39章 期待の新入部員?―――六百七十五年・九月(三)
翌日も入学式のため半休。久し振りに中庭で三人と一匹の昼食を摂った後、揃って音楽室へ向かう。
「おい、何で俺まで」
「どうせ愁傷に図書館でカリカリなんて無理だろ?キュー先生の見ている前ならサボれないし、分からなくても先輩達や僕に訊ける」
「それ、完全に公開処刑じゃねえか!?」
「任せて。こう見えて化学と数学は得意だったの」ふふ。「皆、もう来ているかな?」
ガラガラガラ。「あ、来た来た!」「あ、レヴィアタ君にダイアン君!昨日は大活躍だったね!!」
既に勢揃いしていた七人の先輩方は、各々散らばって新譜の練習中だった。先生の代わりに僕のパートナー、壬堂部長がピアノを奏でてレッスンしている。
「ごめんね皆、遅くなっちゃって。発声練習の前に、今日はハイネ君からお土産があるの」
昨日理事長先生から貰ったチョコを差し出すと、先輩達は感嘆の声を上げた。
「これ、ブランド物で結構するんじゃない?」
「わ、美味しい!」
もぐもぐ。
「ハイネ、どうしたんだこれ?―――罰で掃除中していたら、理事長先生から?ほう」頷く部長。「怪我の功名って奴だな」
「僕はこいつのお巫山戯に巻き込まれた、ただの被害者です」
言いつつ一口。カカオ七十パーセントだけあって、甘さと苦味が絶妙のバランスだ。練り込まれたオレンジピールも良いアクセントになっている。
「ふふ。じゃあロウ君は向こうの机使って」
「へいへい」
「皆。ロウ君の勉強の邪魔しちゃ駄目だからね」
しかし約二分後。音楽室端に寄せられた机の周りには、練習をサボった声楽部全員が集まっていた。
「懐かしいな。地理は無いのか?」
「あ、図形問題ならお姉さん得意だよ!分からなかったら遠慮無く訊いてね」
上級生方に取り囲まれた親友は暫し渋面を浮かべた後、黙って僕の袖を引いた。空いた椅子を机の前に置き、腰掛けて進捗具合を確認する。
「ちょっと、まだ四分の一も出来ていないじゃないか!こっちは昨日、夕食が終わってからも頑張ってたんだぞ!?」
「しょうがねえだろ。おい、ここはこれで合ってるか?」
「全然違うよ。何でその式を入れるかなぁ」
消しゴムでゴシゴシ消してやり、正しい式を口頭で教える。
「はい。時間無いんだから次行った行った」
「あー、分からん!パス!」
言うなりドリルを投げ渡し、鞄からまだ若干は得意な国語のドリルを出して解き始めた。だが前のページを捲ると、殆どの答えが見事に間違っている。何て奴だ!!
「ふふ、ハイネ君も大変ね。あ、そうだ壬堂君。あの話、ハイネ君にしておいたら?」
「そうですね」
改まった声色に、一旦ドリルから顔を上げてパートナーに向き直る。
「まだ確定ではないが、俺は来年シャバムの大学へ進学するつもりなんだ。だから、ここに来られるのは精々今年一杯。ついてはまた新しいテノールを捜さなきゃならんのだが……」
「ああ、それならロウにやらせますよ。丁度ここにいるし。だから安心して受験勉強に励んで下さい、壬堂部長」
「おい!何勝手に決めて」
「ロウ君なら私も太鼓判押しちゃうわ。カラオケも凄く巧かったし、全然問題無いよ」
顧問のOKサインに、先輩は安堵の息を吐いた。
「そうか。じゃあ宜しく頼―――おっと、済みません」
ポケットから震動する携帯を取り出し、通話ボタンを押しながら入口へ向かう。
「どうしたんだ母さん?―――またか……分かった、今から戻るよ。一応目を離さないでおいてくれ」ピッ。「済みませんキュー先生。父の体調が悪いみたいで、今日はもう帰ります」
「別に謝らなくていいよ。でも大丈夫なの?」
「ええ、軽い発作みたいな物です。しばらくすれば落ち着くでしょう」
そう答えるとロッカーの上に置いてあった革鞄を取り、僕等へ手を挙げた。
「じゃあなダイアン。ハイネを頼んだぞ」「ああ」ガラガラガラ、バタン。―――ん?ちょっと待て先輩!?誰が誰を頼むって!!?
他の先輩達や先生も気付いたらしく、しばらくしてから室内は大爆笑の渦へと飲み込まれた。




