07_余を誰だと心得る
「殿下とは、どういうことだ」
盾の男が、地下への階段を前にしたテオドリックへ尋ねた。
ほかの冒険者たちも、答えを待っている。
テオドリックは身分を説明しなかった。
階段の下から響く祈りは、少しずつ大きくなっている。何者かが儀式を進めているなら、問答をしている時間はない。
「動ける人は、負傷者を外へ運んでください」
「だが、下にはまだ――」
「僕たちが行きます。皆さんは、負傷者を守ってください」
有無を言わせない声に、盾の男は口を閉ざした。
ケルベールが先頭に立ち、地下への階段を下りていく。
テオドリック、ニーナが続いた。
背後では、元攻略隊の者たちが倒れた仲間を抱き起こしている。
今度は、誰も置き去りにはしなかった。
◇
階段の先には、古い墓所が広がっていた。
壁の左右に石棺が並び、その間を黒い蝋燭の火が照らしている。
最奥には、地の底まで続いているような亀裂があった。
黒い祭服をまとった者たちが、その亀裂を囲んで祈りを捧げている。
中央に立つ男だけは、ほかの者より装飾の多い祭服を着ていた。
「儀式を止めてください」
テオドリックの声に、祈りが途切れた。
教団の者たちが一斉に振り返る。
中央の男は、テオドリックの黒髪と冒険者姿を見て、露骨に顔をしかめた。
「選別を邪魔した小僧か」
「地上の討伐依頼も、強化された魔物も、あなたたちが用意したものですね」
「だったら何だ」
男は隠そうともしなかった。
「高い金を見せれば、腕自慢が自分から集まってくる。魔物に勝てぬ者は餌に、勝てる者は生かしたまま捕らえる。実に効率がいい」
「捕らえた人たちを、どうするつもりですか」
「貴様が知る必要はない」
男が片手を上げると、祭服の者たちが武器を抜いた。
短剣や杖には、黒い魔力がまとわりついている。
「三人とも捕らえろ。地上の連中も、あとで残らず回収する」
ケルベールが巨大な両手剣を構えた。
ニーナは、後ろへ緩く曲がった柄を握り、細身の直剣を引き抜く。
最初の魔法が放たれるより早く、彼女の剣先から光が走った。
杖に集まっていた魔力だけが撃ち抜かれ、黒い火が術者の手元で霧散する。
ケルベールの大剣が横へ払われた。
前へ出た者たちの短剣がまとめて砕け、持ち主だけが床へ転がされる。
テオドリックは、二人の間を抜けた教団員の刃を片手剣で受けた。
刃を滑らせ、短剣を根元から断つ。
返した柄で胸を打つと、相手は声もなく崩れ落ちた。
「ニーナ。証拠を」
「はい」
彼女は交戦の隙を抜け、墓所の脇へ走った。
中央の男が守るように立っていた机には、依頼書や支払記録が積まれている。
ニーナは教団員の投げた短剣を身を沈めてかわし、机の上へ片手をついた。
並んだ書類を一目で選り分ける。
「討伐依頼の発注書、報酬の受領書、捕獲した者の記録を確認しました」
最後に、木箱の底から封書を取り出す。
封は、黒く乾いた血で押されていた。
「命令書です。教団印ではなく、個人を特定する血印で封じられています」
中央の男の顔色が変わった。
「それに触れるな!」
男の指先に黒い炎が灯る。
命令書ごと焼くつもりで、ニーナへ投げつけた。
テオドリックの剣が閃く。
黒い炎は正面から二つに断たれ、命令書へ届く前に消えた。
「証拠は確保しました」
テオドリックの声から、穏やかさが消える。
「帝国の民を餌として誘い込み、魔物に襲わせ、生き残った者まで捕らえようとした。余の目前で、これ以上の加害は許さぬ」
「余……?」
男が目を見開く。
テオドリックは二人の近衛を呼んだ。
「ケルベール。ニーナ」
「御意」
「はい」
二人が同時に剣を地面へ突き立てる。
巨大な両手剣と、後ろへ緩く曲がった柄を持つ細身の直剣が墓所の石床を穿った。
二つの金属音が一つに重なる。
テオドリックが皇統の言葉を唱えた。
「二剣を門に、我が血を鍵に。皇統よ、白金の証をここに――《皇装》」
白金の光が、地下墓所の闇を消し去った。
黒髪と黒い瞳を覆っていた擬装がほどけていく。
現れたのは、光を受けて輝く金髪と、吸い込まれそうな深い翡翠色の瞳。
顔立ちも、声も、そこに立つ者の気配さえも、本来のものへ戻る。
荘厳たるオーラが辺りを包んだ。
白金の輝きがテオドリックの身体を覆い、鎧となって顕現する。
背に翻るマントには、皇統紋章が浮かび上がった。
ケルベールの左腕へ、白金のカイトシールドが現れる。床から抜いた大剣を、右手一本で構えた。
ニーナの両眼では、人工聖痕が皇装の力を受けて安定する。
澄んだ光を宿した瞳が、墓所に流れる魔力のすべてを見通した。
教団員の一人が、武器を落とした。
「皇統紋章……」
中央の男の膝が崩れる。
「皇太子……殿下……」
先ほどまで小僧と呼んでいた相手が、帝国の正統な継承者だと理解したのだ。
男は床へ両手をつき、その場にうずくまった。
「武器を捨てよ」
テオドリックの声が墓所を震わせる。
「投降する者には、正式な裁きを受けさせる」
教団員たちの多くが、短剣や杖を床へ置いた。
それでも数人が、逃げるように亀裂へ向かう。
「逃がすな!」
中央の男が顔を上げ、叫んだ。
「皇太子を殺せ! 死者の王を目覚めさせろ!」
亀裂の底から、冷気が噴き上がった。
逃げようとしていた教団員たちが足を止める。
祈りの輪にたまっていた黒い魔力が、すべて亀裂へ吸い込まれていく。
深い闇の中から、骨だけの腕が伸びた。
腐食した法衣をまとい、青白い光を両眼に宿した死者が、ゆっくりと姿を現す。
リッチだった。
中央の男の顔に、歓喜が浮かぶ。
「おお……我らの祈りに、お応えくださった……!」
男は亀裂へ両腕を伸ばした。
リッチの骨の指が、その身体をつかむ。
「な、何を……私は、あなたを目覚めさせた者――」
男の声が途中で途切れた。
祭服の内側から、黒い魔力が引きずり出される。
血も、肉も、蓄えていた力も、すべてが渦となってリッチの胸へ吸い込まれていった。
男の身体が消える。
代わりに、リッチの骨格が大きく膨れ上がった。
腐食した法衣は夜のような外套へ変わり、頭上には骨と邪気で作られた王冠が浮かぶ。
「リッチが、教団の男を取り込んでいます」
ニーナの聖痕が光を増した。
「魔力が別物へ変わる――リッチキングになります!」
リッチキングが両腕を広げた。
黒い衝撃が地下墓所から一気に解き放たれる。
「伏せろ!」
ケルベールが白金のカイトシールドを掲げた。
砕け落ちる天井を盾で受け止め、ニーナと投降した者たちをかばう。
テオドリックは頭上へ剣を振るった。
白金の一閃が、落ちてくる石壁を左右へ断つ。
次の瞬間、礼拝堂そのものが内側から吹き飛んだ。
◇
夜の墓域へ、石と木片が雨のように降り注いだ。
地上へ避難していた冒険者たちは、負傷者をかばいながら身を伏せている。
崩れた礼拝堂の中央に、巨大な影が立ち上がった。
リッチキングが骨の杖を掲げる。
「眠れる死者よ。王の命に従え」
墓域の土が、一斉に盛り上がった。
無数の白い腕が地面を突き破る。
朽ちた剣を持つスケルトン。
錆びた鎧に身を包んだスケルトンナイト。
敵味方を問わず弔われていた建国前の死者たちが、次々と墓を破って立ち上がる。
墓域を埋め尽くすほどの軍勢だった。
「逃げ道は開いている! 走れる奴から丘を下りろ!」
冒険者の一人が叫んだ。
だが、盾の男は動かなかった。
傷ついた腕を押さえながら、負傷者とスケルトンの間へ立つ。
無事なほうの手で剣を握り、仲間たちを振り返った。
「動ける奴は前へ出ろ! 負傷者を囲め!」
冒険者たちが、次々と剣や弓を手に立ち上がる。
「やれること、やるべきことをやるぞ!」
負傷者を囲み、外側へ武器を向ける。
あのときテオドリックを置き去りにした男が、今度は逃げずに仲間の前へ立っていた。
ケルベールが、その陣の正面へ踏み込む。
白金のカイトシールドがスケルトンナイトの大剣を受け止め、右手一本で振るった大剣が、押し寄せる一団をまとめて弾き返した。
ニーナは直剣を銃身のように構えた。
剣先から白い魔力が連続して放たれ、冒険者たちの死角へ回り込むスケルトンを撃ち抜いていく。
それでも、死者の軍勢は止まらない。
砕かれた骨が黒い邪気に引かれ、再び組み上がっていく。
「無駄だ」
リッチキングの声が、墓域全体から響いた。
「ここに眠る死者は、すべて我が兵。我こそ、死者を統べる王である」
テオドリックの耳へ、別の声が届いた。
最初は、風が墓標の間を抜ける音に聞こえた。
やがて、それが無数の声だと分かる。
――もう戦いたくない。
――この剣は、我らの意思ではない。
――敵も味方もなく、ここで眠ったはずだった。
リッチキングの命令に縛られた死者たちの声だった。
テオドリックは、手にしていた剣を鞘へ収めた。
その姿を見て、リッチキングが笑う。
「人の皇子よ、死者の軍勢に恐れをなしたか」
テオドリックは答えなかった。
鞘と鍔を打ち鳴らす。
澄んだ音が、一度だけ墓域へ響いた。
足元から、白金の光が同心円状に広がっていく。
最初の光がスケルトンたちを通り抜けた。
骨をつないでいた黒い邪気が、糸のように断ち切られる。
二つ目の光が墓標を越える。
スケルトンとスケルトンナイトは武器を落とし、静かに膝をついた。
三つ目の光が墓域の端まで届いた。
白骨の身体から、淡く透き通る人の姿が立ち上がる。
古い時代の鎧をまとった兵士たち。
建国王とともに戦った者も、彼に敗れてこの地に眠った者もいる。
テオドリックは、彼らへ命令を下していない。
それでも英霊たちは、自ら剣を胸へ捧げた。
一人、また一人と片膝をつく。
敵味方だった者たちが同じように頭を垂れ、皇統の後継者へ臣下の礼を取った。
やがて英霊は左右へ分かれ、テオドリックの背後へ一糸乱れぬ戦列を作る。
元攻略隊の者たちは、武器を下ろしたまま動けずにいた。
黒髪の荷物持ちだった青年は、今や金髪と翡翠色の瞳を現し、白金の鎧をまとっている。
その背後では、建国期の英霊たちがそろって剣を捧げていた。
「あり得ぬ!」
リッチキングが骨の杖を振り上げる。
「死者は我がものだ! 死者の王たる我に従え!」
杖の先に、墓域を覆うほど巨大な闇が集まった。
テオドリックは、リッチキングへ一歩踏み出す。
「余を誰だと心得る。アンデッドの王よ」
テオドリックが剣を抜いた。
一筋の白金の光が、墓域を横切る。
リッチキングの放った闇も、骨の杖も、王冠も、その一閃の前では何の意味も持たなかった。
巨大な身体が白金の光に包まれる。
悲鳴を上げる間もなく、リッチキングは跡形もなく消し飛んだ。
墓域に静寂が戻る。
黒い邪気は消え、地上へ引きずり出されていた骨は、その場で静かに崩れ落ちた。
英霊たちは、もう一度だけテオドリックへ頭を下げる。
その姿も白金の光へ溶け、静かな夜の中へ消えた。
ニーナが、確保していた命令書を開く。
皇装によって安定した両眼が、封に残された血印を読み取った。
彼女の表情が、わずかに硬くなる。
テオドリックは剣を収め、ニーナを見た。
「命令者は分かった?」
「はい」
ニーナは、血印の主の名を告げた。
「血印の主は――ヴィクトール・ノクス侯爵です」
お読みいただきありがとうございます。
全10話予定のテンプレもりもり実験作です。面白いと思っていただいたらブックマークよろしくお願いします。いっぱいいただけると続編出すかも?




