17章 転校初日―――六百七十四年・十一月(四)
翌日。アラン先生に連れられてラブレ中央学園の門を潜り、中等部棟二階の職員室へ。小中高合同のマンモス校とは聞いていたけれど、物凄い敷地の広さだ。教室数も桁違いだし……これは確実に迷いそうだ。
「お、ベーレンス先生!丁度良かった。転校生を連れて来たぞ!」
職員室中に響く呼び掛けに、細い楕円形の眼鏡を掛けてデスクに向かい、書類を黙読していた男性教師が顔を上げた。澄んだ藍色の髪と瞳。顔の輪郭はシャープでややキツい印象だが、パッと見かなり美形だ。
「お前がハイネ・レヴィアタか。こんなガサツ男と同居とは運が悪いな」
開口一番厭味を言った後スッ、右手を差し出す。
「アダム・ベーレンス。お前のクラスの担任で、中等部数学を担当している」
「宜しくお願いします、ベーレンス先生」
頭を下げ、握手を交わす。
「初等部時代の成績を一応見させてもらった。中々優秀なようだが、俺のテストは点数が全てだ。他教科はともかく、一点でも足りなければ単位はやらんからな」
「おいおい、転校初日から脅かすなよ」
「因みに来月入ってすぐ期末テストだ。途中参加だからと言って、評定が甘くなると思ったら大間違いだぞ?」
「ええ。分かっています」
一応引越し準備の合間を縫い、コーディー小父さんからこっちで使われている教科書を送ってもらって勉強していた。そう説明すると、彼は片眉を僅かに上げた。
「ふん、そいつは中々感心な心掛けだ。うちの問題児も見習って欲しいものだな」
「ダイアンは相変わらず不登校なのか?」
「いや、一応毎日来てはいるらしいが……今度俺の視界に入ったら、首に縄掛けてでも教室に引き摺っていく」
こんな優良学校にも不登校児がいるのか。僕も正直集団生活は苦手な方だから、気持ちは分からなくもない。
よく見ると、その書類こそが僕の編入届だった。直前に改めて確認する辺り、ぶっきらぼうな雰囲気とは裏腹に真面目な先生らしい。
「んじゃ、俺はそろそろ行くぞ。今日は一限から授業があるんでな、とっとと運動場にライン引いとかねえと」
「案内ありがとうございました、アラン先生」
「いいって事よ。じゃ、またな」
同居人は別れの挨拶を告げ、職員室のほぼ反対側にある自身のデスクへ向かっていった。一方書類を抽斗に仕舞い、代わりに黒い表紙の出席簿を取り出して、担任は音も無く立ち上がる。
「そろそろホームルームの時間だ。行くぞ、レヴィアタ」
「はい」
廊下に出、僕は彼の後に付いて長い廊下を歩き始めた。
「はぁ……吃驚した」
ホームルームで紹介されてから、四時限目の地理終了まで。クラスメイトの誰も彼もに質問攻めに遭い、すっかり気力を失った僕は深い溜息を吐く。
この時期の転校生は珍しいらしく、皆興味津々にありきたりの事を訊いてくるのだ。何処から来たの?両親は何をしている人?趣味は?特技は?等々。元々余り社交的でない僕は、昼休み到来と同時にアラン先生と約束があると嘘を吐き、弁当片手に教室を飛び出した。
だが静かな場を求め、校舎外に広がる緑豊かな中庭に足を踏み入れたはいいけれど、予想以上に面積が大きい。しかもこの辺も実験場なのか色々な植物が植えられ、あちこち視界が遮られている。五限までにちゃんと戻れるか、
「にゃーお」「えっ?」
足元の草叢が突然ガサガサ音を立てたかと思うと、中から真っ白な猫が現れた。人懐っこいらしく、僕が背に付いた葉っぱを取っても全く嫌がらない。
(毛並みも綺麗だし、先生達の飼い猫かな?)
そう思いつつ咽喉をゴロゴロ。「ふにゃー」
「そうだ。ちょっと待ってて」
草叢にハンカチを敷いて腰を下ろし、弁当の包みを開いた時だ。
「―――誰だ、お前?」「わっ!!?」
正面から現れたのは、寝癖だらけの鼠色の髪と鋭い金目をした学生だった。年は僕と同じぐらいか?右手にハンバーガーの絵が印刷された油紙と、小さなコンビニ袋を掴んでいた。
「ん?珍しいな、タマが懐いてやがる。もしかしてお前が飼い主か?」
言いつつ手を伸ばし、猫の頭を撫でる。慣れているのか、タマは彼の指を追い掛けてペロッと舐めた。
「いえ、僕は今日転校してきたばかりなので違います。ここに来たのも、教室から逃げてきて偶然」
「……何で敬語?お前、見た感じ俺と同じ中等部だろ。フツーに喋れよ」
「あ、うん御免。転校が多かったから、つい癖で。中等部一-Bのハイネ・レヴィアタ。君は?」
「何だよ、しかも同じクラスじゃねえか。ロウ・ダイアンだ」
「ああ、ベーレンス先生が言ってた不登校の」
「登校『は』してるだろ。かったるい授業に出ないだけだ」
担任が縄を掛けたくなる気持ちも分かる。しかし、思っていたよりも悪人ではなさそうだ。
ロウは来たばかりの道を一旦戻り、洗ったプラスチックの皿を校舎のすぐ傍の地面に置いた。そこへ袋から取り出した、二百ミリリットルの牛乳パックの中身を注ぐ。待ってましたとばかりに白い液体をペロペロし始めるタマ。
「君が餌を?」
「偶にな。どうも先公の誰かが飼ってるみてえだし、太らない程度にしとかねえと」
「どうして先生なの?」
「今は取れてるけど、こいつ数日前まで腹に包帯巻いてたんだよ。大人でないと獣医へ連れて行けねえだろ」
「え?タマ、何か病気だったの?」
しかし甘えてくる猫は一見元気そうだ。そう尋ねると、ばっか!猫で手術って言えば……、同級生はやや怒った風に言葉を濁した。
「??」
「それより飯食わないのか?」ガサガサ。「俺は食うぞ、腹減ったからな」
一メートル程離れた所に胡坐を掻き、ハンバーガーを頬張る。この街のファーストフードって美味しいのかな?
特に同席を断られる様子も無かったので、僕も一人と一匹に交じって弁当の蓋を開けた。今日のおかずは出汁巻き卵と焼きウインナー、茹でブロッコリーに残り野菜のナムルだ。主食はレーズン入りロールパンが二個。
―――あら、美味しそう!
―――へえ、最近の子は凄いなあ。アランや私よりよっぽど上手だ。
今朝小父さん達に褒められた事を思い出し、改めて照れ臭くなる。
卵焼きにフォークを挿しかけた所で、ふと視線を感じる。顔を上げると、中身を覗き込む金目と目が合った。
「お袋さん、料理上手だな」
「?ああ。これは僕が自分で作ったんだよ。下宿先の冷蔵庫の残り物で」
しかし流石に毎日拝借する訳にはいかない。なので放課後スーパーマーケットに寄り、朝食用と合わせて当面必要な食材を購入するつもりだった。
「お前が?へー。よく料理するのか?」
「まぁ母さんを亡くして、父さんが壊滅的な腕前なら多少は巧くなるんじゃないかな」
「母親を……そうか、悪い」
「別に何とも思ってないよ。死んだのは本当に物心付く前だったから、僕自身は全然覚えていないんだ」
アルバムこそ持っているが、見ても懐かしさは感じない。ただ綺麗な女性だったんだなと思うだけだ。
「ダイアン君の親は?」
「何だよ、その気持ち悪ぃ呼び方。ロウでいい」
ハンバーガーの包みを丸め、二個目に口を付けようとして動きを止める。
「―――お袋は数年前に死んだ。親父とは別居中。今はアパートで一人暮らしだ」
「何だ、じゃあ一緒か。僕の父さんも今、田舎に単身赴任中なんだ。本当は僕も付いて行く筈だったんだけど、その街には学校が無くて―――」
気が付くと、僕は出会ったばかりの彼にラブレへ来た経緯を話していた。同い年で似たような境遇だからだろうか?こんな事は初めてだ。
聞き終わったロウは一言、卵焼き、と呟く。僕が指で抓んで手渡すともぐもぐ頬張った。
「美味いな、ありがとよ。ほい」
「え?」
まだ口を付けていない包みを渡す。
「礼だよ。ってか毎日食ってるから飽きた。遠慮するな」
「卵焼きとハンバーガーじゃ、どう考えても釣り合わないと思うけど……何なら他のおかずもどう?」弁当箱を差し出し、「僕がこっちを食べている間に」
「お前、とんでもねえお人好しだな」
「君もね」
受け取ったクラスメイトと僕は暫しの沈黙の後、堪え切れないように声を出して笑い合った。




