45章 意外な来訪者―――六百七十五年・十月五日(一)
一夜明け、ようやく僕はルナ小母さんと顔を合わせる事が出来た。
「ハイネ君、ごめんなさい。アランの葬儀が済むまで、しばらくはバタバタしてしまうけど……」
「いえ、気にしないで下さい」
先生の遺体は司法解剖に回され、戻って来るのは早くて三日後らしい。葬儀は街の教会で行うそうだ。
「僕なんかの事より小母さん、少し寝た方がいいですよ。顔色、凄く悪いです」
「ええ、そうね……じゃあ、お休みなさい……」
憔悴し切った彼女は黙って頷き、よろよろと二〇一号室を出て行った。心配だったので、階段を登り切るまで見送る。足取りは覚束無いが、どうにか転落せずに三階へ到着した。
(小父さんと一緒に戻ったのかな?あの様子だと昨日から何も食べていないようだし、後でサンドイッチでも作って持って行こう)
一人息子が一晩であんな姿にされたのだ。今はどんな慰めも通じないだろう。
僕は自室に戻り、何に着替えようか悩んだ。恐らく今日は全校集会だけで解散だろうし、一応僕は被害者の身内だ。行ったら却って皆に気を遣わせてしまう。かと言って、一日アパートに引き篭もっているのも……。
昨夜、回想を終えてからも少し考えたが、キュー先生が他に行きそうな場所なんて思い付かなかった。警察に捜査情報を教えてもらうにしても、まさか就学中の子供には喋ってくれないだろう。いや、
(あのジョウンって政府員ならひょっとして……でも、この街の人じゃないみたいだったし……)
こんな事なら連絡先を訊いておけば良かった。後悔しても後の祭りだ。
取り敢えず何時でも外に出られるよう、私服に着替える。その後冷蔵庫の中身を確認しようとキッチンへ向かった、その矢先だった。
ピンポーン!「はーい!」
コーディー小父さんかな?昨日に引き続き、息子の部屋を捜索しに来たのかもしれない、そう思ってドアを開けると、そこには何と!
「父さん!?」「ああ、おはようハイネ。もう起きていたのか」
辺境衛星にいる筈の父は、ヨレヨレのスーツを着て僕に手を挙げた。急いで来たせいか、髪にも沢山寝癖が付いている。
「電報を見て、慌てて飛び出して来たんだ……大変、だっただろう?」
「う、うん……」
肉親の顔を見た途端、胸の奥底から込み上げてくる熱い物を感じた。そうだ……あの逞しくて優しい同居人の教師は、もう永久にここへは帰って来られないんだ……。
「朝食は摂ったのか?―――そうか。なら外で一緒に何か食べよう。新鮮な空気も吸った方がいい」
「そう、だね……うん。行こう、父さん」
コンビニでホットドックと野菜ジュースを買い、公園のベンチに並んで座る。ここはラブレの公園の中でも特に植物が多く、空気も清浄な気がした。
「美味いか?」
「うん」
パンもソーセージも冷めていたが、久し振りの肉親との食事は素直に嬉しかった。平和な時だったらもっと良かったのに……。
「先生の遺体を見たそうだな。何と言っていいか……ショックだったろう?」
「ええ。でも、小父さん達に比べればずっとマシだよ」首を横に振る。「あんな酷い事、一体誰が……?」
おまけにか弱いキュー先生まで攫って。早く犯人を捕まえないと、彼女の身が危ない。
「―――なあ、ハイネ。突然の話で吃驚するかもしれないが聞いてくれ」
ジュースをベンチに置き、畏まった父は重々しく口を開く。
「実は、また異動命令が出たんだ。ただ今度の行き先は本社、つまり栄転と言う奴だな。しかも上司の話では最後の転勤で、今までの労に見合ったポストも用意してくれたそうだ。はは、長年堪えてきた甲斐があったよ」
「凄いじゃないか、父さん」
微かに厭な予感がしつつも、喜ばしい出来事を素直に祝福する。
「ああ。でだ、ハイネ。―――一緒に環紗へ行ってくれないか?」
眉根を寄せ、辛そうな表情で告げる。
「勿論、ラブレで沢山友達が出来たのは知っている。前に会った時も、離れたくないと言っていたもんな……だが、一人息子を喪ったアンダースンさん達にこれ以上負担を強いるのは」
「うん……僕もそれは考えたよ」
幾ら契約とは言え、僕は所詮部外者だ。喪に服する彼等にとっては邪魔者でしかない。
「それに、だ。先生が殺されたと聞いた時、私は恐怖で寿命が縮む思いだった。彼に一番近いのは、恐らく同室で暮らしていたお前だ。犯人はまだ逮捕されていないし、ここに残って万が一巻き込まれでもしたら」
肩を掴む手は熱く、汗でじっとりしていた。
「私は心配なんだ、ハイネ。お前に何かあったら、あの世でアニーに申し訳が立たない。頼む、行くと言ってくれ!」
「……」
以前の僕ならきっと彼の気持ちを汲み、渋々ながらOKを出しただろう。だけどあぁ、父さん!僕はもう一度キュー先生に会いたいんだ!!それに合唱大会で優勝した後、心の中で密かに誓った。またこの音楽ホールへ先生を連れて行く、そして二年連続でトロフィーをプレゼントするって!
何より、アラン先生から託された薬と告白ノート。その真意を知るまで、僕はこのラブレを離れる訳にはいかない!!
沈黙する僕を籠絡しようと、父はあれこれと好条件を並べ始める。
「環紗にはアパートじゃなく、ちゃんとした一軒屋を買おうと思っているんだ。ほら、小さい頃に犬を飼いたいと言っていただろう?」
その一言に、昨日と同じく胸が鋭く疼く。
(違う、違うんだよ父さん。僕が一緒にいたかった犬は、ポチはもう……)
分かっている、彼を今更責めても仕方ない事は。だけど……!
「庭付きなら大型犬も飼えるぞ。それに向こうは大学も街の中にある。進学しても大した負担にはならない。若い子も沢山いるし、きっとすぐにまた友達も出来るさ」
ここまで気を遣わせて尚気持ちの動かない僕は、何て悪い息子なんだろう。
「新居は奮発して買うつもりだ。何せ、今までずっと欠陥賃貸で我慢してきたんだからな。二人暮らしで部屋数はそう要らないだろうが、床と水回りだけはキッチリさせておかないと」
「そうだね」
親子共々、過去何度その手の配管トラブルで苦しめられてきた事か。
「そうだ、キッチンは最新式にしよう。まだまだ食べ盛りなんだ。父さんが沢山料理を作ってやるからな」
え……?ちょっと待て……料理、だって?
「だ……だったら僕、父さんのハンバーグが食べたいな」
「そうかそうか!お前は昔から父さんのハンバーグが好きだものな」
そんな……単なる聞き間違いじゃなかった。でも、だとするとこの父は一体……?
ベンチから突然立ち上がった僕を、彼は若干訝しげに見た。その姿は何処からどう見ても十数年連れ添った実の父、ビル・レヴィアタなのに何故!?
「どうしたハイネ?蟻でもいたのか?」
そう言って座面を暢気に観察する彼と距離を取り、僕はありったけの声で叫んだ。―――あなたは父さんじゃない!一体誰なんですか!?と。




