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その爵位、剥奪する。~無能と蔑まれて追放された荷物持ち、実はお忍びで巡察中の最強皇太子でした~  作者: Pemo


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07_余を誰だと心得る

「殿下とは、どういうことだ」


盾の男が、地下への階段を前にしたテオドリックへ尋ねた。


ほかの冒険者たちも、答えを待っている。


テオドリックは身分を説明しなかった。


階段の下から響く祈りは、少しずつ大きくなっている。何者かが儀式を進めているなら、問答をしている時間はない。


「動ける人は、負傷者を外へ運んでください」


「だが、下にはまだ――」


「僕たちが行きます。皆さんは、負傷者を守ってください」


有無を言わせない声に、盾の男は口を閉ざした。


ケルベールが先頭に立ち、地下への階段を下りていく。


テオドリック、ニーナが続いた。


背後では、元攻略隊の者たちが倒れた仲間を抱き起こしている。


今度は、誰も置き去りにはしなかった。



階段の先には、古い墓所が広がっていた。


壁の左右に石棺が並び、その間を黒い蝋燭の火が照らしている。


最奥には、地の底まで続いているような亀裂があった。


黒い祭服をまとった者たちが、その亀裂を囲んで祈りを捧げている。


中央に立つ男だけは、ほかの者より装飾の多い祭服を着ていた。


「儀式を止めてください」


テオドリックの声に、祈りが途切れた。


教団の者たちが一斉に振り返る。


中央の男は、テオドリックの黒髪と冒険者姿を見て、露骨に顔をしかめた。


「選別を邪魔した小僧か」


「地上の討伐依頼も、強化された魔物も、あなたたちが用意したものですね」


「だったら何だ」


男は隠そうともしなかった。


「高い金を見せれば、腕自慢が自分から集まってくる。魔物に勝てぬ者は餌に、勝てる者は生かしたまま捕らえる。実に効率がいい」


「捕らえた人たちを、どうするつもりですか」


「貴様が知る必要はない」


男が片手を上げると、祭服の者たちが武器を抜いた。


短剣や杖には、黒い魔力がまとわりついている。


「三人とも捕らえろ。地上の連中も、あとで残らず回収する」


ケルベールが巨大な両手剣を構えた。


ニーナは、後ろへ緩く曲がった柄を握り、細身の直剣を引き抜く。


最初の魔法が放たれるより早く、彼女の剣先から光が走った。


杖に集まっていた魔力だけが撃ち抜かれ、黒い火が術者の手元で霧散する。


ケルベールの大剣が横へ払われた。


前へ出た者たちの短剣がまとめて砕け、持ち主だけが床へ転がされる。


テオドリックは、二人の間を抜けた教団員の刃を片手剣で受けた。


刃を滑らせ、短剣を根元から断つ。


返した柄で胸を打つと、相手は声もなく崩れ落ちた。


「ニーナ。証拠を」


「はい」


彼女は交戦の隙を抜け、墓所の脇へ走った。


中央の男が守るように立っていた机には、依頼書や支払記録が積まれている。


ニーナは教団員の投げた短剣を身を沈めてかわし、机の上へ片手をついた。


並んだ書類を一目で選り分ける。


「討伐依頼の発注書、報酬の受領書、捕獲した者の記録を確認しました」


最後に、木箱の底から封書を取り出す。


封は、黒く乾いた血で押されていた。


「命令書です。教団印ではなく、個人を特定する血印で封じられています」


中央の男の顔色が変わった。


「それに触れるな!」


男の指先に黒い炎が灯る。


命令書ごと焼くつもりで、ニーナへ投げつけた。


テオドリックの剣が閃く。


黒い炎は正面から二つに断たれ、命令書へ届く前に消えた。


「証拠は確保しました」


テオドリックの声から、穏やかさが消える。


「帝国の民を餌として誘い込み、魔物に襲わせ、生き残った者まで捕らえようとした。余の目前で、これ以上の加害は許さぬ」


「余……?」


男が目を見開く。


テオドリックは二人の近衛を呼んだ。


「ケルベール。ニーナ」


「御意」


「はい」


二人が同時に剣を地面へ突き立てる。


巨大な両手剣と、後ろへ緩く曲がった柄を持つ細身の直剣が墓所の石床を穿った。


二つの金属音が一つに重なる。


テオドリックが皇統の言葉を唱えた。


「二剣を門に、我が血を鍵に。皇統よ、白金の証をここに――《皇装》」


白金の光が、地下墓所の闇を消し去った。


黒髪と黒い瞳を覆っていた擬装がほどけていく。


現れたのは、光を受けて輝く金髪と、吸い込まれそうな深い翡翠色の瞳。


顔立ちも、声も、そこに立つ者の気配さえも、本来のものへ戻る。


荘厳たるオーラが辺りを包んだ。


白金の輝きがテオドリックの身体を覆い、鎧となって顕現する。


背に翻るマントには、皇統紋章が浮かび上がった。


ケルベールの左腕へ、白金のカイトシールドが現れる。床から抜いた大剣を、右手一本で構えた。


ニーナの両眼では、人工聖痕が皇装の力を受けて安定する。


澄んだ光を宿した瞳が、墓所に流れる魔力のすべてを見通した。


教団員の一人が、武器を落とした。


「皇統紋章……」


中央の男の膝が崩れる。


「皇太子……殿下……」


先ほどまで小僧と呼んでいた相手が、帝国の正統な継承者だと理解したのだ。


男は床へ両手をつき、その場にうずくまった。


「武器を捨てよ」


テオドリックの声が墓所を震わせる。


「投降する者には、正式な裁きを受けさせる」


教団員たちの多くが、短剣や杖を床へ置いた。


それでも数人が、逃げるように亀裂へ向かう。


「逃がすな!」


中央の男が顔を上げ、叫んだ。


「皇太子を殺せ! 死者の王を目覚めさせろ!」


亀裂の底から、冷気が噴き上がった。


逃げようとしていた教団員たちが足を止める。


祈りの輪にたまっていた黒い魔力が、すべて亀裂へ吸い込まれていく。


深い闇の中から、骨だけの腕が伸びた。


腐食した法衣をまとい、青白い光を両眼に宿した死者が、ゆっくりと姿を現す。


リッチだった。


中央の男の顔に、歓喜が浮かぶ。


「おお……我らの祈りに、お応えくださった……!」


男は亀裂へ両腕を伸ばした。


リッチの骨の指が、その身体をつかむ。


「な、何を……私は、あなたを目覚めさせた者――」


男の声が途中で途切れた。


祭服の内側から、黒い魔力が引きずり出される。


血も、肉も、蓄えていた力も、すべてが渦となってリッチの胸へ吸い込まれていった。


男の身体が消える。


代わりに、リッチの骨格が大きく膨れ上がった。


腐食した法衣は夜のような外套へ変わり、頭上には骨と邪気で作られた王冠が浮かぶ。


「リッチが、教団の男を取り込んでいます」


ニーナの聖痕が光を増した。


「魔力が別物へ変わる――リッチキングになります!」


リッチキングが両腕を広げた。


黒い衝撃が地下墓所から一気に解き放たれる。


「伏せろ!」


ケルベールが白金のカイトシールドを掲げた。


砕け落ちる天井を盾で受け止め、ニーナと投降した者たちをかばう。


テオドリックは頭上へ剣を振るった。


白金の一閃が、落ちてくる石壁を左右へ断つ。


次の瞬間、礼拝堂そのものが内側から吹き飛んだ。



夜の墓域へ、石と木片が雨のように降り注いだ。


地上へ避難していた冒険者たちは、負傷者をかばいながら身を伏せている。


崩れた礼拝堂の中央に、巨大な影が立ち上がった。


リッチキングが骨の杖を掲げる。


「眠れる死者よ。王の命に従え」


墓域の土が、一斉に盛り上がった。


無数の白い腕が地面を突き破る。


朽ちた剣を持つスケルトン。


錆びた鎧に身を包んだスケルトンナイト。


敵味方を問わず弔われていた建国前の死者たちが、次々と墓を破って立ち上がる。


墓域を埋め尽くすほどの軍勢だった。


「逃げ道は開いている! 走れる奴から丘を下りろ!」


冒険者の一人が叫んだ。


だが、盾の男は動かなかった。


傷ついた腕を押さえながら、負傷者とスケルトンの間へ立つ。


無事なほうの手で剣を握り、仲間たちを振り返った。


「動ける奴は前へ出ろ! 負傷者を囲め!」


冒険者たちが、次々と剣や弓を手に立ち上がる。


「やれること、やるべきことをやるぞ!」


負傷者を囲み、外側へ武器を向ける。


あのときテオドリックを置き去りにした男が、今度は逃げずに仲間の前へ立っていた。


ケルベールが、その陣の正面へ踏み込む。


白金のカイトシールドがスケルトンナイトの大剣を受け止め、右手一本で振るった大剣が、押し寄せる一団をまとめて弾き返した。


ニーナは直剣を銃身のように構えた。


剣先から白い魔力が連続して放たれ、冒険者たちの死角へ回り込むスケルトンを撃ち抜いていく。


それでも、死者の軍勢は止まらない。


砕かれた骨が黒い邪気に引かれ、再び組み上がっていく。


「無駄だ」


リッチキングの声が、墓域全体から響いた。


「ここに眠る死者は、すべて我が兵。我こそ、死者を統べる王である」


テオドリックの耳へ、別の声が届いた。


最初は、風が墓標の間を抜ける音に聞こえた。


やがて、それが無数の声だと分かる。


――もう戦いたくない。


――この剣は、我らの意思ではない。


――敵も味方もなく、ここで眠ったはずだった。


リッチキングの命令に縛られた死者たちの声だった。


テオドリックは、手にしていた剣を鞘へ収めた。


その姿を見て、リッチキングが笑う。


「人の皇子よ、死者の軍勢に恐れをなしたか」


テオドリックは答えなかった。


鞘と鍔を打ち鳴らす。


澄んだ音が、一度だけ墓域へ響いた。


足元から、白金の光が同心円状に広がっていく。


最初の光がスケルトンたちを通り抜けた。


骨をつないでいた黒い邪気が、糸のように断ち切られる。


二つ目の光が墓標を越える。


スケルトンとスケルトンナイトは武器を落とし、静かに膝をついた。


三つ目の光が墓域の端まで届いた。


白骨の身体から、淡く透き通る人の姿が立ち上がる。


古い時代の鎧をまとった兵士たち。


建国王とともに戦った者も、彼に敗れてこの地に眠った者もいる。


テオドリックは、彼らへ命令を下していない。


それでも英霊たちは、自ら剣を胸へ捧げた。


一人、また一人と片膝をつく。


敵味方だった者たちが同じように頭を垂れ、皇統の後継者へ臣下の礼を取った。


やがて英霊は左右へ分かれ、テオドリックの背後へ一糸乱れぬ戦列を作る。


元攻略隊の者たちは、武器を下ろしたまま動けずにいた。


黒髪の荷物持ちだった青年は、今や金髪と翡翠色の瞳を現し、白金の鎧をまとっている。


その背後では、建国期の英霊たちがそろって剣を捧げていた。


「あり得ぬ!」


リッチキングが骨の杖を振り上げる。


「死者は我がものだ! 死者の王たる我に従え!」


杖の先に、墓域を覆うほど巨大な闇が集まった。


テオドリックは、リッチキングへ一歩踏み出す。


「余を誰だと心得る。アンデッドの王よ」


テオドリックが剣を抜いた。


一筋の白金の光が、墓域を横切る。


リッチキングの放った闇も、骨の杖も、王冠も、その一閃の前では何の意味も持たなかった。


巨大な身体が白金の光に包まれる。


悲鳴を上げる間もなく、リッチキングは跡形もなく消し飛んだ。


墓域に静寂が戻る。


黒い邪気は消え、地上へ引きずり出されていた骨は、その場で静かに崩れ落ちた。


英霊たちは、もう一度だけテオドリックへ頭を下げる。


その姿も白金の光へ溶け、静かな夜の中へ消えた。


ニーナが、確保していた命令書を開く。


皇装によって安定した両眼が、封に残された血印を読み取った。


彼女の表情が、わずかに硬くなる。


テオドリックは剣を収め、ニーナを見た。


「命令者は分かった?」


「はい」


ニーナは、血印の主の名を告げた。


「血印の主は――ヴィクトール・ノクス侯爵です」


お読みいただきありがとうございます。

全10話予定のテンプレもりもり実験作です。面白いと思っていただいたらブックマークよろしくお願いします。いっぱいいただけると続編出すかも?

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