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14章 孤独な転校生―――六百七十四年・十一月(一)



「ああ、やっと着いた」


 宇宙船のタラップを降り、改札を通って新しい街へ踏み出した僕は一人そう呟く。

 僕の名前はハイネ・レヴィアタ。明日からこの街の学校、ラブレ中央学園に通う中等部一年生だ。

 ガタガタガタ……年に二回は使う黒いキャリーバックを引き、送られてきた地図を頼りに市街地方面へ向かう。

「アパート・デ・ソラ、か。今度は欠陥住宅でないといいけど」

 直前に住んでいた所は酷かった。九ヶ月で水漏れ十回、ガス漏れ五回。中でもフローリングが突然割れ、下の階まで大穴が開いた時は吃驚仰天した。幾ら辺鄙で賃貸アパートが無いとは言え父の勤め先、龍商会ももう少しマトモな物件を用意して欲しい物だ。


―――済まないハイネ。かなり長期間一人にしてしまうが、大丈夫か?

―――僕なら平気だよ、父さん。そっちこそ単身赴任なんて大丈夫?全然料理出来ないのに。

―――問題無い。学校は無いが、食堂付きの社員寮は一応あるそうだ。全く、どんな田舎なんだか……。


 父、ビル・レヴィアタの仕事は、宇宙各地に散らばる龍商会の支社に赴いての営業活動。所謂転勤族だ、しかも瘤付き。母親のアニー・レヴィアタは、僕を産んですぐに持病の心臓が悪化して亡くなった。なので二人共、大抵の家事スキルは身に付いていた。調理を除いては。


―――まぁ、僕のオムレツが恋しくなったら適当に会いに来てよ。何時でも焼くから。

―――済まん。はぁ、どうして目玉焼きでさえいつも真っ黒焦げなんだ?

―――それより父さん、ラブレってどんな街?


 僕の次なる転校先として父が選んだのは、母の生家がある“赤の星”ラブレだった。中等部に上がり、そろそろ腰を据えて学業に専念させたいからとの配慮だ。しかし、生憎実家自体は既に別の家族が住んでいて、移る事は不可能だった。

 困った父を救ったのは母の元主治医、コーディー・アンダースン医師だった。何でも人伝に僕等の事を聞き、わざわざ連絡してくれたらしい。


―――それならうちへ下宿するといい。息子のアランは“赤の星”でも設備の整うラブレ中央学園の教師だし、勉学に励むにはうってつけの環境だ。尤もハイネ君が窮屈でなければ、の話だが。どうかね?


 医師の口調は誠実そのもので、僕等に断る理由など無かった。食事代等の生活費を口座へ毎月振り込む約束をし、契約成立。そして現在、僕はその親切な一家の住むアパートへ向かっている。

 父の話に因ると、ラブレは全天を覆われた“赤の星”で、唯一人工光での植物栽培実験を行っている都市らしい。コストが高過ぎるので未だ他へは導入されていないが、あちこちに緑化公園があり、空気が美味しい事で有名らしい。あくまで“赤の星”の他の街に比べて、だが。

(確か、奥さんと息子さんの三人家族だって言ってたな……上手く、やれるかな……)

 今まで短期間での引越しばかり繰り返していたので、学校では敢えて親しい友達を作ってこなかった。正直な話、他人と四六時中顔を突き合わせられる自信が無い。

(息子さんは先生らしいけど、あんまり厳しい人でないといいな……)

 休日だからか、商店街は私服の人々でごった返している。立ち並ぶ店舗の種類は結構豊富で、ウインドーショッピングだけでも半日潰せそうだった。



 邪魔にならないよう端に寄りながら歩いていると、前方に誰かが立っているのが見えた。

 つやつやした黒髪を短く切り揃え、黒の長ズボンと白いYシャツを着た子供だ。年齢は五、六歳だろうか。可愛い顔をくしゃりと歪め、溢れ出る涙を袖で拭っている。


「ママぁ……どこいっちゃったの……?」


 しゃくり上げ始めた幼子。しかし皆己の事で手一杯なのか、誰も手を差し伸べようとはしない。


「わーん!ママぁ!!」


 次の瞬間、僕の到着を今か今かと待つアンダースン一家の事が頭を過ぎる。が、逆に身体は彼の傍に駆け寄った。

「君、迷子?名前は何て言うの?」子供の目線まで屈み込み、小さい肩を叩きながら尋ねる。

 すると少年は一瞬キョトンとした後、残った涙を拭う。

「ぼく、ジョシュア……ママとはぐれちゃったんだ」

「お母さんとは買い物に来たの?えっと、髪や服は何色?」

 問いつつ通行人達をザッと眺めたが、彼の母親らしき年齢の女性は見当たらなかった。

(向こうも今頃捜しているだろうし、取り敢えず交番へ連れて行った方がいいかな?でも、そもそもこの街の交番って何処だ?)

「―――ぼくがどこにいてもむかえにきてくれるよ、ママは。それよりあそんでよ、おにーちゃん」

「え?」

 ジョシュアは荷を持っていない方の手を引き、商店街の奥へずんずん歩き始める。先程までとは打って変わり、眩しいばかりの笑顔を浮かべながら。

「ね、ねえジョシュア!一体何処へ行くつもり!?」

「くればわかるよ!それよりおにーちゃん、なまえはなんていうの!?」

 問いながら、慣れた手付きでゲームセンターのドアを開ける。途端鼓膜を襲う、大音量の電子音。四方八方から響いてきて、少し五月蝿い。慣れるまで時間が掛かりそうだ。

「ハイネ・レヴィアタだよ!」

 周囲に負けないよう、やや大きめの声で答える。

「へー、じゃあハイネおにーちゃんだね。UFOキャッチャーってやったことある?」

「うーん。二、三回なら」

 と言っても三年ぐらい前、この星のもっと田舎の方で父さんと遊んだだけだ。しかもその店は動かない機械の方が多く、動いた物も今にも壊れそうな軋み音を立てて……あの店、流石にもう潰れただろうな。

「ねえねえ、これとって!」

「ええっ!?」

 ジョシュアが指差したのは、彼の上半身程もある巨大なパンダのぬいぐるみだ。十数匹全員がてんでバラバラの方を向き、後頭部から丸くなった金の紐が上へ伸びている。コイン投入口横の説明に因ると、どうやらそこにキャッチャーの腕を引っ掛け、取り出し口まで運ぶのが正規の方法のようだ。しかし勿論、初心者の僕にそんな芸当、

「おかねいれるよー」

「あ、ちょっとジョシュア!?」

 チャリン!僕の制止も虚しく、硬貨は投入口へ吸い込まれてしまった。

(五百で三回か……これで取れたら奇跡だ)

 しかし先に声を掛けた手前、期待に応えない訳にもいかない。自分の財布を開け、もう十五回分はチャレンジ出来るだけの資金を確認した。

(となると、一番取り易そうなのは……あれか?)

 顔を硝子に押し付けたり、台の周りをぐるぐるしたりして、目を付けたのは中央の一匹。紐が丸く広がっていて、角度的にもどうにかアームを入れられそうだ。

「ふーん。しんちょうはなんだ、ハイネおにいちゃん」

「ジョシュアの大切なお金を無駄にする訳にはいかないからね」

「べつにいいよ。コインならたくさんもってるもん」

 ブルドッグの絵が描かれた財布をジャラジャラ鳴らす。


 ガコン……ガコッ、ガチャッ……ガチッ、ガコン。チャリン。


(拙いな……紐に掠りもしないぞ)

 初心者だからって、幾ら何でも酷過ぎる。見る見る減った硬貨を惜しみつつ、レバーとボタンを操作する事、更に五分。

(うわ……本当下手糞だなあ、僕……)

 これが正真正銘のラストチャンスだ。外したらジョシュアに謝らないと。

 固唾を呑んで見守る少年を横目に、僕は再度様々な角度からケースの中を確認する。後三センチ手前か?そう思いつつ、レバーに手を掛けかけた。



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