便箋だった。
―――アラン・アンダースン君。突然手紙を寄越して済まない。だが、私は今こそ自分が憎かった事は無い。
―――同封した小瓶は『メアリー』のワクチンだ。出来ればこの手紙と共に、息子のユージーンへ渡して欲しい。判断は君に任せる。―――ただ、これだけは信じて欲しい。キューちゃんを救うには彼女の、メアリーの頭脳が絶対に必要だ。
―――『スカーレットは決して根絶出来ない』……私は大馬鹿者だった。メアリー達に会って謝らなければならない。
何だ、この奇妙な手紙は?文面から察するに、書いたのはどうやらダン・ルマンディ博士のようだが……。
「メアリーって誰だろう?」
「おいおい、何で昨日調べたのに知らねえんだよ。『Dr.スカーレット』の本名だぞ。メアリー・レイテッド」
「あ、そうなんだ。裁判だと名前言わなかったから。でも彼女のワクチンって、一体どう言う意味?」
病にでも罹っているのか、あの赤い死神は。
「知るか。とにかく飯だ飯。もうペコペコで一歩も動けねえ」
言いつつ手紙をノートに挟み込み、更にそれをアルバムへ入れてテーブル端へ置いた。
牛乳を注いだグラスを置いた途端にゴクゴク。フォークを渡すなり野菜をガツガツ、トーストムシャムシャ。がっつく姿はまるっきり欠食児童そのものだ。
「どんだけお腹空いているんだよ。あ、ちょっとそれ僕の!」
寸での所でトーストを取り返し、慌てて齧り付く。ちょっと胡椒が足りなかったかな。
「普段は何食べてるの?パン?それともご飯とか?」
「いや、いつも始業ギリギリまで寝てるから食ってねえ」もぐもぐもぐ。「これからは毎朝ここに寄ってこうかな」
「僕は君のお母さんじゃないよ。―――と、はーい!」
インターホンが鳴り、小走りに玄関へ。凶行から二日経ち、アンダースン夫妻の顔色は大分良くなっていた。
「おはようございます」
「おはよう。もう起きていたのかい?」
「ええ。今日からまた学校へ行こうと思って」
「あら、誰か来てるの?」
室内を覗いたルナ小母さんが尋ねる。
「ええ。ロウ!こっちおいで!」
不承不承歩いてきた彼は、寝癖だらけの頭をバリバリ掻きつつ小さく下げる。
「あ、どうも。お邪魔してます」
「?寝巻き?泊まってたの?」
「いえ。何か悪い夢に魘されたらしくて、さっき急に訪ねてきたんです。そうだロウ、専門家の小母さんに一度診てもらえば?よく悪夢は見るの?」
すると彼は首を横にブンブン!いいって!初めて見た夢だったし!強い拒絶反応を示した。
「あら、そう。ハイネ君はどう?怖い夢見てない?」
「えっと……実は僕も今朝、キュー先生と一緒に『Dr.スカーレット』に毒物を打たれる夢を……」
どうか、あれが正夢でありませんように……。
「まあ……まだ無理せず休んでいた方がいいんじゃない?」
「いえ、大丈夫です。心配掛けて済みません。お二人は今日は?」
「病院へ行って、溜まっている仕事を片付けてくるよ。アランが帰って来たらまた忙しくなるからね」
「晩御飯は昨日と同じ七時よ。部活は?」
「一応顔だけ出してきます。先輩達、きっと凄く心配しているでしょうから」
「そう。余り遅くならないようにね。―――じゃあ、私達も朝ご飯にしてくるわ。邪魔してごめんなさい」
夫妻は申し訳なさそうに頭を下げ、二〇一号室を後にする。その背中は以前よりずっと小さく見えた。
「お前もか?そう言や大分汗掻いてたな」
再び食卓へ着いた親友が話し掛けてくる。
「昨日は裁判ビデオを見たり、ジョウンさんに話を聞いたりしたからね。しょうがないよ」
何せ人生で初めての経験ばかりだったのだ。二、三日もすれば治まるだろう。
「ジョウンって、あのヘラヘラしたチーかま男だろ。アテになるのか?」
「第一印象程不真面目じゃないよ、あの人。何か分かったら連絡くれるって言ってたし」
言いつつ親友の正面に座り直し、野菜に胡麻ドレッシングを掛けて口に放り込む。自画自賛だけど健康的な食事だなあ。
「昨日はああ言ってたけど、やっぱりやってみる価値はあると思うんだ、聞き込み。アラン先生は『呪われた子供達』を学園の中で見つけた。『Dr.スカーレット』がキュー先生のの伯母だって事は皆知っているし、彼女の手先の情報だって案外誰かが持ってるかもしれないよ。そう言う噂に詳しそうな人、知ってる?」
「そうだなぁ……じゃ、手近な所で声楽部の先輩とかはどうだ?何人かは初等部から一貫で上がってるクチらしいし」
「そうか。長く学園にいるなら、内外の事情も耳に入れているかも。うーん、他には?」
グサッ!何時冷蔵庫を漁ったのか、彼の皿の上にはホットドックの残りのウインナーが数本鎮座していた。同じくくすねたケチャップとマスタードをたっぷり付けムシャムシャ。せめてボイルするか焼いてから食べろよ!と思いつつ一本拝借。
「おいおい、俺はただのアドバイザーだぞ?言い出しっぺが考えなくてどうする」
「勿論思い付いてるよ」
「へえ、誰だ?」
「保健医の木咲先生。ほら、保健室には毎日色んな生徒が来るだろう?噂を集めるにはもってこいだと思わない?」
「ほー、一理あるな。あの先公が『呪われた子供』でなければの話だが」
「まさか。木咲先生は優しい人だし、犯罪者の手先なんて有り得ないよ」
一度怪我で世話になったのに疑うなんて、何て失礼な奴だ。
「ケッ、どうだかな。つーかお前の理屈で行くと、一番怪しいのはうちの担任になるぞ」
「ベーレンス先生だって違うよ。ミーコをこっそり洗ってくれる人が『Dr』と繋がっているなんて、ロウだって信じないでしょ?」
「あいつが?」目をパチクリさせる。「ミーコは凄え人見知りなのに、一体どうやって?」
「さあ。本人は動物に好かれる体質だって言っていたけど」
「体質か……まぁそう言うのもあるよな」
「?」
「いや、こっちの話。じゃ、取り敢えず今日は保健室と音楽室に顔出すって事でいいな?」
「うん」
最後のウインナーを咀嚼し、彼は首の後ろを掻いた。
「あー、誰かさんに引っ張られたせいか、さっきから急にムズムズしてきた。大分毛も伸びてきたし、そろそろ剃らねえと。と言う訳でバリカン持ってないか?この前使ってた奴壊しちまって困ってるんだ」バリバリ。
「それぐらい自分で買えばいいだろ。……アラン先生の髭剃り用でいいなら、貸してあげない事もないけど」
つくづく甘いなあ、僕。幾ら身の上を聞いた後だからって。このまま絆され続けて、(口に出すのが憚られる程)取り返しの付かない事にならなきゃいいけど。
「何だ、勿体振りやがって。さっさと持って来い」
「偉そうに言うなよ。はいはい」
洗面台へ行き、故人曰く安物で剃り味の良くない電動バリカンを手にする。一応遺品だが、小父さん達に一言言わなくて大丈夫かな?
「―――ま、いいですよねあげても」
三日前まで毎朝晩ここに立っていた同居人に断り、僕はリビングへと踵を返した。




