23章 愉しい休日―――六百七十五年・三月(一)
「ありがとう二人共、付き添ってくれて」
爽やかな青いシャツにすらっとした白のパンツ。二度目の私服姿のキュー先生は、そう言って僕等に頭を下げた。
「いえ、どうせ二人共暇ですから。でも良かった、ミーコに大事が無くて」
ここ三日間下痢と嘔吐が続いていた本人(本猫か?)は注射が効いたのか、先生の持つケージの中ですやすや眠っている。抗生物質は貰ったし、獣医さんも治りかけと太鼓判を押していたからもう大丈夫だ。
「全く。人に心配させるだけさせといて、暢気な奴だぜ」
「またまた、そんな事言って。ロウ君が一番心配してたじゃない」
「そうそう。休み時間の度に教室を飛び出して様子見に行っていたのは誰だよ?」
「うるせー!」
耳を塞ぐ親友を見つめ、にやにやする僕と先生。
オフィス街の只中にあるアニマルクリニックを出た僕達の脚は、自然に馴染みのある商業地区へ向かう。休日と言う事もあり、メインストリートは相変わらず人で一杯だった。
「もうすぐ昼だし、どっかでバーガー食うか」
「えー?今日はキュー先生もいるんだし、偶には別の物にしようよ」
嫌いではないが、週平均五つも食べれば流石に飽きる。
「先公は何食いたい?あんま高い物は無しだぞ。俺等貧乏学生だからな」
「気を遣わなくていいわよ。今日は私が奢ってあげる。―――そうだ。じゃあカラオケボックスに連れて行って欲しいな。一人はちょっと怖くて、未だに入った事が無いの。確か料理も頼めるのよね?なら一石二鳥だし、いいかな?」
「勿論。そうだ!僕、先輩達から割引券貰ってますよ」
一人だけ学年が離れているせいか、声楽部の部員達は事ある毎にあれこれ物をくれる。昨日も家庭科で作ったクッキーをお裾分けされたばかりだ。
財布からチケットを取り出し、すぐそこだから行きましょう、先頭に立って歩き出す。
「何処の店だ?―――お、まねきわんこか。先公、良かったな。あそこなら部屋も綺麗だし、飯もそこそこ美味いぞ」
「行った事あるの、ロウ君?」
「小さい頃に母さんと何回か、な」照れ臭そうに頬を赤くし、「流行りの歌とか好きだったから」
初対面の頃と比べ、最近のロウはぽつぽつ自分の事を話してくれるようになった。その情報に因ると、亡くなった母親とはよく色々な所へ出掛けたらしい。しかし父親、ベイトソン理事長先生の事はまだ殆ど喋りたがらなかった。
(大体、どうして同じ街にいるのに別居なんだろう……?)
僕の場合は一緒が当然だった。それに幾ら仕送りがあっても、まだ彼は十三歳だ。幾ら反抗期でも、物理的に親離れするには早過ぎる。
「二人は普段から遊びに行くの?」
「カラオケは初めて、かな。ボウリングは一回、後はゲームセンターとかファーストフード店ばかりです」
「へー、ボウリングかぁ。どっちが巧いの?」
「俺だな。ってか、ハイネが下手糞過ぎるんだよ。しょっちゅうガーターするし、相手にならねえな」
「ロウみたいに三ゲームも続けて投げられる方が異常なんだよ」
翌日の筋肉痛を思い出し、無意識に右腕を擦る。
隠してはいるが、親友の身体能力は全体的にかなり高い。とっさの反射神経もそうだし、コントロールも良い。なのにどう言う訳か、未だに体育の授業だけはサボりを続けていた。運動嫌いなのだろうか?それとも他に理由が、
「じゃあ私と一緒ぐらいね。大学の親睦会で時々やったけれど、一度もスコアが五十を越えた事無いの。今度三人で練習しに行こっか?」
そうこう言っている内に、黒いブチ犬が手を丸くした看板が見えた。休日だけど部屋空いているかな?
「ハイネおにーちゃん!」
トンッ!背後から僕の太腿に突進した少年はパッ!キラキラした眼で見上げた。
「危ないよジョシュア!急にぶつかってきちゃ」
「だってみえたんだもん。これからどっかいくの?」
無邪気に尋ねつつ、後方の二人へ近寄る。と、細い眉がくっきり顰められた。
「おにーちゃん、なんかくさいよ」
「!?何だと、この餓鬼!!?」
「くさーい!」
拳を振り上げかけた親友を、慌てて引率者が止める。
「駄目よロウ君。ジョシュア君もだよ。会うなりそんな事言われたら、あなただって傷付くでしょ?ほら、謝りなさい」
「キューがそういうなら……ごめんなさい」ペコリ。「でも、ほんとうににおうんだよ?」
「ジョシュア、それはさっき獣医さんの待合室で色々動物に触ったからだよ。ほら、僕だって」
自分の服を嗅いでみるが、殆ど何も感じなかった。大体僕等はずっと隣同士に座っていたし、触れたのもほぼ同じ動物。異常な臭気があったならすぐに気付く筈だ。
「ねえねえ、そんなことよりあそぼーよ!」
戻って来てグイグイ腕を引く剣幕に押され、同行者達に困惑の視線を送る。
「私は構わないよ。最近忙しくて遊んであげられなかったし」
「お前がそいつの面倒を見るならな」ジャケットの肘の辺りをギュッ!強く握る。「気味悪ぃ餓鬼……」
「きまりだね!わーい!!」
ロウの苦虫を噛み潰したような表情と対照的に、ジョシュアは全身を目一杯使ってはしゃいだ。




