29章 悔恨―――六百七十五年・五月(二)
一時間後。朝食のパンを切らしていたと告げ、僕等に留守を任せてキュー先生はアパートを出て行った。女性一人は危ないので僕も付き添うと言ったが、コンビニまで五分も掛からないとあっさり却下されてしまった。
底に残るうどんの欠片を平らげていた同居人が立ち上がる。その気配を感じ、流し台で食器を洗っていた(御馳走になった手前、これぐらいはしないと)僕は振り返った。
「トイレだよ。すぐ戻る」
しかし綺麗になった器を拭き、棚に仕舞い終わっても、先生は一向に戻って来なかった。
(もしかして、食べ過ぎてお腹が痛くなったとか?しょうがないなあ)
ところがトイレの電灯は点いておらず、ドアを開けても無人だった。人の部屋で一体何処ほっつき歩いているんだろう?と、いた。
「………」「アラン先生」
暗い寝室で立ち尽くし、沢山のぬいぐるみで枕周辺の埋まったベッドを見つめる体育教師。普段は逞しい限りの背は、とても悲しそうで、そして孤独だった。
「アラン先生、駄目ですよ。幾ら幼馴染でも、勝手に女性の寝室に入ったら」
「!?あ、ああ……済まん。つい懐かしくて」
そう呟き、手前の方に置かれたピンクのウサギを掴む。
「これ、俺が昔誕生日にあげた奴だな。まだ持っていたのか、あいつ……」
その隣には去年ジョシュアに贈ったのと同じ、巨大パンダのぬいぐるみもある。成程。ここに並べるために取る内、あんなにもクレーンゲームが上手に……。
「―――なあ、ハイネ。記憶から失われた罪は、本当に無かった事になってしまうんだろうか……?」
室外のライトに照らされた彼は、酷く途方に暮れた表情をしていた。まるで両親に捨てられ、誰からも顧みらる事の無い幼子のような……。
「俺達はただ、キューを守りたかっただけなんだ……なのに、今でもあいつはこうして苦しんでいる。だったら一体、どうすれば良かったんだ……?」
「アラン先生、何を言って」
「『奴等』ごと、全て闇へ還してしまえば良かったのか?けど少なくとも、キューには何の罪も―――っ!俺は……子供相手に、一体何を口走っているんだ……?」
側頭部を強く押さえ、深く深く息を吐く。
「『あれ』を見たせいか……俺が見間違える訳無いんだ。しかし何故……あいつ等は、とっくに死んだ筈なのに……」
駄目だ。完全に自分の思考に没頭してしまっている。
「とにかくここを出て下さい。もうすぐキュー先生が帰って来てしまいますよ!」
僕は筋肉質な腕を無理矢理引き、寝室を後にする。リビングに戻った所で丁度チャイムが鳴り、尚も悩む同居人を置いて出迎えに走った。




