08_ヴィクトール・ノクス侯爵
血印の主の名が明らかになったことで、三つの事件は一人の男へ収束した。
オズワルド子爵が、見習い冒険者を教団へ売り渡した記録。
ドミニク男爵が、住民から奪った金を教団へ送った記録。
そして、古い礼拝堂へ冒険者を集め、生きたまま捕らえるよう命じたヴィクトール・ノクス侯爵の血印。
三つの記録は、教団印と資金の流れによって途切れることなくつながっている。
テオドリックたちは、ヴィクトールへ逃亡と証拠隠滅の時間を与えないため、そのまま侯爵邸へ向かった。
墓域を離れる頃には白金の光は収まり、テオドリックは再び黒髪と黒い瞳の擬装へ戻っている。
だが、今度は身分を隠して調査するために来たのではない。
門番へ皇太子の来訪を告げると、侯爵邸の門は不自然なほど早く開いた。
取り次ぎを待たされることもなかった。
「お待ちしておりました、テオドリック殿下」
応接室で待っていたヴィクトールは、深く一礼した。
それは、正確で隙のない、帝国侯爵としての礼だった。
「長旅の直後とお見受けします。まずはお掛けになり、お茶でもいかがですかな」
「余は客として来たのではない」
「そのようですね」
ヴィクトールは穏やかに答えた。
テオドリックは椅子へ座らなかった。
ケルベールが扉の前へ立ち、ニーナが卓上へ三つの記録を並べる。
「オズワルド・グラーデン子爵邸から押収した、奴隷の売却記録です」
ニーナが最初の帳簿を開いた。
「売却された者を教団が受領したことと、その対価が記されています」
ヴィクトールは帳簿へ目を落とした。
眉一つ動かさない。
二つ目は、ドミニク・バルガス男爵の裏帳簿だった。
「住民から不当に徴収した金が、同じ教団印を持つ相手へ送られています」
最後に、血で封じられた命令書を置く。
「礼拝堂で確保した命令書です。血印は、ヴィクトール・ノクス侯爵。あなたのものと一致しました」
ヴィクトールは、三つの証拠を順に見た。
「よく、お調べになりましたな」
否定も、弁解もしなかった。
「奴隷売買。不正徴税による資金供与。礼拝堂へ冒険者を集め、生きたまま捕らえるよう命じたこと。すべて、貴様へつながっている」
テオドリックの言葉にも、ヴィクトールの表情は変わらない。
「教団の首領は、貴様だな」
その視線が、初めてニーナへ向いた。
「被験体二十七番」
名前ではなかった。
ヴィクトールは、ニーナの黒い髪にも、近衛としてまとう装備にも目を留めない。
ただ、その両眼の奥にある人工聖痕だけを観察していた。
「ええ。被験体二十七番は、かなり良好な結果を残しました」
ニーナは卓上へ置いた手を動かさなかった。
「人工聖痕実験の責任者は、あなたですね」
「責任者、という呼び方は間違っておりません」
ヴィクトールは、研究成果を語るように答えた。
「もっとも、二十七番だけを覚えていたわけではない。使える結果を残した個体の記録が、頭に残っていただけです」
ケルベールの手が大剣の柄へかかる。
ヴィクトールは気に留めなかった。
「見習い冒険者を集めたのも、聖痕へ適合する者を選び出すためか」
「そのとおりです、殿下」
「適合しなかった者はどうした」
「結果を残さなかった個体の行く末まで、いちいち記録してはおりません」
テオドリックの瞳が冷える。
ヴィクトールは、そこで初めて薄く笑った。
「教団の者たちは、邪神復活のために人を集めていると思っていた。間違いではありません。ですが、それだけではない」
ヴィクトールは卓上の教団印を指でなぞる。
「各地で人を集め、人工聖痕へ耐えられる適合者を見つけ出す。そして、適合しなかった者にも《邪神の残光》を触れさせ、その力を人の世へ広げる」
「人を、残光を運ぶ器として使ったのですね」
ニーナの声は平静だった。
「器になれたのなら、それだけでも価値はあるでしょう」
ヴィクトールにとって、彼女の問いは罪を突きつけるものではなかった。
実験の手順を確認する声にしか聞こえていない。
「貴様が認めた罪も、命令系統も、すべて記録する」
テオドリックは一歩進んだ。
「邪神復活の企てを止め、捕らえた民を解放する。その後、皇帝陛下より預かった巡察大権に基づき、貴様を裁く」
「止める?」
ヴィクトールの笑みが、わずかに深くなった。
「殿下は、私がこれから始めると思っておられる」
床の下から、重い音が響いた。
応接室の壁に埋め込まれていた燭台の火が、すべて黒く染まる。
ケルベールが大剣を抜いた。
ニーナも直剣の柄へ手をかけ、床を流れ始めた魔力を両眼で追う。
「地下です。すでに大規模な術式が動いています」
ヴィクトールは、隠す必要を失ったように背を向けた。
応接室の奥で石壁が左右へ開き、地下へ続く階段が現れる。
「証拠をそろえた褒美です。殿下には、完成の瞬間をご覧いただきましょう」
三人はヴィクトールを追って階段を下りた。
逃がすつもりはない。
階段の先には、侯爵邸の広さからは想像できない地下祭祀場が広がっていた。
黒い石で組まれた祭壇。
床と壁を埋め尽くす術式。
壁際には何十人もの人々が鎖につながれ、その影から黒い光を抜き取られている。
意識を失った者もいる。
かすかに助けを求める声も聞こえた。
テオドリックは、祭壇ではなく、まず捕らわれた人々を見た。
「ニーナ、生存者を確認して」
「はい。全員、生きています。ですが儀式が続けば――」
「続けさせない」
ヴィクトールが祭壇の前へ立った。
「人の皇太子よ。よく見ておくがいい」
両手を広げると、床の術式が一斉に黒く輝いた。
捕らわれた人々の影から、さらに強く黒い光が引き出される。
「この世界は、まもなく真なる主を迎える」
ヴィクトールの瞳が、血のような赤へ変わった。
白い牙が口元から伸びる。
人の姿を保っていた皮膚の下を黒い力が走り、両手の爪が長く鋭く変わっていく。
穏やかな侯爵の顔に残っていたものが消えた。
現れたのは、人の血を糧とする吸血鬼だった。
祭壇の背後に、黒い亀裂が開く。
その向こう側から、巨大な何かがこちらの世界を覗き込んだ。
ヴィクトールは赤い瞳で三人を見渡す。
「人の世における侯爵位など、私が持つ地位の一つにすぎぬ」
黒い力が外套のように広がった。
「悪魔界において、私へ与えられた位は伯爵」
ヴィクトールは、剥き出しになった牙を見せて笑った。
「我こそは――《悪魔伯爵》ヴィクトール・ノクスである」
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全10話予定のテンプレもりもり実験作です。面白いと思っていただいたらブックマークよろしくお願いします。いっぱいいただけると続編出すかも?




