22章 家族写真―――六百七十五年・二月(二)
予想通り、放課後の音楽室には別パートの先輩が二人だけ。一応発声練習と合唱を一度ずつやった後、ソプラノの先輩が熱があると言い出し、そのまま解散となった。
いつもよりずっと早い、午後三時にアパート前へ到着。足音に階段を見上げると、見慣れた男性が降りて来るのが見えた。
「コーディー小父さん!」「おや、お帰り。今日は早いね」
黒い診察鞄と茶色の紙袋を持った彼が手を挙げる。
「これから診察ですか?」
「ああ。キューちゃんの様子を見にね。どうも熱が上がって昼から動けないそうだ」
―――ごめんね。復帰するまで、ミーコのご飯お願い……ハイネ君達に、うつしてないといいけど……。
昨日の朝の電話では、まだどうにかお粥を啜っていると言っていた。それでも熱は三十八度をキープし、関節痛とだるさが酷いと……。
「僕も一緒に行っていいですか?今日は部活も終わって暇ですし」
「心配なのは分かるが、君まで倒れてしまってはあの子が悲しむ。折角早く帰れたんだ。今日ぐらいゆっくり羽根を伸ばしていなさい。勿論、うがいと手洗いをしてからね」
「……はい、分かりました」
偶には部屋の掃除でもしようか。アラン先生は(共同スペースを)散らかす方ではないが、如何せん平日は僕と同じく夜まで帰って来ない。休日もジムや漫画喫茶に行って大抵いないし、そもそも独身男性はマメに掃除機を掛けたりしない。
「ああそうだ、見舞い用にルナがアップルパイを焼いたんだ。私達の分もあるから、一つ貰っておやつにするといい」
成程、あの紙袋の中身はそれか。そう言えば微かに甘い匂いが漂っている。
「ええ、有り難く頂きます」
僕は小父さんと別れ、階段を登って三〇一号室のチャイムを押した。
「はいはい」ガチャッ。「あらハイネ君、丁度良かった。焼いたばかりのアップルパイがあるの。食べて行きなさい」
ルナ小母さんはシナモンの香るエプロンに身に付け、僕に上がるよう促す。
「はい、お邪魔します」
「もう家族の一員なんだから、いい加減他人行儀はよしてよ。ふふ」
玄関を潜り、リビングのソファへ腰掛ける。
「座って待ってて。今紅茶を淹れるから」
「お願いします」
キッチンに消えた彼女を見送った後。ふと壁際のリビングボードに、今朝まで無かった写真立てを発見した。
今より大分若いアンダースン夫妻の前で、丈夫そうな少年と可愛らしい少女が手を繋いでいた。男の子は今でも面影がある、アラン先生だ。だとすると、女の子はまさか……。
「どうしたの、ハイネ君?」
トレーをテーブルに乗せながら、小母さんが尋ねる。
「あの、この子ってキュー先生ですか?」
「ええ、そうよ。うちで引き取ったばかりの頃に撮影したの。今朝クローゼットの掃除中に見つけて、懐かしいからしばらく飾っておくつもり」
ティーカップを置きつつ説明するも、そのニュアンスは純粋に過去を愛おしむのとは違う風に聞こえた。
「―――本当、二人共すっかり大人になっちゃって。月日が流れるのは早いわ……本当に……」
声の変化に振り返ると、目頭に手を当てた彼女と目が合ってしまった。気拙い空気が流れる。
「……済みません」
「私こそ……涙脆くてごめんなさいね。さあ、成長期なんだから沢山召し上がれ!」
雫を拭き取り、大家は笑顔で等分したパイの皿を差し出した。




