46章 迎え―――六百七十五年・十月五日(二)
父の姿を借りた者は一瞬キョトンとした後、ゲラゲラと笑い出した。同時に背後の茂みがガサガサ動く音と、僕の名を叫ぶ声。振り返ると果たして、必死の形相でこちらへ駆けて来る本物の父がいた。
「父さん!?」
「下がっていなさい!―――いけません!息子は事件と何の関係も無いんです!!」
「だから賭けを放棄するって?そうは問屋が下ろさないよお父さん。息子さんは見事に変身を見破った。俺の勝ちだ」
「あなたが無理矢理持ち込んだ勝負でしょう!?こんなのは無効だ!大体、私は料理が全く出来ないのに何であんな大嘘を」
「だーかーら、そのための仕込み期間だったんだって。お父さん一言も言わなかったじゃないか、そんなの」
「うっ……!」
「片親で転勤生活だと聞けば、普通そこそこの腕だって思うでしょーが。ねえハイネ君?」
尋ねつつ、左手首をハンカチでゴシゴシ。すると偽の姿が歪み―――何と昨日の不真面目でニヤけた政府員が現れた!
「因みにどれぐらい酷いの?」
「茹で卵一つ作れません。上手くいったと思っても、必ず完成前に爆発させます」
一度など設備の不備か、ガスコンロが突然火柱を上げて鍋ごと黒焦げになった。最早キッチンの神様に嫌われているとしか思えない。
「マジで?男子厨房に入らず、って諺はあるが」
「どころか壊滅的です」
「成程。なら尚更お父さんのミスだな。そんな大事な情報を教えなかった方が悪い」
「ぐぐ……私だって、練習すれば目玉焼きぐらいは……」
歯軋りする父と僕を並べてベンチへ座らせ、扇子を広げパタパタ。
「ハイネ君は勿論知りたいよな、事件の詳細?」
「はい」
「やっぱり。じゃあ決まりだ、今から俺とシャバムへ行こう。君の知りたい事全部、政府館にいる俺の上司に説明させるからさ」
「えっ!?」
思ってもみなかった好提案に驚く僕を見、ジョウンさんはクスクス。
「ほら、だから言ったでしょお父さん?息子さんは、あなたが思うよりずっと勇気も知恵もある子だって。何より恩師が行方不明なんだ。このまま全部放り出して逃げるなんて、出来る訳が無い」
「し、しかし……」
「心配しなくても、ハイネ君の身は俺がキッチリ守らせて頂きます。これでも魔術の神童と呼ばれているんでね、まー大船に乗ったつもりでいて下さい」
それが一番不安なんだろうな、父さん……分かるよ、その気持ち。
「父さん、御免ね。遠い所からわざわざ来てくれたのに。でも、よく抜けてこられたね」
「電報を読んで、引継ぎもせず出て来たんだ。お陰で昨日はてんやわんやだったらしい。はは、帰ったら始末書かもな」
「そんな……御免」
「お前が謝る必要など無い。私が勝手にやらかした事だ。それより……本当に行くのか?」
最終確認に、僕はキッパリ頷く。
「うん。キュー先生は僕にとって、凄く大事な人なんだ……だから、どうしても助けないと」
「分かった。だが無理は禁物だぞ?あと危険な事もな」
嘆息した後、父は僕の頭を撫でる。
「一年で随分大きくなったなあ、ハイネ。直に追い越されてしまいそうだ」
「感傷的になり過ぎだよ。大丈夫、まだ僕は子供だから」
開けていなかった自分の分の野菜ジュースを手渡し、スーツに付いた葉っぱを取った。余程咽喉が乾いていたのだろう。ストローを挿すなり、彼は一息で中身を啜り切ってしまった。
「帰る前に父さん、僕の所で身支度して行ったら?シャワーも浴びた方がいいよ」
「いいのか?」
「僕も“黄の星”へ出発する前に、小母さん達へ食事を差し入れてくるから。いいですか、ジョウンさん?」
「OKだよ、勿論。十時の便で出発するから、遅れないようにね」
政府員はそう告げ、背凭れに体重を預けてうーん!と伸びをした。




