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19章 入部―――六百七十四年・十二月(一)



 一人増えた秘密の集まりはとても楽しかった。

 大抵最初に来ているのはロウで、ミーコのブラッシングも彼の仕事だ。午前の授業を終えた僕とキュー先生が顔を出す頃、彼女はいつも艶々の毛並みになっていた。

 交代で用意した餌をやり、僕等も猫を囲んでランチを摂る。普段作るのは自分と親友の分だけだが、偶にキュー先生直々におかずをリクエストされる時もあった。しかし、それは何故か卵焼きや唐揚等、先生が自分でも幾度と無く入れている物で。


―――美味しい!ごめんねハイネ君、無理言っちゃって。


 後から思うと、先生が求めていたのは人の温もりだったのだろう。その頃の僕はまだ何も知らなかったんだ、何も……。

 食事が終わった後は午後の予鈴まで、各々好きに寛ぐ。ミーコと遊んだり、三人で話をしたり。はたまたロウの持参した漫画を回し読みしたりと、誰も来ないのをいい事に自由奔放に振舞った。


―――最近やけに楽しそうだな。彼女でも出来たか?


 この中庭の事は、保護者のアラン先生にも言っていない。キュー先生の方も誰にも教えていないよう。ロウも絶縁状態の父親とそんな話をする訳が無く、正真正銘僕等三人だけの秘密だ。

 だから先生からその相談をされたのも、勿論昼休みだった。

「困ったなあ。まさか一番声の通る子が辞めちゃうなんて」

「?声楽部の話か?」

「そうなの。急いで新しいテノールの子を捜さなきゃ。今のままじゃとても合唱にならないわ」

「テノールと言うと、男性パートの高い方ですよね?それなら割といそうですけど。因みに声楽部って何人なんですか?」

 各種楽器の揃う、広くて綺麗な音楽室を思い出して尋ねる。

「辞める子を含めて八人よ。混声四部で各二人ずつ。しかもその子以外全員高等部。私が来る前から、毎年ずっと大会出場ギリギリの人数の弱小クラブなの」

「そ、それは弱りましたね……」

 ある程度予想は付いていたが、まさかそこまでとは思わなかった。一人残されたテノールの人に激しく同情する。

「ねえ。二人共良い声しているし、来てくれない?」

「えー、面倒臭え。ハイネ、お前行けよ。テスト終わってどーせ暇だろ?」

「全教科補習確定のロウよりはね」

 お陰で昨日から、担任がカンカンになって学園中を捜し回っている。何時ここを嗅ぎ付けられてもおかしくない。

「いいですよ、他に部活もしていないですし。でも余り期待しないで下さいね」

 今までの人生で、歌ったのは数える程。ずぶの素人もいい所だ。

「ありがとう!今度何かお礼するわ。ところであなた達の担任って、数学のベーレンス先生よね?あの少し怖い感じの」

「ええ」

「よく逃げられるわねロウ君。後が怖くないの?」

「別に。どーせ何だかんだ言って単位はくれるからよ」

「え?どう言う意味?」

「っ!?」

 口を滑らせたと言いたげに唇を押さえ、何でもねえよ!親友は首を横に激しく振った。



 そんな訳で放課後、特別教室棟三階。

 鞄を提げた僕は音楽室前で立ち止まり、扉の向こうに複数の気配を感じ取った。どうやら今は雑談中のようだ。

 上級生ばかりの中で、対人スキルの低い僕が果たして上手くやっていけるのだろうか……?幾らキュー先生の頼みとは言え、やっぱり断った方が、


 ガラガラガラ!不意に目の前の扉が開かれ、背筋がビクウッ!となった。


 現れたのは、身長百八十センチ以上の痩せた男子学生だ。温和な鳶色の瞳に、肩までの黒髪ストレート。詰襟の胸に付いた校章入りの青いバッジは、紛れも無く彼が高等部所属である事を示していた。

「ん……ひょっとして、君がキュー先生の言っていたレヴィアタ君か?」

「え、ええ。今日は見」

「おーい皆!レヴィアタ君が来たぞ!喋ってないで発声練習やるぞ!!」

「へ?わっ!」

 引き摺られるまま室内へ連れ込まれ、一斉に六人の上級生達の視線を浴びた。

「わ、可愛い!一年生?」

「大丈夫僕?歌の経験は?」

「え、い、いえ……」

 年上の女性陣に質問攻めにアガってどもると、こら、だから雑談タイムはもう終わりだ、案内した彼が一喝した。

「でも壬堂部長」

「大会まで後たった五ヶ月だぞ。まずはディックが抜けた穴を埋めなきゃならんし、全体のレベルももっと上げないと。暇潰しに費やしている時間は無い」

 怒り出すかと思いきや、彼女達は舌をペロッと出して笑った。

「それもそうね。分かった、じゃあ始めましょ」

「ハイネ君は部長とテノールパートだよ。あ、キュー先生!もう皆集まってますよ!」

 開きっ放しの扉から、急いだ様子で顧問が入って来る。細い両腕に分厚い楽譜を何冊も抱え、かなり重そうだ。

「遅くなってごめんなさい!職員室で理事長先生に呼び止められてて。あ、ハイネ君!来てくれたのね、ありがとう」

「いえ、どうせアパートに帰っても暇ですから」

 謙遜する僕へ、そうそうハイネ君、これ、先生は腕の中の一冊を手渡した。讃美歌集だ。ページの端が何箇所か折られている。

「最終ページの曲を、五月にある予選大会で歌う事になってるの。えっと、賛美歌って歌った事ある?」

「いえ」

 物心付いた頃から各地を転々とする生活だったので、教会へは一度も行った事が無かった。

「大丈夫さ、レヴィアタ君。俺達だって入部するまでは誰一人歌えなかった。君は覚えが良さそうだし、すぐに出来るようになる」

 そう言って、部長は右手を差し出す。

「高等部二年、声楽部部長で君のパートナーの壬堂 恵だ。宜しく」

「中等部一年のハイネ・レヴィアタです。こちらこそお願いします、壬堂部長」

 固く握手を交わした僕達新コンビを、他の先輩達と先生が拍手で祝福してくれた。

 早速先生がピアノに座って蓋を開け、僕に隣へ立つよう促す。

「まずはテストね。音を鳴らすから、合わせてあーって言ってみてくれる?」ポン。「あー。こんな感じに」

「はい」

 胸に両手を当て、深呼吸。


 ポン、ポン、ポン。「あー、あー、あー♪」「思った通り綺麗な声ね。じゃあ今度はもっと長くするよ」


 音階を一通りなぞった後、キュー先生は誰でも知っている童謡を一曲歌わせた。一人きりの試験は緊張したが、声を出す内に自然と全身の強張りは解けていった。

 心地良い疲労感に包まれる僕へ、先生は満面の笑顔でパチパチ。

「凄いわハイネ君、初心者でこんなに上手いなんて!ね、壬堂君?」

「ええ、正にダイヤの原石だ。ディックの代役には勿体無いぐらいの逸材ですよ。捜して来てくれて本当にありがとうございます、キュー先生」

 礼儀正しく一礼。

「頼りない新米教師でも、一応ここの顧問だもの。生徒達のためなら幾らでも骨を折るから―――さあ、次は皆の番よ。ハイネ君にお手本を見せてあげて!」

 先輩達はハモりながら快諾し、パート毎の立ち位置に着いた。




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