13章 蘇る音色―――八百年・一月(三)
ポロロン、ポロロン♪「ん?」「これは、オルガンの音でしょうか?」
共に歩いていた衛兵と顔を見合わせ、彼の楽器を据え付けた作業場兼大広間の扉を開ける。
「やあ、クラン」ポロロロン♪「あ、お兄ちゃん」
実兄にしてこの宇宙の神様の指には、奇跡の源となる銀の翼の指輪が嵌っていた。傍らには忠実な部下が静かに控え、創造主の演奏に耳を傾けている。
「イスラフィールから聞いたよ。誕生日に思い出の歌を捧げるなんて、素晴らしいアイデアだ。僕も是非参加したいんだが、いいかな?」
「了解なんて取らなくても、この王国は来る者拒まずがモットーだよ。本業に支障が出ない程度なら」少し意外に思いつつ承諾。「直してくれてありがと、オルガン。良い音だね」
「先程調律を終えたばかりですから。おや」
バタン、ガヤガヤガヤ。音色に引き寄せられたにしては、些か異色な面子が三人。まあ、だからって他のも充分変なんだけどね。
「あ、クランのお兄さんの手品師!」
アルバイターがそう叫んで指差すと、大学時代の先輩のが慌ててその手を下ろしにかかる。
「宝君止めるんだ、畏れ多い!この御方は―――済みません。後輩が御無礼を」
「まあまあ、堅苦しいのは無しにしよう。これから一緒に練習するんだし」
「えっ!!?だ、だだ」
打楽器と化した裁判官を尻目に、私は最後尾にいた長身の茶髪の女性に手を挙げてみせた。
「また会ったね、お姉さん。因みに歌は得意?」
「肺活量には自信があるが、足を引っ張るような事になったら済まない」
相変わらず礼儀正しい事で。
「この薪割り人形にまで歌わせるとか、女王。手前正気の沙汰じゃねえな」
「まあまあ。丁度退屈していたし、偶にはいいじゃないか」
イスラ同様両翼を隠した二人の四天使は、そんな事を言いつつ発声練習を始める。ほう。流石は創られた者。態度とは裏腹に完璧なテノールとバスだ。
「う、巧い……こりゃ俺達も負けていられないな、大臣」
「ああ。婆さんは夕食まで自室に引き籠もっているらしいから、今日は猛特訓だ」
「そうね。セミアちゃん、私達も頑張りましょう」
「うん!」
義妹とリリア、ソプラノコンビがえいえいおー!と気合を入れる。
「そうだ、お姉さん。折角来てくれたんだし、またあの鍼打って頂戴。雑誌の原稿書きで、もう肩から頭までバキバキに凝っちゃって」
「それは大変だな。ああ、別に私は構わないぞ」
快諾に諸手を上げかけた時、主の赤毛の天使が意地悪な茶々を入れた。
「んだよ人形。こんなアマに俺様が教えた応急処置をしてやったのか?一時的に痛覚麻痺させて、無理矢理筋肉を動かせるようになる戦場用の」
説明に段々凍り付く極寒の一族を見、思わず噴き出しそうになる。
「人聞きの悪い事を言うな。きちんと加減して打っているさ。だから安心しろ、セミア・マクウェル。前回も特に後遺症など無かっただろう?」
「で、でもいいや!お姉さんの練習時間を使わせるのも気が引けるし!!」
首と巨乳をブンブン横に振って拒否する。
「?そうか。辛くなったら何時でも言ってくれ」
若干肩を竦めた彼女が歩み寄り、アルト三人組も輪になる。
「以前は慌ただしかったので、挨拶も殆ど出来ませんでしたね。準連合政府員の宝 那美です。以後宜しくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
無駄にガッチリ握手を交わす二人。分厚い掌を油断無く眺め、鬼女が口を開く。
「思った以上に凄い筋肉ですね。休憩時間中でいいので、一度手合わせ願えますか?」
「同じ武人同士、断る理由は無い。勿論だ」
「やった!ありがとうございます!」
「暑苦しいなあ」
傍観しつつ嘆息する私を、追加人数分の楽譜をコピーして戻って来た衛兵が笑った。




