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26章 意外な監督者―――六百七十五年・四月(一) 



 二週間と言う短い春休み明けの特別教室棟一階、理科室。


「あー、かったりー」

「毎回僕に準備させといて、何文句言ってるんだよお前は……」


 実験のパートナーにそう突っ込んだ後、ガスバーナーの元栓がきちんと閉まっているか確認。それから黒板前のテーブルへ行き、試薬とパラフィン紙の纏められた籠を一つ貰う。

 普通の学校なら四、五人一チームでやる実験も、この学園は無駄に設備が充実しているのでペアで行える。お陰で僕は学級委員長に言われるまま、毎回この問題児と組まされる羽目に。

 理事長「息子を宜しく」→担任「あれの事は取り敢えず全部あいつに丸投げしとけ」→委員長「ハイネ君お願いね」そんな酷い伝達だけは無いと思いたい、割と本気で。

「先公遅えな」

「今の内にレポートの下書きしといたら?」自分のノートを捲り、「はい」「悪ぃな女房」「誰がだよ」

 かったるそうに写し始めた彼を尻目に、五センチ四方の紙に四種類の試薬を一滴ずつ染み込ませる。燃焼させて炎の色を観察するだけの至極簡単な実験だが、如何せん相方がこれなので下準備から大変だ。


 ガラガラガラ。「済みません、皆さん。イーク先生は御家族に不幸があって、先程早退しました。代わりに今日は私が監督をしますね」


 突然の美人保健医の登場に、男子ばかりでなく女子達からも歓声が上がる。

「よっしゃー!」

「木咲先生、理科の免許も持ってるんですか!?」

「ええ。高等部での専攻は生物でしたけれど、化学も小さい頃から得意なの。さあ、時間も押している事ですし始めましょう」

「「はーい!」」 

 クラスメイト達が一斉にガスバーナーへ手を伸ばすのを見、僕もそれに倣った。元栓を開け、抓みを回す。その後ガス特有の臭いを嗅ぎ、マッチを手に取る。


 カチッ、カチッ……バキッ!「あ」


 見事に真っ二つになった棒を見、怠け者が情け容赦無く笑う。

「おいおい、何やってんだよぶきっちょ」

「初めてなんだからしょうがないだろ」

「あら、大丈夫?私が点けましょうか?」

 テーブル間を巡回していた木咲先生の申し出を、大丈夫だ、これぐらい出来る、親友は僕からマッチ箱を引っ手繰って断った。一本取り出し、片手でシュッ!灯った鮮やかな炎をバーナーへ点火する。

「どーだ」

「威張るぐらいなら最初からやってよ。にしても意外な特技だね」

「線香花火する時とか便利だろ?昔母さんが教えてくれたんだ」

「ふーん」

「教え上手だったのね、ダイアン君のお母さんは」

 あれ?どうして不在を知って……そうか、理事長先生から聞いたのか。案外秘密でもないのかな。

 全てのバーナーの炎を確認し、先生が空気のバルブを開くよう指示する。すると炎が蒼白くなり、ゴー!そこここで勢い良く燃え始めた。

「結構音デカいな。五月蝿くて寝れねえ」

 確かに空気の勢いが強く、結構耳障りだ。もしこの状態で爆発でもしたら、大惨事間違い無し。

「実験中だよ。前髪が燃えて無くなってても知らないぞ」

 再び突っ伏しかけた相方にそう注意し、ピンセットと濡れた紙の乗った籠を滑らせる。

「ほら、燃やして」

「はいはい」

 銅と書かれた一枚を抓んで翳す。ボウッ!緑色の炎を上げ、僅か数秒で燃えカスに変わった紙片を用意してあったビーカーに着水させる。

「真緑と言うより黄緑かな?ほらロウ、忘れない内にレポートにメモする」

「お前は俺のお袋かよ。ってかこれ、全部教科書に答え書いてあるだろ。何でわざわざ……」

 ブツクサ言いつつも大人しく従う。それを確認して、僕も自分のノートに結果を記入した。

「はい次」

「へいへい―――っと、何やってんだ、あの先公?」

 黒板の前へ戻った木咲先生は教卓に肘を落とし、両耳を強く塞いでいた。気分が悪いのか?と思ったのも束の間、苦鳴の声を上げて理科室の出口へ。

「木咲先生!?」

 僕は咄嗟に立ち上がり、突然の事態に困惑する学級委員長へ追い掛ける旨を告げた。

「レヴィアタ君が?で、でも……分かった。皆、危ないから一旦火を消して」

「ロウ、後始末は頼んだよ」

「物好きな奴め」

 嘆息混じりの呆れ声を背に、急ぎ理科室を飛び出す。


「わっ!」「おっと!何だ、レヴィアタ君か」


 出口のすぐ正面にいた理事長先生は驚きつつも、大丈夫かい?ぶつかった僕を心配してくれた。

「ええ。それより済みません、木咲先生はどっちに行きましたか?」

「彼女なら保健室に戻ったようだが、どうかしたのかい?どうも様子がおかしかったが……」

「実験中に気分が悪くなったみたいなんです。血の気がすっかり失せていて……最悪医者を呼ばないといけないかもしれません」

「分かった。授業は私が引き継いでやっておこう」

「お願いします」

「何、これも生徒との良いコミュニケーションだよ。それに……君にはいつも世話になっているからね。これぐらいはお安い御用さ」

 そう言って理科室へ入る教師を背に、僕は廊下を早歩きで進んだ。




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