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その爵位、剥奪する。~無能と蔑まれて追放された荷物持ち、実はお忍びで巡察中の最強皇太子でした~  作者: Pemo


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09_邪神復活

祭壇の背後に生まれた亀裂から、声とも咆哮ともつかない振動が響いた。


祭祀場の石壁が揺れる。


捕らわれた人々の影から伸びた黒い光が、祭壇を通って亀裂へ流れ込んでいく。


ヴィクトールは、邪神を完全に呼び出すつもりだ。


「ケルベール。ニーナ」


テオドリックの呼びかけに、二人の近衛が前へ出た。


「御意」


「はい」


ケルベールが巨大な両手剣を振り上げる。


ニーナが、拳銃のように後ろへ曲がった柄を持つ細身の直剣を抜く。


二人は同時に剣を地面へ突き立てた。


テオドリックは、受け継いだ皇統の言葉を唱える。


「二剣を門に、我が血を鍵に。皇統よ、白金の証をここに――《皇装》」


白金の光が祭祀場を満たした。


黒髪と黒い瞳を覆っていた擬装がほどけていく。


現れたのは、光を受けて輝く金髪と、深い翡翠色の瞳。


本来の顔立ちと声、そして皇族としての威圧感が戻る。


白金の鎧が全身を包み、マントの上へ皇統紋章が浮かび上がった。


ケルベールの左腕には、白金のカイトシールドが現れる。


床から引き抜いた大剣を、右手一本で構えた。


ニーナの両眼では、人工聖痕が皇装の力を受けて安定する。


濁りのない光が瞳に宿り、祭祀場を巡るすべての魔力を見通した。


壁際に控えていた侯爵家の兵たちが、皇統紋章を見て動きを止める。


「皇太子……」


誰かが、震える声でつぶやいた。


それでもヴィクトールは笑っていた。


だが、白金の鎧を見た一瞬だけ、その赤い瞳に警戒が走った。


ヴィクトールはテオドリックの全身を見定める。


やがて、何かを確かめたように笑みを戻した。


「なるほど。まだ、天高く舞えぬ雛か」


ヴィクトールが指を鳴らした。


動きを止めていた兵たちの身体が、大きく反り返る。


肌が青白く変わり、口元から牙が伸びた。


人間として仕えていた兵ではない。


最初からヴィクトールの血を与えられた眷属だった。


「儀式が終わるまで、その三人を止めろ」


眷属たちが一斉に襲いかかる。


先頭の一体が、拘束された民を踏み越えようとした。


ケルベールのカイトシールドが、その身体を正面から受け止める。


骨の砕ける音とともに、眷属が後方へ弾き飛ばされた。


続けて振るわれた大剣が、押し寄せる一団をまとめて薙ぎ払う。


「道を開く」


ケルベールが一歩進む。


左の盾で民を守り、右手一本で振るう大剣によって、祭壇まで続く道をこじ開けていく。


ニーナは直剣を銃身のように構えた。


剣先から白い魔力が連続して放たれる。


ケルベールの横を抜けようとした眷属。


天井から飛びかかろうとした眷属。


人質へ爪を伸ばした眷属。


一発ごとに正確に撃ち抜かれ、黒い石床へ落ちていく。


テオドリックは二人の間を進んだ。


祭壇から黒い炎が放たれる。


片手剣を横へ走らせると、炎は正面から二つに断たれた。


床から突き出した黒い槍も、剣を返す一動作でまとめて切り落とす。


ヴィクトールが赤い目を細めた。


「皇装を得れば、私へ届くとでも思ったか」


祭壇へ吸い込まれる黒い光が、さらに勢いを増した。


亀裂が上下へ広がっていく。


その向こう側から、巨大な影がこちらの世界へ身体を押し込もうとしていた。


まだ輪郭さえ定まっていない。


それでも影が動くたび、祭祀場全体へ重い邪気が降りかかる。


「殿下」


ニーナの両眼が、祭壇と亀裂を結ぶ魔力を追う。


「祭壇が門を固定しています。ですが、周囲の術式が幾重にも重なっていて、中枢が隠されています」


「見つけられる?」


「必ず」


ニーナは短く答え、再び直剣を構えた。


ヴィクトールの視線が、その両眼へ向く。


「被験体二十七番」


ニーナの剣先が、わずかに止まった。


「お前の中にあった《邪神の残光》が見えぬ」


ヴィクトールは、彼女自身ではなく、その身体の内側だけを見ていた。


「どこへやった?」


ニーナは直剣を下ろさなかった。


黒い髪の間から見える両眼が、ヴィクトールをまっすぐ捉える。


「私は、被験体二十七番ではありません」


声は震えていなかった。


「私の名はニーナ。テオドリック殿下の近衛です」


ニーナが剣先をヴィクトールへ向ける。


「殿下の目となることを、自分で選びました」


その言葉は、ヴィクトールへ許しや理解を求めるものではない。


過去に番号で呼ばれた自分と、今ここに立つ自分を分ける宣言だった。


だが、ヴィクトールは何の反応も示さなかった。


ニーナという名にも、近衛としての現在にも興味を持たない。


「残光をどうしたと聞いている」


ただ、それだけを問い返した。


ニーナの表情は変わらない。


代わりに、テオドリックが答えた。


「《白金皇装》が消した」


ヴィクトールの笑みが消えた。


「消した?」


「彼女を飲み込もうとしていた残光は、もう存在しない」


「貴様……」


ヴィクトールの赤い瞳が、初めて怒りに染まる。


それはニーナを奪われた怒りではない。


彼女の中に残っていたはずの力を失ったことへの怒りだった。


「邪神の御力を、消したと言うのか!」


ヴィクトールが祭壇へ両手を叩きつけた。


流れ出した血が術式を満たす。


捕らわれた人々の身体が一斉に跳ね、影からさらに多くの黒い光が引き出された。


「やめろ!」


テオドリックが踏み込む。


祭壇との間へ、眷属の群れが割って入った。


「押し通る!」


ケルベールがカイトシールドを突き出す。


白金の盾が眷属の群れへ食い込み、正面から押し崩した。


右手の大剣が振り下ろされ、最後まで道を塞いでいた二体が左右へ吹き飛ぶ。


「殿下!」


ニーナの聖痕が強く輝いた。


祭壇を覆っていた黒い魔力の一部を両眼で捉え、直剣へ吸収する。


剣先に集めた魔力を、白い一発へ変えて撃ち返した。


祭壇の中央で、黒い光の膜が砕ける。


その奥に、血で満たされた中枢が露出した。


「祭壇の中央です。あの血の核が、背後の亀裂を固定しています!」


テオドリックは片手剣を上段へ構えた。


ヴィクトールが両腕を広げる。


「もう遅い! 御身はすでに、この世界へ――」


テオドリックが剣を振り下ろした。


白金の一閃が、祭壇を中央から断ち割る。


石も、血の核も、積み重ねられた術式も、刃の前では何の抵抗にもならなかった。


一閃は祭壇を抜け、その背後に開いていた亀裂まで到達する。


世界に刻まれた黒い裂け目へ、白い亀裂が走った。


向こう側から伸びていた巨大な影が止まる。


完全な姿を得るより早く、邪神へ通じる亀裂が内側から砕け散った。


祭祀場へ押し込まれていた邪気が、行き場を失って逆流する。


祭壇が崩れ落ちた。


黒い光に捕らわれていた人々の影が解放され、その身体も静かに床へ戻る。


「そんな……」


ヴィクトールが、崩れた祭壇を見つめた。


邪神の完全復活は阻止された。


だが、砕けた亀裂から、無数の黒い光が噴き出していた。


この世界へ入り込みかけていた《邪神の残光》だった。


光は主を失い、祭祀場の中を荒れ狂う。


ヴィクトールの表情が変わった。


怒りが消え、代わりに異様な歓喜が浮かぶ。


「ならば――私が受けよう」


ヴィクトールが口を大きく開いた。


荒れ狂っていた《邪神の残光》が、一斉にその身体へ吸い込まれていく。


「止めます!」


ニーナが魔力を放つ。


白い一撃はヴィクトールの胸を貫いた。


だが、開いた穴は黒い光に満たされ、瞬く間に塞がった。


ヴィクトールの身体が膨れ上がる。


骨が軋み、腕も脚も人間のものではない太さへ変わっていく。


赤い瞳が幾倍にも大きくなり、口元から伸びた牙が剥き出しになる。


残光を取り込むたびに、その姿は巨大な吸血鬼へ近づいていった。


最後の一片まで吸収すると、ヴィクトールは天井へ届くほどの巨体を起こした。


すでに帝国侯爵の面影はない。


それでも、赤い瞳にはヴィクトール自身の意思が残っている。


巨大な口が笑みを作った。


「邪神を退けた程度で、勝ったつもりか」


声だけで、祭祀場の壁に亀裂が入る。


「私は人の世では侯爵。悪魔界においては伯爵位を持つ《悪魔伯爵》」


ヴィクトールは、白金の鎧をまとったテオドリックを見下ろした。


「人の皇太子に、悪魔界の伯爵は裁けぬ」


お読みいただきありがとうございます。

全10話予定のテンプレもりもり実験作です。面白いと思っていただいたらブックマークよろしくお願いします。いっぱいいただけると続編出すかも?

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