11章 緊急職員会議―――六百七十五年・十月四日(六)
「―――現場の状況から、犯人は部屋にいたレイテッドさんに鍵を開けさせた可能性が高いです。その場に何故アンダースンさんがいたのかはまだ捜査中ですが、彼は誘拐を阻止しようとして反撃に遭ったと推定されます」
「犯人は顔見知り、と言う訳か……」
刑事の説明に応える、低いトーンの冷静な声。間違い無い。僕等二ーDの担任、数学教師のアダム・ベーレンス先生だ。
「そうとも限りませんよ。若い女性の一人暮らしでも、郵便や宅配業者に扮すればドアを開けさせる事は可能です」
「成程。それもそうか」
「しかしアパートの住民もですが、一応同僚の皆さん全員から個別にお話をお伺いしたいです。因みに理事長、先生達の中で特にお二人と親しかったのはどなたですか?」
どうやら中にいるのは年上の刑事らしい。若い方は小父さん達と一緒なのかな?
「そうですね……まずアンダースン先生は、誰とでも分け隔てなく付き合っていました。生憎担当教科が体育なので、他の先生方とは余り接点こそありませんでしたが。顧問をしている陸上部の生徒達からも、毎年大変慕われていたようです」
落ち着いた低音で丁寧に答えたのは、コンラッド・ベイトソン理事長。学園創設者であり、辣腕経営者と噂される男性だ。彼のお陰で、この学園には首都オルテカにも勝る最新設備が揃っている。色々な学校を転々としてきた僕から見ても、その通りトップレベルだと思う。ついでに言うと彼は、
「成程。では、彼のプライベートに詳しい人と言うと?」
「それなら、俺のクラスにいるハイネ・レヴィアタだろう。彼はアンダースン先生の家に下宿している。怪しい様子があったなら覚えているかもしれない」
「ああ……事件現場に現れたあの少年ですね。分かりました。被害者の御両親の話だと今日はアパートにいるそうなので、後で伺わせて頂きます。あと、陸上部の部長さんの住所を教えて頂けますか?」
「ええ」
「あの……生徒の家にも行くのですか?」
突然の司法機関の提案にやや怯えた声で問うたのは、保健医の木咲 桜先生だ。
「まだ彼等は子供です。いきなり恩師の死を知らされたら、きっと酷くショックを受けてしまう……」
「気持ちは分かりますが木咲先生、既に連絡網で回っている事です。それに殺人犯を捕まえるためには」
「理事長の言う通りですよ、木咲先生。こう言う事は早い方がいい」
社会教師も同意するが、生憎彼は三年生の受け持ちなので名前を知らなかった。
「……そう、ですね。済みません刑事さん、取り乱してしまって。何せ殺人事件なんて、初めての事ですから……」
「いえ、先生はまだ落ち着いている方ですよ。起こったのがことコロシとなると、証言を訊きに行っただけで殴られるのが日常茶飯事ですからね」
警察も大変だな、隣でロウが呟いた。
「では、レイテッド先生の親しい方は」
瞬間、職員室の雰囲気が一変した。それまでは協力的だった先生達の大多数が息を詰め、そこかしこでひそひそ話を始める。
知っているつもりだった。あんなに優しいキュー先生が、何処か避けられる存在である事実……でも、だからってこんな非常時まで!!
(それだけ『Dr.スカーレット』って人の影響力が……本当に何者なんだ?)
調べたいのは山々だけど、今はそれどころじゃない。後でジョウンさんに訊こうかな。不真面目そうにはしているけれど、さっき話そうとしていたからきっと詳しいのだろう。
「あの」
「……教師の中で一番話をしていたのは、多分私です」
軽い衣擦れの音。どうやら木咲先生が手を挙げたようだ。
「何度か食堂のランチに誘った事があります。尤も、昼休みは保健室が忙しい時間帯なので、中々予定が合わなくて」
「レイテッド先生はまだ新人でして、他の先生より出張研修も多かったんです。担当も音楽で、アンダースン先生と同じく他の先生方との接点も」
理事長先生が追加情報を出す。
「成程。では木咲先生には後で個人的にお伺いしましょう」
するとここで、担任が徐に溜息を吐いた。
「それぐらい、別に今訊いても構わんだろう?彼女は見ての通り気が弱い。強面の刑事と二人きりなんて、下手したら気絶しちまうぞ」
「ベーレンス先生……」
「分かりました。では木咲先生、レイテッド先生とはどのようなお話を?」
「主に話していたのは学園の事、でしょうか……彼女はここへ来てまだ二年目なので、色々分からない事があったようです」
確かに。初中高一貫教育で、校舎だけでも五棟。他にも運動場や中庭、体育館等の特殊施設を含めると凄まじい面積になる。現に僕も転校したばかりの頃はよく道に迷って、ロウや先生達に救助されたものだ。
「プライベートは?例えば彼氏がいたとか」
「いいえ……彼女、私生活の事は殆ど喋ってくれなくて。私の努力不足だとは思いますが……そちらの方面は多分、亡くなったアンダースン先生が一番詳しかったのではないでしょうか。彼とレイテッド先生は幼馴染で、家族ぐるみのお付き合いもあったみたいですから」
「被害者と、ですか。では、先程話にあったレヴィアタ君とも?」
「ええ。彼はレイテッド先生が顧問を務める声楽部の部員ですし、よく遅くまで練習していたようです。根が素直な子なので、きっと私達大人よりずっと話をしていると思います」
「そうですか……心苦しいですが、どちらにしろ彼に当たらなければならないようですね」
刑事が手帳を閉じると、もういいでしょう、担任が呆れた風に言う。
「我々の持っている情報は全て開示したつもりだ。用が無いなら一旦帰ってくれ。明日の全校集会、それに保護者説明会の準備もしないと」
「ベーレンス先生。刑事さんも仕事なんだ、そう無下に追い返さなくても」
理事長先生がやんわり諫めるも、彼は鼻を鳴らしただけだった。
「大体、今の説明だと犯人は十中八九押し込み強盗でしょう?若しくは―――『Dr.スカーレット』に恨みを持つ者の犯行だ」
「「「っ!!?」」」
え!?ど、どう言う意味だ?
「レイテッド先生は奴の姪にして、今や唯一の肉親。復讐者が命を狙っても全くおかしくない。―――だから言っただろう理事長?彼女は必ずトラブルを起こす、と。散々俺は反対したぞ。大量殺人犯の身内を受け入れるなんざ、正気の沙汰じゃないってな」
心底呆れた口調で言い放つ。
「アンダースン先生は、言わばとばっちりで死んだようなもんだ。可哀相に」
「ベーレンス先生、そんな言い方……!」
「まあまあお二人共、落ち着いて下さい。仮令仇討ちがが目的だったとしても、我々警察がやる事に変わりはありません。レイテッド先生を救出し、犯人には法の報いを受けさせます。絶対に」
仲裁に入った刑事は、そう言ってわざとらしく咳払い。
「ではお邪魔しました。また来ます」
「フン」
「ベーレンス先生!ああいえ、何時でもどうぞ。最大限協力させて頂きます」
硬い靴音は出口、つまりこちらへ真っ直ぐ近付いてきた。「ヤバ!?」慌てて僕等はドアの前を離れる。
ガチャッ。「あれ、ジョウンさん?」「しー。先に扉閉めてくれる?」「あ、はい」キィ、バタン。
刑事が僕に気付くと、ジョウンさんは閉じた扇子で一同を手招き。四人で職員室を離れ、特別教室棟への渡り廊下まで歩く。流石にここまでは先生達も見に来ないだろう。
「君は別の証言取っておいで。ハイネ君への質問は、餌付けた俺直々にやっとくから」
「え、餌付けたぁ?犬猫じゃあるまいし。と言うか、ずっとこの子達と盗み聞きしていたんですか?」
「いやぁ、それも実は上司命令でさー。パンピーに政府が調査しているなんて知られると無闇やたらに警戒されるから、なるべく情報収集はこっそりやって来いって言われたんだよ」
「またですか。随分細かい上ですね。うちの署長とは正反対の意味でやりにくそうです」
「ああ、おまけに人使いは滅茶苦茶荒いし、一日中椅子に踏ん反り返ってるしで最悪だよ。あ、ついでに美味いランチの店があったら教えてくれる?出来れば経費でしか食えないような馬鹿高いオムライスがいいんだけど、上司命令で」
それ、単に自分の食べたい物でしょう!?もしかしてジョウンさんの言う『上司』って、単に都合の悪い事を押し付ける身代わりなんじゃあ……。
「変な奴。帰るぞハイネ」手中のコンビニ袋を持ち上げ、「ミーコにミルクやってからバーガー屋行こうぜ。今日ばかりは奢ってやるからよ」
「ありがとう、ロウ」
財布の中身は余裕あるけれど、今日だけは素直に親友の好意に甘えさせてもらう事にした。




