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47章 史上最悪の殺人者―――六百七十五年・十月五日(三)


  

「ここが政府館だよ。どうだい、馬鹿みたいにデカいだろう?」


 褒めているのか貶しているのか、目の前に建つ職場をそう紹介する政府員。

 社会の教科書で見た通り政府館は白の長方体、つまり豆腐のような建物だ。ここが宇宙統治の中心……まさか未成年でここへ入る日が来るなんて思ってもみなかった。

 件の小瓶の箱を収めたショルダーバッグを抱えながら、やや不安な気持ちで見上げる。

 案内されるままロビーでスリッパに履き替え、階段で三階まで昇る。

「ジョウンさんの上司って、一体どんな人なんですか?」

「とにかく人使いが荒いな、エルは」断言。「うん、それは間違い無い。何せ多感な時期の子供を事あるごとに呼び付けてあれしろこれしろだ。酷い鬼畜生だ!地獄に落ちろ!」

 ニヤニヤしながらも、口調はあくまで本気モード。案外まんざらでもない、のか?


「だからハイネ君も、あいつの前では滅多な事言わない方がいいぜ。俺みたいに無理矢理政府に入れられた挙句、労働基準法を無視した奴隷のような生活が待っているからな」

「へえ。毎日重役出勤でおやつと昼寝付き、おまけに定時帰りなんて優雅な奴隷だな」


 彼の背後の扉が開き、中から仁王立ちの二十代金髪男性が現れた。あれ、この人……音楽ホールのカフェでキュー先生と話していた人だ!

「あなた、合唱大会の時にいた」

「ん?ああ。君は確か、キュクロス・レイテッドの教え子の……よく覚えていたね。一度擦れ違った程度なのに」

 感心した後、改めて険しい顔で部下に向き直る。

「ジョウン、どうして学生をここへ?今の状況が分かっているのか?」

「勿論。ハイネ君、これがさっき言ってた上司のエルシェンカだ。今ちょっと機嫌悪いけど、カフェイン摂れば即効で治るから別に気にしなくていいよ」

「人をジャンキーみたいに言うな。いいか、断りも無く部外者を連れて来て、一体どう言うつもりだ?答えろ」

 詰問に、しかし部下は飄々とした態度を崩さない。

「おいおい、そんなに噛み付くなよ。ハイネ君は誘拐された先生を助けたい一心で、勇気を振り絞ってここまで来たんだぞ?そんな大人気無い大人を晒していいのか?」

「助ける……だって?」

 エルシェンカさんは一瞬苦渋に満ちた表情をし、それから首を横に振った。

「残念だが、学生に出来る事は一切無い。大人しく次の便で帰るんだ」

「確かに素人が捜査の手伝いなんて、皆さんの足を引っ張るだけでしょう。僕はただ知りたいんです。アラン先生がどうして亡くなったのか、キュー先生が何故連れ去られたのか。その答えをエルシェンカさん、あなたは御存知なんでしょう?」

「一般人に話す事は無い。ジョウン、後で始末書を書いてもら」


「『Dr.スカーレット』」「!?」


「職員会議で先生達が言っていました。キュー先生は彼女の、犯罪者の姪御だって」

 『呪われた子供達』の件はまだ伏せておいた方がいいだろう。あれを口にすれば、必ず情報源を訊かれる。それにノートの文章……書かれた筆跡にすら、アラン先生の強い苦悩と迷いが満ち満ちていた。出すにしても、タイミングと相手をよく見定めてからだ。

「―――ああ、そうだ。キュクロス・レイテッドの伯母、メアリーは宇宙史上最悪の大量殺人犯だ」

 そう言った彼は、何故か先程より幾分安堵しているように見えた。?どう言う事だ?

「それぐらいの事ならジョウン、君が教えてあげなよ。何せ直に裁判を見たんだ。楽勝だろ?」

「い、いいのか?」

「ああ。僕は下でルマンディJrと相談がある。じゃあね、ハイネ・レヴィアタ」

 そう言うと自室に鍵を掛け、足早にその場を後にした。予定外の行動に頭を掻く部下。

「一体どう言うつもりだ、あいつ?まぁいいか。取り敢えず許可は出たし、手っ取り早く視聴覚室でも行きますか」

「?はい」

 僕等は一階へ戻り、四人も座れば一杯の狭い暗室へ入った。ちょっと待ってて、そう言って隣室のドアへジョウンさんが消える。―――が、十分経っても一向に戻って来ない。時折ガタン!ドスンッ!ビデオテープが落ちる音と、ひゃー!わー!おどけた悲鳴が聞こえてくる。どうやら目的のテープが中々見つからないらしい。

(探すの手伝おうかな。あ、でもきっと重要機密ばかりだろうし、壊したりしたら大変だ)

 尤も、あの分だと既に何本か御釈迦になっていそうだけど……。そうだ、エルシェンカさんに薬を渡すの忘れてた。あの様子では受け取ってくれるか微妙だが、一応アラン先生の遺言だ。何とか帰るまでには、


「―――研究は芳しくないそうだね、ルマンディJr?矢張りお父さんの死が」

「今はそんな場合じゃありません。でも、ええ……あの、父の事件の捜査は進んでいるんですか?」


 と思ったら、本人がドア越しに廊下で話していた。あれ、待てよ……ルマンディって、ホールに来ていたアンダースン夫妻の知人の親子博士?何でこんな所に?それに死って、あの片手首の無い真面目そうな小父さんが亡くなった?何故?それに何時?

 疑問符だらけの僕を他所に、二人は会話を進める。

「ああ、目撃者が見つかった。彼が墜落死する直前、研究所付近で不審な男女と擦れ違ったそうだ。しかも女は真っ赤な服を着ていたらしい。ただ生憎遭遇したのは明かりの無い場所で、顔は一切見えなかったそうだが」

「!?やっぱり『Dr.スカーレット』が父さんを!!?」

「その可能性は非常に高いね。僕としては、その協力者の男が誰なのかの方が気になるけど」唸る。「そいつは一ヶ月前の脱獄の手引きもした筈だ。十五年間外界で息を潜め、着々と準備を進めながら……ね」

 だ、脱獄だって!?そんな大事、ニュースには一切、

「まさか、『呪われた子供達』……」

 !?どうして若き博士の口からその単語が……!?

「シッ!滅多な事を言うなよJr。確かに一人は現在も所在不明だが」

「しかしエルシェンカ様。『Dr』を解放して、キューちゃんを連れ去る理由があるのは奴等しか」

「確かにね。それとスポンサーだ。判明しているだけで、『Dr』の研究には数十億掛かっている。後援者は相当裕福な、ひょっとしたら事業家なのかもしれないな」

 そんな人物が犯罪者へ協力を?俄かには信じ難い。と、隣に待っていた人間の気配。

「ジョ」

 彼は人差し指を口元へやり、それからドアに耳を押し付ける。昨日の便利な魔術は使わないつもりらしいが、盗聴する気満々だ。

「まあ、そっちはまだ調査中だ。君は引き続き、『赤の輪舞スカーレット・ロンド』のワクチン開発を頼む」

「そう、ですね……済みません、そちらに関してはまだ……」

「気を落とす事は無い。お父上だって十五年間作れなかったんだ。半月足らずで完成させたら表彰物だよ」

 掛けられた慰めの言葉に、こんな事なら反対を押し切って、少しでも手伝っておけば良かった……、心底悔しげに呟いた。

「預けた献体はどうだ?役に立ちそうか?」

「いいえ……時間が立ち過ぎていて、『赤』は既に死滅していました。御遺体は今、ドッグの私の船に積んで来ています。早く御家族へ返してあげて下さい」

「そうか。まぁ半分白骨化していたしね。ありがとう、すぐに引き取りに行かせよう」

「分かりました。では―――」

 二人が正反対の方向へ行く足音を聞きつつ、大した新事実は無かったな、残念、息を潜めていたジョウンさんが呟いた。さっきの会話といい、どうもこの上下関係の持つ情報には格差があるようだ。

「最後に言っていた検体と言うのは?」

「ああ。十五年前の逮捕現場付近を工事していたら、偶然発見したんだってさ。けどま、お聞きの通り収穫は無かったみたい」

「逮捕当時は見つからなかったんですか?」

「らしいな。んじゃ観ようか。これ見れば大体分かるよ」

「あ、はい。因みにこれ、何のビデオなんですか?」

 宇宙暦六百六十年九月一日、第一法廷と書かれたラベルを見ながら問う。

「俺の華々しいデビュー戦。ってのは冗談だけど、見応えのある裁判には違いないな。―――『Dr.スカーレット』の初公判だ、始まるぞ」

「はい」

 鞄を胸に抱えて硬いソファに凭れ、光り出した画面を食い入るように見つめた。



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