06_元荷物持ちの実力
「この金は、魔物討伐の報酬に変わっています」
ニーナが、男爵邸で確保した裏帳簿の上へ一枚の依頼書を重ねた。
古い礼拝堂の周辺に現れた魔物を討伐すれば、通常の三倍近い報酬が支払われる。そう記された依頼書だった。
対象となる魔物の数も、詳しい姿も書かれていない。
それにもかかわらず、報酬の半分は前金として預けられていた。腕の立つ冒険者を、内容を吟味させる前に集めるための条件に見える。
「裏帳簿に綴じられていた支払指示書を追いました。ドミニクが住民から奪った金の一部は、教団を経由して、この依頼の報酬へ回されています」
依頼人の名は記されていない。
その代わり、報酬を預けた者の受領記録には、オズワルド子爵邸とバルガス男爵邸で見つけたものと同じ教団印が残されていた。
「魔物を倒させるために、わざわざ教団が金を出したのかな」
「それだけなら、身元を隠す必要がありません」
ニーナは依頼書の端を指で押さえた。
「すでに一組が依頼を受けています。今朝、礼拝堂へ向かったそうです」
「依頼を出した者については?」
「仲介人は、顔を隠した男から書類を受け取ったと証言しています。教団の名も、この印の意味も知らなかったようです」
依頼所を利用しただけなら、そこで働く者まで教団員とは限らない。
だが、依頼を出した側が正体を隠し、異常に高い報酬まで先に用意したことは確かだった。
テオドリックは、机に広げられた三つの記録を見た。
見習い冒険者を渡した記録。
凶作の村から奪った金を送った記録。
そして、その金で冒険者を礼拝堂へ集める依頼書。
別々に見えた事件が、一つの印でつながっている。
「急ごう」
依頼を受けた者たちが何を待ち受けているのか、確かめてからでは遅い。
三人は男爵邸を発ち、古い礼拝堂へ向かった。
◇
礼拝堂は、墓標の並ぶ丘の中央に建っていた。
街道を外れてから、ほかの旅人とは一度もすれ違っていない。
丘へ続く道には新しい靴跡が重なり、依頼を受けた一組が先に通ったことを示していた。
その一方で、森には鳥の声すらない。
ニーナによれば、礼拝堂から漏れる邪気を嫌って、動物が周囲から逃げているらしい。
石壁は長い風雨に削られ、屋根の一部も崩れている。それでも、入口の上に刻まれた古い言葉だけは残っていた。
帝国が建つ前、この地では長い争いが続いた。
建国王とともに戦った者も、彼に敗れて散った者も、死後は分け隔てなく弔う。そのために建てられた礼拝堂だ。
周囲に並ぶ墓標にも、敵味方を示すものはない。
「殿下」
ニーナが声を落とした。
彼女の両眼が、礼拝堂を囲む魔力の流れを追っている。
「建物の周囲に結界があります。外からは薄く見せていますが、内側へ入った者を閉じ込める構造です」
「やはり、討伐依頼は誘い餌か」
ケルベールが巨大な両手剣の柄へ手をかける。
そのとき、丘の反対側から複数の足音が近づいてきた。
盾や弓を背負った冒険者たちだった。
先頭の男が、テオドリックを見て足を止める。
「お前、あのときの荷物持ちか?」
ダンジョンでガルドの攻略隊に加わっていた一般冒険者たちだった。
彼らは、テオドリックが魔石を失ったと聞かされ、追放されるのを止めずに去っている。
「まだ冒険者を続けていたんだな」
盾を背負った男が、テオドリックの隣に立つケルベールを見上げた。次にニーナへ目を移し、口元をゆがめる。
「今度は、その二人と組んだのか。ここでも、また荷物持ちでもするのか?」
「僕たちは、その依頼を調べに来ました」
テオドリックは、侮る言葉をそのまま受け流した。
「報酬に使われた金が、犯罪に関わる組織から出ています。礼拝堂には、人を閉じ込める結界もある。中へ入らないでください」
冒険者たちの笑みが消えた。
だが、盾の男は礼拝堂を見て、すぐに首を横へ振った。
「この依頼が危険なのは最初から分かっている。それで報酬が高いんだ」
「危険の種類が違います。魔物だけが相手とは限りません」
「荷物持ちに、依頼の受け方まで教わるつもりはない」
男は仲間へ手を上げた。
「行くぞ。先に魔物を倒せば、報酬は俺たちのものだ」
冒険者たちは扉を押し開け、礼拝堂へ入っていく。
最後の一人が敷居を越えた瞬間、空気が震えた。
入口を覆うように、黒い光の壁が立ち上がる。
開いていた扉が内側へ引かれ、激しい音を立てて閉じた。
「結界が閉じました」
ニーナが、後ろへ緩く曲がった柄を持つ細身の直剣を抜く。
剣先で光の壁へ触れると、黒い波紋が幾重にも広がった。
「外からの解除を拒んでいます。術式の継ぎ目は、扉の右上です」
「分かった」
礼拝堂の中から、何かが石床を引っかく音がした。
続いて、男たちの怒声と魔物の咆哮が重なる。
テオドリックは片手剣を抜いた。
ニーナが示した一点へ刃を走らせる。
黒い光の壁に、細い切れ目が入った。
一拍遅れて、結界全体へ白い亀裂が駆け抜ける。
砕け散った魔力が、黒い粒となって消えた。
「開ける」
ケルベールが両開きの扉へ手をかけた。
内側から何本もの鎖で固定されていた扉が、石壁ごと軋む。ケルベールが両腕へ力を込めると、鎖が次々と千切れ、扉が外へ引き開けられた。
血の匂いが流れ出した。
◇
礼拝堂の長椅子は砕け、床一面に散らばっていた。
冒険者の一人が壁際に倒れ、別の一人は折れた弓を握ったまま動けずにいる。
盾の男は仲間の前に立っていた。
だが、その盾も中央から割れ、片腕が力なく垂れている。
彼らを追い詰めていたのは、獣の形をした巨大な魔物だった。
背は人の倍を超え、四肢には黒い筋が脈打っている。身体から噴き出す邪気が傷を覆い、冒険者たちが付けたはずの傷を塞いでいた。
弓を持つ女が、最後の一本を放った。
矢は魔物の目を正確に捉えていた。
だが、黒い邪気が膜のように広がり、鏃を弾く。
別の冒険者が火球を撃ち込む。炎は巨体を包んだものの、魔物が身震いすると黒い風に吹き消された。
彼らの攻撃が通じないのではない。
傷を付けるたび、それ以上の速さで邪気が塞いでいる。
それでも魔物は、倒れた者の喉へ牙を立てようとはしなかった。
武器を砕き、脚を傷つけ、逃げられなくなった者から床へ押さえつけている。
最初から、全員を殺す動きではない。
「話が違うぞ!」
盾の男が、礼拝堂の奥へ怒鳴った。
「こんな魔物が一体だけだなんて、依頼書のどこにも――」
「殺すな!」
姿の見えない誰かの声が、奥の壁の向こうから返ってきた。
「動けなくすればいい。使える者は、生きたまま地下へ運べ!」
壁の向こうの声に応じて、魔物が倒れた冒険者の肩へ前脚を置いた。
そのまま骨を砕こうと力を込める。
テオドリックの剣が横から入り、魔物の爪を弾いた。
「ケルベール、負傷者を」
「承知」
ケルベールが魔物の正面へ踏み込み、その注意を引き受ける。
大剣で前脚を受け止めると、巨体を押し返し、倒れた冒険者との間に道を作った。
石床に刻まれた術式が赤く光る。
倒れた冒険者たちの手足へ、床の隙間から黒い帯が伸びた。
ニーナが直剣を振るう。
剣先から放たれた魔力が帯を撃ち抜き、拘束されかけていた者たちを解放した。
「魔物の討伐が目的ではありません」
彼女の視線が、床の術式から奥の壁へ移る。
「戦わせて消耗させ、生き残った者を捕らえるための罠です」
巨大な魔物が前脚を振り上げた。
割れた盾では、もう受け止められない。
盾の男は逃げなかった。倒れた仲間をかばうように身体を寄せ、残った腕で盾を構える。
魔物の爪が振り下ろされた。
その間へ、テオドリックが入る。
片手剣が一度だけ閃いた。
盾を砕いた爪も、それを覆っていた邪気も、同時に断ち切られる。
魔物が目の前の黒髪の青年を見下ろし、牙をむいた。
咆哮とともに、巨体が跳ぶ。
石床が陥没し、礼拝堂の柱が揺れた。
テオドリックは退かなかった。
ただ半歩踏み込み、正面から剣を振るう。
短い金属音が鳴った。
魔物の巨体が、テオドリックの横を通り過ぎる。
一歩。
二歩。
三歩目へ進む前に、全身を覆っていた邪気が裂けた。
巨大な身体が石床へ崩れ落ちる。
それきり、魔物は動かなかった。
黒髪も、黒い瞳も変わっていない。
白金の鎧もまとっていない。
荷物持ちと呼ばれた青年が、強化された魔物をただの一撃で倒していた。
「嘘だろ……」
盾の男が、割れた盾を取り落とした。
礼拝堂の奥で、慌ただしい足音が遠ざかっていく。
「下へ退け! 儀式を止めるな!」
隠れていた者たちは、壁の向こうにある地下へ逃げたらしい。
テオドリックは追おうとしたが、背後から苦しげな声が聞こえた。
先に負傷者のもとへ膝をつく。
「意識はありますか」
「あ、ああ……」
「動かないでください。すぐに手当てをします」
ニーナが傷の深い者から状態を確かめ、布と薬を取り出した。
ケルベールは倒れた長椅子をどかし、下敷きになっていた冒険者を抱き上げる。
魔物に付けられた傷は深い。
それでも、全員が生きていた。
盾の男は、片腕を押さえたままテオドリックを見ていた。
「どうして……俺たちを助けた」
「見捨てる理由がありません」
「俺たちは、あのとき、お前を置いていった」
テオドリックは、男の目を見返した。
「ガルドたちが何をしていたか、君たちは知らなかった。それまで責めるつもりはありません」
男の顔に、わずかな安堵が浮かぶ。
「でも、弱い者が切り捨てられるのを黙って見ていたことは、別です」
安堵が消えた。
あのとき、誰もガルドを止めなかった。
魔石を失った無能なら、危険なダンジョンに一人で残されても仕方がない。そう判断して、先へ進んだ。
テオドリックは責めるように声を荒らげなかった。
ただ、静かに告げる。
「今度は、弱い者を置き去りにするな」
盾の男は、返す言葉を失った。
そのとき、礼拝堂の奥で重い石の動く音がした。
ケルベールが、壁際の祭壇を横へずらしている。その下に、地下へ続く階段が現れていた。
「殿下」
低い声が、静まり返った礼拝堂に響く。
「地下への道を発見しました」
元攻略隊の者たちが、一斉に顔を上げた。
「殿下……?」
誰かが、聞き間違いを確かめるようにつぶやく。
テオドリックが答えるより先に、階段の下でいくつもの声が重なった。
低く、途切れることのない祈りだった。
お読みいただきありがとうございます。
全10話予定のテンプレもりもり実験作です。面白いと思っていただいたらブックマークよろしくお願いします。いっぱいいただけると続編出すかも?




