Zeit(3)
なろう様から撤退した番外編集『ある貴族の肖像』から転載。
【後日談】
書き下ろし。ほのぼの。
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カーシェン視点のテーゼとメーウィア。付き合い始めのカップルみたいな二人。カーシェンについてはZeit(1)を参照。
※本編読了済み推奨。
当家の奥様はとても美しい。貴族の女性は肌が白く化粧が上手いので、土台がよほど酷くなければまあみんな美人に見える。そういった五十歩百歩の美しさを圧倒する美貌が奥様にはあった。外見が優れているだけでなく、ゆったりとした所作や品のある声音、醸し出す育ちの良さが美しさをさらに完成度の高いものへと作り上げている。
なにが言いたいのかというと、奥様はモテる。妊婦であるにも関わらず出会った貴族の目をことごとく奪い、話題をかっさらっていく。そして奥様は世間知らずなので、下心を持って近寄ってくる輩を社交的にとはいえ受け入れてしまう。贈り物(奥様の気を引くための貢ぎ物だ)を受け取るだけでなく、律儀にお返事してしまう。奥様の愛人の座を狙っているとも知らずに丁寧にお礼を述べるのだ。
やっべー。
俺は思った。
ところで俺はツァイト家の使用人だ。当主の専属として働いている。使用人だから、雇い主の恋愛関係に口を出すつもりは毛頭ない。なにがやばいのかというと、当主が奥様の美貌をいまいち理解していないところだ。当主が考えているのは恐らくこうだ。
妻の美しさは努力の末に手に入れたのではなく、生まれ持ったものだ。当たり前に備わっているものをどうこう言う必要も必然性もない。
俺の推論を裏づけるかのごとく当主は奥様の美貌を褒めたことが俺の知る限りは一度もない。流麗な身のこなしには一目置いているが、美貌に関しては完全無視だ。奥様が当主の気を引くためにどんなに着飾ってもまるで効果なし。土台が綺麗なのだから着飾れば当然綺麗だろうってな感じで一瞥して終わり。はっきり言って、奥様が可哀想である。
だからやばいのだ。当主はまさか、奥様がこれほどまでにモテるとは思っていなかっただろう。花の女王マルグレットにたとえられるほどの奥様の美貌をなめている。仕事に没頭して奥様を放置していれば、他の男に手を出されても仕方がないというのに。
まかり間違ってもそのようなことが起きてはならない。
繰り返すが俺は使用人だ。奥様が余所で愛人を作ろうがどうでも良いし、貴族なら誰でもやっていることだ。
だが、俺は当主の専属使用人だ。当主が奥様を愛していることを知っている。当主の機嫌が悪くなると非常に仕事がやりにくい。
つまり奥様が他の男から贈り物を受け取っていることがバレるとまずいのだ。しかし、下手に隠してバレた場合はもっとまずいので報告はする。あと、奥様に釘も刺しておかなければならない。
「贈り物を受け取ってはならない? なぜです。せっかく贈って頂いたものを突き返すだなんて……」
「当主が知ったら面白くないと思いますよ」
「……このようなことで嫉妬なさるとは思いませんが。ですが、そんな形でも当主の気が引けるというのなら願ってもないことです」
あー。当主があまりにも奥様を放置して着飾っても褒めないものだから拗ねちゃったよ。面倒くせえええ。
「もうちょっと奥様のこと管理なさった方が良いんじゃないですかね。束縛とまではいかなくても、奥様に手を出したらタダじゃおかないぞっていう空気は出しといた方が良いと思いますよ」
奥様宛に送られた荷物の差出人を一覧にまとめて(こういうのをやってしまう性分の俺である)当主に提出する。
「馬鹿な女だ。いちいち受け取っているのか」
ごもっともです。
「お前に任せる。余計なことに関わっている暇はない」
「いやいやいや。夜、寝室で他の男からの贈り物は受け取るなって言えば済む話じゃないですか。当主が仰れば奥様は喜んで従いますよ」
「まるで俺が嫉妬しているみたいな言い方だな」
思いっきりしてますよね。
「好きにやらせておけ。問題があったら知らせろ」
素直じゃねえええ。なんなのこの両片想いっぷりは。なんで俺、二人の間で右往左往しなきゃいけないんだよ。
「お前が好きだ! 愛している! だから他の男からの品を受け取らないでくれ!」
「カーシェン、気が触れたのですか」
突然叫び出した俺に奥様の冷ややかなつっこみが入った。
「いえ……ただの発声練習です」
一言で解決する話だろ。まじで。使用人の心、主知らず。
「奥様! とにかく他の男から物もらっちゃダメです! 当主は一度も奥様以外の女から受け取ってませんよ!」
「それは本当なのですか」
「本当です!!」
やっと奥様の顔色が変わった。ぶっちゃけ当主に贈り物するような物好きな女は奥様しかいないけど。
「ですが当主は私が差し上げた鞄は受け取って下さいましたが、私にはなにもして下さらない……鞄も、喜んで下さったのかどうか」
「毎日愛用されてますけど。壊れたらたぶん修復してでも使うんじゃないですかね」
なにしろ当主が稼いだ金ではなく、奥様が結婚前に貯めていた分で購入した品だ(ツァイト家の金は俺が管理しているので動かせばすぐに分かる)プリアベル家が奥様に用意していた持参金はとある事情で非常に少なく、ツァイト家から見ればはした金に過ぎなかったので当主は奥様に持たせていた。その金だ。俺から報告を受けた際の当主はすこぶるご機嫌で俺の仕事量が倍に増えた。ちなみに機嫌が悪いとやりにくいので苦労が五倍である。中庸って言葉、知ってる?
「信じられません。ではなぜ当主は私がお願いした物しか与えて下さらないのでしょうか」
てゆーか欲しい物買ってもらってんだからいーじゃん。当主も奥様におねだりされてまんざらでもなさそうだよ? 当主には女に物を贈る習性が備わってないの知ってるでしょ? ダメなの? ねえダメなの? だいたい奥様は結婚当時、寂れまくったプリアベル家を経済的に援助して欲しいという壮大なおねだりでツァイト家の財政管理を取り仕切っている俺を震撼させた。それでもまだ足りないっていうの?
「当主、奥様に鞄のお礼はしましたか? してませんよね? 素敵な品を贈ってあげましょう!」
俺は自分の仕事を円滑に進めたいがために奥様の希望を当主に進言した。伝言ゲームかよ。
「またなにか欲しがっているのか」
奥様からの直接のおねだりじゃないせいか面白くなさそうだ。
「いえなにも。そうじゃなくて、当主が奥様に似合いそうな品を見繕って贈るんです。当主も奥様から鞄もらって嬉しかったでしょ!」
「……俺が贈らなくてもあいつは毎日他の男から受け取っているだろう」
うぜえ。この両片想い夫婦、超うぜええええ。
「確かに奥様は服とか宝石とかもらいまくってます。でも一つとして使ってないのは俺の報告でご存知でしょーが!」
幸いにも奥様は底抜けの馬鹿ではなかったので、四人いる義姉にすべて横流ししていた。義姉がとても喜んでくれたので私も嬉しいですと返されては野郎共も悪い気はしない。あいつらは奥様と文通出来る機会まで失いたくないのだ(侍女の代筆だが)
「奥様は! 当主からもらいたがってるんです! なんでも良いから!」
「なんでも良いのか?」
「こ、心! 心がこもっていれば!」
花嫁選びが行われていた当時、奥様にわけの分からん本を贈って幻滅させていたとコアから聞いていた俺は慌てて言い直した。
「おい。もうこれ以上は受け取るな。際限がなくなる」
数日後、ようやく当主が重い腰を上げた。やると決めたからには当主に躊躇いはない。
「俺に命じられたと言ってやれ。それで大人しくなる」
「……はい」
奥様は少し驚いていたが、頬を染めて素直に頷いた。
「それから明日は一日空けておけ。所用でノエンナ領に行く」
「……あの?」
きょとんとした反応を返されて当主は少し不機嫌になった。
「お前もついて来いと言っている。不満か」
「! いいえ。よろしいのですか? お仕事の邪魔にはなりませんか」
「先日ノエンナ領で珍しい鉱石が発掘された。現段階では流通させるほどの量はなく領主が管理しているそうだ。今回、友好の誼で一部を譲っても良いという案内が来ている。職人に任せれば好きな装飾品を作れるだろう。興味はあるか?」
「あります……!」
奥様は大喜びだ。美人の破顔は威力がすごい。当主は眉一つ動かさなかったが、奥様の喜びようを見てほっとしているのが俺には見てとれた。目の不自由な妻がどういった物を欲しがるのか分からなかったのだろう。不必要な借りを作るのを嫌ってポイ捨てしていた招待状をゴミ箱ひっくり返して探し出したのはもちろん俺だ。
「あなた、嬉しいです。とても……」
外出に誘われた奥様は一気にデレた。お互いにベタ惚れなのだからこれが普通の反応だろう。なぜ無意味にこじれるんだあんたら。
俺は当主の専属使用人だ。専属使用人とは与えられた仕事を黙々とこなしているだけでは務まらない。常に主人の顔色を伺い、主人の望みを瞬時に察知し、たとえ鬱陶しがられても主人が満足する結果を導くように尽力しなければならないのだ。俺、偉い。
【終】




