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20章 三者面談と父親―――六百七十四年・十二月(二)



 少なくとも僕は無事一つの赤点も無く定期考査を終え、約二週間の冬休みに突入した。しかし年の暮れも迫った今日、制服を着て独り学園へと向かっている。


―――まだお前達は一年だが、将来を考えるのに早過ぎる事は無い。進路について親とよくよく相談してから面談に来るんだぞ。


 堂々と教室の最後尾で寝るロウを睨み付け、米神をピクピクさせた担任の顔を思い出す。どう言う風の吹き回しか、親友はテストが終わってからちょくちょく授業に顔を出すようになった。キュー先生の音楽に至っては皆勤賞だ。

 なるべく親同伴と言われたが、生憎父は師走の忙しさで到底来られる状態ではないそうだ。かと言って他人のアラン先生に来てもらう訳にもいかず、結局一人で受ける事にした。因みに今日の部活は顧問出張につき休み。面談を終えたら、ミーコへミルクをやって真っ直ぐ帰るつもりだ。宿題も出ているし。

 無人の階段を上がり、廊下を伝って一-Bの教室へ。丁度ドアが開き、前の順番の生徒が出てくる所だった。そうだ!確か、


 ガラガラガラ。「ロ」「ああ、これからも頼むよアダム。ん、君は……」


 予想外にも現れたのは親友ではなく、ラブレ中央学園で一番偉い人。学園一のナイスミドル、理事長のコンラッド・ベイトソン先生だった。

 冬季休暇でも綺麗にセットされた焦げ茶色の髪を撫で、丸く整えた口髭を軽く撫でる。

「おや、これは拙い所を見られたな。私がここにいた事、他の先生や生徒達には内密にしておいてくれないか、ハイネ・レヴィアタ君?」

「え、ええ……それは全然構いませんけど理事長先生、どうして僕の名前を?」

「あ!いや、それは―――はは、これは一本取られたな」

 五十代前半の男性は朗らかに笑う。

「その声、レヴィアタか?」

 ドアから担任が出て来て、廊下を訝しげに見回す。

「結局来られなかったのか、親は?」

「ええ、年末でどうしても外せないらしくて」

「なら仕方ないな。まぁまだ中等の一年だ。大した話はしないから安心しろ」

「おいおいアダム、いやベーレンス先生。生徒の前でそれは無いだろう」理事長が苦笑気味に忠告する。「意外と深刻な相談が始まるかもしれないのに」

「人生相談ならスクールカウンセラーか、保健医の木咲にでもしてくれ。俺に出来るのは精々進路の事だけだ」

 いっそ小気味良いぐらいキッパリ言い切り、時間が押している、さっさと入れ、と僕を促した。

「折角だから私も同席していいかな?生徒を知るのも理事の大事な仕事だからね」

「え、ええ。僕は構いませんが……」

 期末テストは別に怒られる成績でもなかったし、他にも特段叱られるような事は(ミーコの事を除いて)無い筈だ。

「理事長……」

 当事者は頭を押さえてやれやれと振ったが、それ以上特に何も言わなかった。

 入口側の一角の席が後ろへ下げられ、空いたスペースに向かい合うように椅子が三脚と、成績表が広げられたままの机が一つ。担任が中間点に椅子を移動させ、理事長先生に座るよう言った。

「隣ではないのかい?」

「あなたは保護者ではないでしょう。レヴィアタ、そこに座れ」

「はい」

 鞄を膝の上に乗せて腰掛けると、ベーレンス先生は早速成績表を捲った。

「中途編入の割には良い点数だったな。勉強は得意なのか?」

「人並みには」

 ガリ勉では決して無いが、テスト前にはそこそこ復習する方だ。引越しが多いから塾に行くと言う発想も無いし、それが当然だと思っている。

「それは結構。ところで声楽部に入ったそうだが、本当なのか?」

「ええ。試験が終わってから、キュー先生に誘われて」

「物好きな奴だ。あんな弱小部に好き好んで行くとは」

「まぁまぁベーレンス先生。本人が楽しんでいるなら結構な事じゃないか」

「……そうだな。俺には関係の無い話だ」

 嘆息して成績表を閉じる。

「そう言えばレヴィアタ。お前、ラブレには何年いるつもりだ?それによって俺達の対応も多少は変わる」

「アンダースンさん達の所へは、一応中等部終了まで下宿させてもらう契約です。その後は父の仕事次第ですね」

「そうか。もし大学へ進むなら、うちの学園へ残っていた方がいいだろう。このままの成績が高等部終了まで続けられるなら、推薦状の一通ぐらいは書いてやれる。だろ、理事長?」

「ああ。学生寮こそ無いが、ラブレには綺麗なアパートメントも多いからね。空気も他の街より清浄だし、住み付くには良い所だよ。ところで何故わざわざここへ?―――ほう、亡くなったお母さんの故郷。だったら尚更いた方がいいと思うよ。他に行きたい所が無ければだが」

 確かに少ないながら友人も出来たし、正直離れ難い。高等部に入る頃には十五歳。父もそうそう反対はしないだろう。


「―――そう、ですね。出来れば六年間、卒業までずっとここでお世話になりたいと思います」


 僕はそう言って、教師達へ深々と頭を下げた。



 それからしばらく学業に関係無い雑談をした後、担任を残して一-Bを出る。次の生徒がまだ来ていないのを確認し、安堵の息を吐く理事長先生。

「そうだ。もし時間に余裕があるなら、もう少しだけ付き合ってくれないか?」

「え?ええ、構いませんけど」

 彼に連れられるまま辿り着いたのは、高等部棟との渡り廊下。通路の右側は下の中庭が見える全面窓、左側は鏡張りだ。明るくてお洒落だけど、一体どう言うコンセプトなんだろう?

 先生は敷地の外に広がるラブレの風景を眺め始め、僕もそれに倣う。

「レヴィアタ君は寂しくないのかい?お父さんと離れ離れに暮らしていて」

「どう、でしょうか……どちらかと言うと、寂しがっているのは父の方だと思います」

 この間電話したが、僕を随分心配していた。風邪を引いていないか、虐められていないか、アンダースン一家と上手くやっているか……あんな父は初めてで、若干驚いた。

「そうか、君はしっかり者だね。親御さんもさぞや誇りに思っている事だろう」

 理事長は悲しげに目線を落とし、下の樹々を見つめる。

「私は親失格だな……無駄に年月を重ねるばかりで、あの子に何もしてやれていない……」

 その台詞を聞いた瞬間、背筋に電流が走る。

(もしかして、理事長先生が……?)

 一番会いたくなくて、しかもサボタージュしても上手く誤魔化してくれる相手。そうか、だからさっきも面談に。どうせ親友の事だ。大人二人掛かりの説教を嫌い、とっとと逃げてしまったに違いない。

(あれ、でも姓が……?)

「よく君と一緒にいる男の子とは仲が良いのかい?」

「ええ。明後日も遊ぶ約束をしています」

 二人で郊外のボウリング場に行く予定だ。冬休みの宿題を写させてやるのと引き換えだから、ドリンクに加えて食べ物も付けてもらわないと。

「そうか、羨ましいな。私が君達ぐらいの頃は、友人と呼べる存在がいなくてね……」

 茶色の瞳に映る深い悲しみの色に、言葉が出てこない。一体、こんな温厚な彼の人生に何が……?

「済まない。生徒の前でする話ではなかったね」

「いえ……今はどうなんですか、理事長先生?過去がどうであれ、現在に信頼出来る人がいれば、それで充分だと思いますよ」

 現にここへ来るまでの僕は孤独だった。他人と妙に距離を置いていたと、今なら少しだけ分かる。

 彼は目を見開いて驚いた後、顎に手を当ててしばらく考え、それから深く頷いた。


「―――ああ、いるよ。もう十四年も会っていないが、あの方は紛れも無く私の盟友だ」


 手摺りから手を放し、僕を正面から見つめる。

「願わくば君とだけは……いや」力無く頭を振る。「何でもないんだ。慣れない話をしたせいで、少し気が弱くなってしまったらしい。どうか忘れてくれ」

 付き合わせて悪かった、そう言って彼は帰るよう促した。そこには全校集会で見せる威厳は欠片も無く、ただの気弱な父親が一人いるだけだった。

「あの、理事長先生……余り考え過ぎない方がいいですよ。きっと良い事だってありますから」

 不器用な慰めの言葉を掛け、来た廊下を戻り始める。ふと目が鏡の中に動く物体を認め、そちらへ視線を動かす。


(え……?)


 虚像の世界で、理事長先生はこちらへ向かい最敬礼していた。


「頼む、ハイネ君……私にもしもの事があったら、どうかあの子を……」


 囁くような声を漏らした父親は、鏡の中で自身の両拳を強く強く握り締めた。



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