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37章 始業式―――六百七十五年・九月(一) 



 ロビーに張り出されたクラス名簿に想定通りの名前を見つけ、無意識に溜息が出る。しかも担任はあの人。どれだけ特権が罷り通っているんだ、この学園は。


「お、早いな。何組だったんだ?」

「不幸にも君と同じA組だよ。先に体育館で始業式するみたいだから行こう」


 鞄を持ったまま渡り廊下を抜け、新しいクラスの列へ。既に殆どの生徒が体育座りしていたが、リベラルな校風のため整列は出席番号順でなくてもいい。なので必然、最後尾に男二人並ぶ事に。

「で、今年の担任は誰だ?二年連続でベーレンスの野郎とかマジ勘弁だぜ」

「もうすぐ嫌でも分かるさ。ところで宿題はちゃんと持って来ているよね?忘れたら一つにつきドリル一冊だよ」

「うげ!……あー、正直聞きたくなかった。また一年間、毎日あのムッツリ面を拝まなきゃならねえのかよ……いやな、今朝親父から急に電話が掛かってきたんだよ。お陰で遅刻寸前だったんだ。一日ぐらいまけてくれるだろ?」

「僕を説得してどうする」溜息。「手伝ってあげるから観念しなよ」

 大体、そんなすぐバレる嘘は逆効果だ。ペナルティを倍にしたいドM以外吐く必要が無い。

 生徒達の熱気で満ちた体育館を見渡し、式の開始を待つ。と、背後から肩をぽん、突然叩かれた。

「わっ!?」

「よう、二人共」

「アラン先生!吃驚した。普通に声を掛けて下さいよ!?」

 僕の言葉に、朝アパートを出た時と同じ、紺色のジャージと白Tシャツを着た体育教師は豪快に笑う。

「はは、済まん済まん。お前も無事寝坊せずに起きられたみたいだな、ダイアン。今年こそは俺の授業に出てくれよ」

「……気が向いたらな」

 いつもと同じそっけない返事だが、意外にも乗り気な様子だ。体育祭の後、同級生ばかりでなく上級生達からも一目置かれるようになったせいかもしれない。現金な奴。

「お、良い返事だ。それじゃ楽しみにしてるぜ。保護者さん、監督宜しくな」

「ええ、引き摺ってでも連れて行きます。ところでアラン先生、式はもうすぐですか?」

「そうだな」舞台下に設置された教師席を眺め、「後は理事長さえ現れればボチボチ始ま―――お、噂をすれば来た。俺も急いで席戻らねえと。じゃあな!」

 爽やかに別れの挨拶をし、同居人は体育座りの生徒達を迂回して走り去った。



 始業式は一ヶ月以上前の終業式と同じく、先生達の眠くなる長話が大半を占めた。最初の理事長先生だけで二十分近く喋った後、校長、続いて高等部、中等部の代表者へと移る。

 初等部長の校訓を交えながらの延々語りに、さしもの僕もとうとう瞼が重くなってきた。そうだ、こんな時こそキュー先生を見るんだ!

 昨年に続いての声楽部顧問は真面目な顔でパイプ椅子に座り、時折頷きながら話を聞いていた。流石だ。隣で立て膝に顔を埋め、ぐーすか寝ている親友にも見習って欲しい物。

(ん、あれ?理事長先生……まさか、居眠りしてる?)

 一番奥で見えにくいが、確かに長机に着席したまま微かに舟を漕いでいた。いつもは綺麗にセットされた髪も、今日は心なしか乱れている。徹夜でもしたのかな?

 そっと肩を小突いて息子を起こし、睨まれつつ無言でその信じ難い光景を指差した。

「あぁ、何やってんだあのチョビ髭。気ぃ抜け過ぎだろ」

 一分前、全く同じ行為に及んでいた人間とはとても思えない暴言を吐く。

「きっと夜遅くまで学園に巣食う不良の更正作戦を考えていたんだよ。教育熱心だから、理事長先生」

「喧嘩売ってんのかお前」

 頬をうに、と引っ張られた。痛い。

 にしても安らかな寝顔だ。以前の三者面談後の、何処か辛そうな姿とは真逆で。それが何であれ、心配事が解決したなら偶の夜更かしも悪くはないだろう。

 すると親友は突然立ち上がり(しかも今度は僕の腕を掴んで!)、大声を張り上げた。


「わーっ!!!」「こら、ロウ!?」


 次の瞬間、体育館内の視線が残らず僕等に突き刺さる。理事長先生も吃驚してビクッ!と痙攣し、奇行を起こした張本人を見やって飛び出る程目を丸くした。


「お前等」「わっ!?」「ぎゃっ!?」


 無音で忍び寄っていた担任に首根っこを掴まれ、二人揃ってズルズルと出口へ。突然の事態に驚愕と不安を表す恩師の姿に、僕は努めて笑顔で手を振ってみせた。




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