15章 運命の出会い―――六百七十四年・十一月(二)
「ねえ僕、私が取ってあげようか?」
声の方に振り向き、その女性を視認した瞬間、僕は無意識に硬直した。
薄い色素の金髪を肩まで伸ばし、柔らかな光を讃えた紫色の目でこちらを眺める、二十代半ばの女性。その顔はとても綺麗に整っていて、思わずドキドキしてしまった。
桃色のワンピースをほっそりした身体に纏う彼女は、台の中を見ながら悪戯っぽく笑う。
「大きいのはちょっとコツがいるの。貸してみて」
「あ、はい」
レバーとボタンに手を置いた女性はチラッとだけ目標物を確認し、何の躊躇いも無くアームを動かし始めた。ずれている、と思ったのも束の間。まるで吸い込まれるように、あれ程融通の利かなかった機械の腕がするりと輪へ入った。そして安定飛行のまま取り出し口へ、
ポトッ、ガチャッ。「はい、どうぞ」
パンダのぬいぐるみを受け取って数秒間。ちょっと誇らしげな彼女の笑顔に、無意識に見惚れてしまっていた。
「ハイネおにーちゃん、それぼくのだよ?」
「あ、ああ御免。はい」
ようやく我に返り、少年に手渡す。
「やったー!いつもありがとね、キュー」
「どう致しまして。またママとはぐれたの、ジョシュア君?」
「うん。あ、でももうかえらなきゃ!ハイネおにーちゃんもありがと。またあそぼーね!」
無邪気に手を振りながら入口へ歩き出す少年に、僕も腕を振り返す。
「ジョシュア、気を付けて帰るんだよ!」
僕はぬいぐるみで足元が疎かになる事を注意したつもりだったが、彼は別の意味に取ったようだ。
「しんぱいしなくてだいじょーぶだよ。おにーちゃんとちがって、このまちはぼくのにわみたいなものだから!」「え?」「バイバーイ!!」
バタン!タッタッタッタ……硝子戸越しに人混みへ消えていく少年を見送る。
「あの子、まだお母さんを捜しているんだね……」
キューと呼ばれた女性が悲しげに呟く。
「私も何度か会っているけれど、一度もそれらしい女の人って見た事無いの。精神科に勤めている小母さんに話したら、それは多分……もう、亡くなっているんだろうって」
「!!?」
「きっとまだ小さいから理解出来ないの、ママが……何処にもいない事が」
「そんな……!」
僕にも母はいない。けれどその分、父が忙しい時間を縫って精一杯愛情を注いでくれた。ジョシュアの周りにはそんな人がいないのだろうか?
彼女はパッと顔を上げ、ごめんね、しんみりさせちゃって、と言った。
「いえ……僕今度会ったら、彼ともっと沢山遊んであげます」
「ありがとう。えっと、ハイネ君だっけ?あれ……あー!!」
突然叫び出した女性は、あたふたと両手を交互に振り回す。
「も、もしかして君がハイネ・レヴィアタ君!?今度小母さん達の所に下宿する!!?」
「え、ええ。お知り合いですか?」
僕の質問に、彼女は複雑な表情をし、顎に人差し指を当てた。
「知り合いと言うか、保護者で……恩人なの。私が今こうして元気でいられるのも、全部小母さん達のお陰……」
何故だろう。恩義を感じていると言っているのに、僕にはその横顔が泣いているように見えた。
「じゃあ、あなたもアンダースンさん達と一緒に生活を?」
「ううん。近所だけど、私は三区画離れたメゾンラブレってアパートに暮らしているわ。高等部からだから、もう十年近く一人暮らしかな?」
そこでパッ!彼女は突然口元を押さえた。随分ジェスチャーの豊かな人だ。しかも全部愛らしくて、見ていてちっとも飽きない。
「あ、ごめんなさい。長旅で疲れている子に、こんな所で立ち話は無いよね。じゃあ行こっか」
「え、宜しいんですか?」
「子供は遠慮なんてしなくていいの。それに私、こう見えて明日からハイネ君の通う学校の先生なんだよ。先生が生徒を助けるのは当然でしょ?」
そう告げる、彼女は日焼けの無い真っ白な右手を差し出した。
「―――私はキュクロス・レイテッド。キュー先生って呼んでね。これから宜しく、ハイネ君」




