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12章 遺品―――六百七十五年・十月四日(七)



 親友と馴染みのファーストフード店での昼食後、僕は真っ直ぐ下宿先のアパートへ帰宅した。リビングのソファに座り、見上げた鳩時計は午後二時だった。


―――何時でも電話して来いよ。泣き言でも何でも聞いてやるから。


 別れ際掛けられた言葉に、僕は有り難く思いつつただ頷く事しか出来なかった。そこまで心配してくれなくて大丈夫なのに。少なくとも、キュー先生の安否が不明な内は……。

(小父さん達、何時帰って来るのかな?)

 ジョウンさん達はああ言っていたけれど、きっと遺族はもっと詳しい話を訊かれている筈だ。キュー先生の伯母だと言う大量殺人犯、『Dr.スカーレット』の事とか……。

(アラン先生も知っていたのかな、その人を……あ、そうだ金庫)すっかり忘れていた。

 早速立ち上がり、故人の部屋へ向かう。ドアを開けた所で、先に小父さん達へ了解を取るべきではないかと思った。が、ベッドの下に覗く黒い金庫が見え、敢えて無視。


「―――アラン先生、お邪魔します」


 一応家主に断り、筋トレ器具で散らかった部屋に足を踏み入れる。先々月、つまり夏休みを丸一日使って僕と大掃除をしたばかりなのに、バーベルの横には又も脱ぎ捨てられた服が山となっていた。ベッドの上も、買ったまま本棚に入れられていないアクション漫画が散乱している。

 まずはほぼ正方体の金庫を引っ張り出し観察。縦横高さは約五十センチと小型だが、新品で随分丈夫そうだ(当たり前か)。裏を見ると耐火耐電耐水耐衝撃金庫、二十万の値札が貼り付けられたままになっていた。

(殺害動機かもしれない『何か』……どんな物が入っているんだろう?)

 十個の数字が並んだテンキーの六を押すとピッ、と高い機械音が鳴り、上部のモニターに同じ数字が現れる。続けて六〇〇三〇七、昨夜教えられた通りに打ち込む。すると一際鋭い音と共に、強固な扉はゆっくり自動で開いた。


「これは……薬?」


 封を切られた小箱の蓋を取ると、敷き詰められた真綿の中央には高さ十センチに満たない小瓶が一つ。八分目程入った肝心の中身は、水のように無色透明の液体。窓の外の人工光に透かしても、特に濁りは確認出来なかった。

 何の薬は不明だが、変質しては困るので箱ごと元に戻す。金庫もベッドの更に奥、いや、

(僕の部屋へ隠そう)

 この見慣れない金庫を小父さん達が発見したら、業者を呼んででも開けようとするだろう。それではアラン先生との約束を守れない。それにもし殺人犯の目的がこの薬なら、侵入したその姿を見られるかもしれなかった。


「―――よいしょっ、と!」


 鉄の塊を持ち上げながら少しずつ移動させ、どうにか自室へ運び込む。少し考えた後、クローゼットの一番奥、下宿の際に持って来たキャリーバックの裏へ納めた。キャリーの中は現在、僕が乳児の頃に亡くなった母のアルバムだけだ。最初は父が保管していたが、引越しの際に何度か失くしかけたので、今は僕が預かっていた。

(アルバムの件は、前にアンダースンさん達にも話した事がある。余程の事が無い限り、勝手に移動させたりしない筈だ)

 仕事ばかりで留守がちの片親を持つ子供と言うのは、当人は然程気にしなくてもかなり同情される。実際そうでなければ、アンダースン一家も下宿などさせてくれなかっただろう。


―――ようこそハイネ君。船着場からここまで、一人で大変だっただろう?

―――迎えに行けなくてごめんなさいね。―――レヴィアタさんの言う通り、賢そうで格好良い子。これから私達を家族だと思って一杯甘えてね。


 そう言えば初めて会った時、小母さんは何故か目を真っ赤に泣き腫らしていた。小父さんも暗鬱とした表情で……聞かされてはいないけれど、あの日一体何があったのだろうか?

(駄目だ、考えれば考える程分からない事ばかりだ……)

 自分でも冷静過ぎるとは思うけれど、現在進行形でキュー先生が攫われているのだ。悲惨な死を遂げたアラン先生には悪いが、僕にはまだ知らない事が多過ぎる。―――待てよ。先生はまだ、他にも何か手掛かりを残してくれているかもしれない。

 再び彼の私室を訪れ、一通り中を見回す。家具はダブルベッドに本棚、書き物机と椅子、それに備え付けのクローゼット。若干広いだけで、僕の部屋とほぼ同じ間取りだ。

(都合良く日記とか付けて……ないだろうなぁ)

 アラン先生は生粋の体育会系体育教師。もし付けてたら、それはそれで意外だけど……あれ?この机の一番上の抽斗、開け閉めの時に中から変な音がする。もしかして二重か?

 僕は外側を手で押さえつつ、中を探った。程無くロックが外れ、内側から一回り小さな抽斗が現れた。中に入っていたA五サイズのノートは殆ど余白だった。が、最初の一ページに彼の筆跡で走り書きが記されていた。


―――自分の目を疑った。間違い無い。死んだ筈の『呪われた子供達』が俺達の学園にいる。偶然か?それとも……。だが、お袋や政府館に伝えるのは少し待とう。決定的な証拠、出来れば他の連中の居所も突き止めなければ……―――


 『呪われた子供達』?それが誘拐殺人犯の正体なのか?

 更にページを捲るが、他に文章が書いてあるのはたった一ページだった。


―――キュー、済まない。どうか俺達を赦してくれ―――


 その一文で僕の混乱は最高潮に達し、思わず天井を仰いだ。

(本当に何があったんですか、アラン先生……?)

 僕の知る限り、二人の間に謝罪するような事項は存在しなかった筈だ。社会人になった今でも時々互いの家で食事を摂る程仲の良い幼馴染、且つ仕事の同僚。それ以上の情報は持っていない。

(いや、一年も一緒に暮らしていたんだ。落ち着いて一つ一つ思い出せば、何かヒントがあるかもしれない)

 そう結論付けた時、ピンポーン!ピンポーン!続けてインターホンの鳴る音が聞こえた。僕はノートをシャツの下へ隠し、慌てて応対に出る。


「済まんな、ハイネ君。とんでもない事に巻き込んでしまって」


 疲れた様子のコーディー小父さんは、そう言いつつリビングへ上がる。

「いえ、僕こそ何て言ったらいいか……ルナ小母さんは、まだ警察署の方に?」

「ああ。キューちゃんの事は、彼女の方が詳しいからな……アランの部屋に入りたいんだが、構わないか?」

「え、ええ、勿論です。どうして僕に許可を?」

「それは当然、あの子の同居人だからだよ。少し五月蝿くしてしまうかもしれないが、赦して欲しい」

「探し物ですか?僕、手伝いますよ」

 百パーセント断るだろうと思って訊くと、結果は予想通りだった。

「いや、大丈夫。あんな酷い死体を見たばかりなんだ、今日はもうゆっくり休みなさい。ところで昼食は」

「あ、それならさっき、街でロウとハンバーガーを」

「ああ、例の仲良しの友達か。それは良かった。しかし食欲があっても無理は良くないぞ。PTSDは後からジワジワと症状が出てくる。―――じゃあ、夕食は六時に持って来よう」

「いえ。いつも通り、僕が階上のお二人の部屋へ行きますよ。小父さん達も大分参っているみたいですし、お世話になっている身です。負担は掛けられません」

 僕の返答に、小父さんは頭を下げた。

「済まない。お父さんにはさっき電報を入れておいたから、二、三日中にはこちらへ連絡がある筈だ。勿論君は引き払う必要など無い。これからはアランの分まで私達に甘えるといい」

「ありがとうございます」

 礼を言いながら、僕はノートの下の心臓がキリキリ痛むのを感じた。


「じゃあ、また」「はい」バタン。「ふぅ……」


 ずるずるずる……溜息を吐きながら閉めた自室のドアに力無く凭れ、隠蔽した遺品を取り出した。

 耳を澄ませると、小父さんが息子の部屋を引っ掻き回す音が断続的に聞こえてくる。僕に応対した時とは違い、相当焦っているようだ。彼だけ一旦戻ったのも、恐らくここで事件の手掛かりを探すためだろう。矢張りジョウンさんの言う通り、現場で犯人に繋がる物は見つからなかったようだ。

(まさか僕が二つも隠しているなんて知ったら、きっと凄く怒るだろうな。でも)

 キュー先生は僕の大切な恩師だ。何としても助けたい。それにアラン先生は何故か両親を頼らず、一人で敵と対決する道を選んだ。大事な薬も、赤の他人の僕なんかに託して。その理由が素直に知りたかった。

 少し考え、ノートは家族アルバムの間に隠しておく事にした。キャリーを腕が入る程度に開け、手早く挟み込んで再ロックする。


(じゃあ、始めよう―――)


 まずは宇宙暦六百七十四年、去年の十一月一日。僕が亡き母の故郷、このラブレと言う街に降り立った日からだ。




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