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その爵位、剥奪する。~無能と蔑まれて追放された荷物持ち、実はお忍びで巡察中の最強皇太子でした~  作者: Pemo


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05_悪徳男爵の取り潰し

「反逆者を、一人も村から逃がすな!」


夜明け前の街道を、無数の松明が埋めていた。


馬上の指揮官が剣を振り上げる。その後ろには、槍や弓を持った討伐兵が並んでいる。


凶作に苦しむ村を討つには、あまりに大きな兵力だった。


村の入口には、テオドリックとケルベールが立っていた。


ニーナは村人たちを集会所へ避難させ、確保した徴収証と集計書を守っている。


「道を空けろ!」


指揮官が二人へ怒鳴った。


「この村の者どもは、領主に逆らった反逆者だ。かくまうなら、貴様らも同罪として処刑する」


「男爵の命令ですか」


テオドリックが尋ねると、指揮官は懐から一枚の命令書を取り出した。


「ドミニク・バルガス男爵閣下の直命だ。徴税記録を盗んだ三人を殺し、村人も残らず始末しろとな」


赤い封蝋には、バルガス家の印が刻まれている。


「その書面も、後で預かります」


「自分の立場が分かっていないようだな。放て!」


弓兵たちが一斉に弦を引いた。


ケルベールが巨大な両手剣を横へ払う。


巻き起こった風圧が矢の軌道を乱し、すべて地面へ落とした。


討伐兵が息をのむ。


その間に、テオドリックは馬上の指揮官の前まで踏み込んでいた。


振り下ろされた剣を、片手剣の一振りで根元から断つ。返した剣の腹で指揮官の胸を打つと、その身体は鞍から落ちた。


「村人へ武器を向けない者は、今ここで剣を捨ててください」


「ひるむな! たった二人だ!」


槍兵がまとまって突進する。


ケルベールは一歩前へ出ると、両手剣を下から振り上げた。


槍の穂先だけがまとめて砕け、木の柄が宙を舞う。止まりきれなかった兵たちは、彼の肩に触れることすらできずに弾き返された。


テオドリックは、その脇を抜けてくる者だけを止めた。


剣を断ち、膝を払い、柄頭で鎧を打つ。


誰一人斬ることなく、村へ続く道を守り切る。


やがて、一人が剣を落とした。


金属音が、朝の近い空へ響く。


それを合図に、残った兵たちも次々と武器を捨てた。



ニーナは、討伐隊の命令書を集会所の机へ広げた。


「封蝋も署名も本物です。村人を反逆者とし、証拠を持つ私たちとともに殺すよう命じています」


男爵が違法な徴収を隠すため、住民の口を封じようとした証拠だった。


表帳簿の控え、上乗せ徴収の集計書、住民の徴収証と証言。


そこへ、ドミニク本人の討伐命令が加わった。


「あとは、男爵邸にある裏帳簿と没収命令書、それに隠し倉庫の記録です」


ニーナが告げる。


「昨夜、保管場所までは確認しました。邸の書庫から、壁の裏へ入れます」


「持ち出される前に押さえよう」


テオドリックは、集会所の外を見た。


武器を捨てた討伐兵は拘束され、負傷者の手当ても終わっている。指揮官の証言から、村へ送られた兵がこれですべてであることも確認できた。


村人たちは怯えながらも、もう誰一人連れ去られてはいない。


証拠はそろいつつある。


次に止めるべきは、命令を下した本人だった。


「ケルベール、ニーナ。男爵邸へ向かう」


「御意」


「はい」


三人は、夜が明けるのを待たずに村を出た。



バルガス男爵邸の門前には、私兵が二列に並んでいた。


黒髪の冒険者姿を見た門番が、槍を交差させる。


「止まれ。男爵閣下は、貴様らの首を持ってこいと命じている」


テオドリックは足を止めなかった。


再び、白金の光がテオドリックの輪郭を一瞬だけ縁取った。


「ドミニク・バルガスへ伝えよ。余が、その罪を裁きに来た」


低く響いた声に、門番たちは無意識に道を空けた。


テオドリックとケルベールが正面から邸へ入る。


ニーナの姿は、その途中で音もなく消えていた。



ドミニク・バルガスは、広間の奥で二人を待ち構えていた。


壁際には私兵が並び、暖炉では大きな火が燃えている。


「村を扇動した冒険者が、よくも私の前へ顔を出せたものだ」


ドミニクは、テオドリックを見下すようにあごを上げた。


「討伐兵を返り討ちにしたそうだな。領主の兵に刃を向けた罪は、命で償ってもらう」


「兵へ村人の皆殺しを命じたことは認めるのだな」


「反逆者を処分しただけだ。領主である私には、その権利がある」


「正規の税を納めた民から、食料も家畜も農地も奪う権利はない」


「領内で得られたものは、すべて領主のものだ。飢えた者が何人出ようと、税を払えない愚民の責任だろう」


ドミニクは笑い、片手を上げた。


「話は終わりだ。捕らえろ」


私兵たちが前へ出ようとした、そのときだった。


「いいえ。これからです」


広間の脇の扉が開き、ニーナが入ってきた。


両腕には、何冊もの帳簿と書類の束を抱えている。


ドミニクの笑みが消えた。


「なぜ、それを……」


「書庫の隠し扉は確認済みです」


ニーナは中央の机へ書類を並べた。


「こちらは、帝都への申告に使った表帳簿の原本です」


次に、厚い革表紙の帳簿を開く。


「こちらが裏帳簿です。徴収証と同じ日付、同じ名目で上乗せした額が、村ごとに記録されています」


さらに、ドミニクの署名と家印が入った命令書を重ねた。


「支払い不能を理由に、食料、家畜、農地を没収する命令書。そして、奪った財産を邸の別棟へ運び込んだ隠し倉庫の記録です」


倉庫の記録には、元の持ち主と、没収した品が一つずつ残されていた。


村人の証言と徴収証。


表帳簿と裏帳簿。


没収命令書と、隠し倉庫の記録。


そのすべてが、ドミニクの命令で同じ不正が繰り返されていたことを示している。


最後にニーナは、討伐隊から確保した命令書を置いた。


「証拠を持つ三人と、村人全員を殺すよう命じた書面です」


「でたらめだ!」


ドミニクが机へ飛びついた。


一番上の命令書をつかみ、暖炉へ投げ込む。


紙は炎に包まれ、たちまち黒く縮れた。


「これで証拠は消えた! 村人どもも兵が始末する。証言する者がいなければ、貴様らの言葉など誰が信じる!」


「討伐隊なら、すでに全員武器を捨てた」


ドミニクの顔が引きつる。


ニーナは、残った書類をすでに引き寄せていた。燃やされたのは一通だけで、同じ命令を受けた指揮官本人も拘束している。


「ならば、ここで全員殺せ!」


ドミニクが叫ぶ。


「帳簿も邸も焼き払え! 村には別の兵を送ればいい。私に逆らった者は、一人残らず消せ!」


証拠を焼き、住民を殺し、不正そのものをなかったことにする。


それが、領主として選んだ最後の命令だった。


テオドリックは二人の近衛を呼ぶ。


「ケルベール。ニーナ」


「御意」


「はい」


二人が同時に剣を地面へ突き立てる。


巨大な両手剣と細身の直剣が床を穿ち、重なった金属音が広間を揺らした。


テオドリックは、皇統の言葉を唱える。


「二剣を門に、我が血を鍵に。皇統よ、白金の証をここに――《皇装》」


白金の光が広間を満たした。


黒髪と黒い瞳を覆っていた擬装がほどけていく。


現れたのは、光を受けて輝く金髪と、吸い込まれそうな深い翡翠色の瞳。


若い冒険者に見えていた顔立ちも、声も、そこに立つ者の気配さえも、本来のものへ戻っていった。


白金の輝きが身体を包み、鎧となって顕現する。


背に翻るマントには、皇統紋章が浮かび上がった。


ケルベールの左腕へ、白金のカイトシールドが現れる。床から引き抜いた大剣を、右手一本で構えた。


ニーナの両眼では、人工聖痕が皇装の力を受けて安定する。澄んだ光を宿した瞳が、広間を巡る魔力を見通した。


私兵の列から、誰かの剣が落ちた。


「皇統紋章……」


ドミニクはマントに輝く紋章を見つめ、唇を震わせる。


「まさか……皇太子殿下……」


黒髪の冒険者だと思っていた青年こそ、帝国の正統な継承者だった。


「武器を捨てよ」


テオドリックの声が広間へ響く。


「いま命令に背く者まで、ドミニクと同じ罪には問わぬ」


私兵たちの半数が、その場で剣を置いた。


「偽物だ!」


ドミニクが声を張り上げる。


「そんな若造が皇太子であるものか! 殺せ! 褒美は望むだけくれてやる!」


残った私兵が弓と杖を構えた。


矢と魔法が一斉に放たれる。


ケルベールが前へ出た。


白金のカイトシールドがすべてを受け止め、背後の使用人と机上の証拠を守る。


「道を空けろ」


右手一本で振るわれた大剣が、私兵たちの盾と武器をまとめて弾き飛ばす。


横から放たれた火球を、ニーナが細身の直剣で受けた。


炎が剣先へ吸い込まれ、消える。


次の瞬間、吸収した魔力が光弾となって広間を走った。


弓の弦、杖の先、剣の鍔だけが正確に撃ち抜かれる。武器を失った私兵たちが、次々と立ち尽くした。


その中央を、テオドリックはドミニクへ向かって歩く。


前を塞いだ兵の槍を断ち、返した柄で鎧を打つ。


別の兵が振り下ろした剣は、刃を合わせた一瞬で半ばから折れた。


テオドリックの歩みは止まらない。


「来るな……私は男爵だぞ!」


ドミニクは壁に飾られていた剣を抜いた。


「この領地も、倉の中身も、すべて私のものだ! 皇太子であろうと、奪うことは許さん!」


振り回された剣を、テオドリックは正面から断ち切った。


続く柄頭が手首を打ち、折れた剣が床へ落ちる。


テオドリックは、剣先をドミニクの喉元で止めた。


「領地を預かる者が、民の命まで所有したつもりになるな」


ドミニクの膝が床へ落ちる。


最後まで抵抗していた私兵も、武器を捨てた。


テオドリックは、白金の鎧をまとったままドミニクを見下ろす。


「ドミニク・バルガス。凶作による減免を民へ知らせず、正規税を超える徴収を重ねた。冬を越す食料、家畜、農地まで奪い、そのすべてを自らの倉へ運ばせた」


「お、お待ちください、殿下。少し税を多く集めただけです。男爵家を潰すほどのことでは……」


「さらに証拠を焼き、責任を逃れるため、住民全員の殺害を命じた」


ドミニクは口を閉ざした。


物証も、記録も、証言もそろっている。


本人は目の前で証拠を焼き、再び村人の殺害を命じた。


責任を疑う余地はなかった。


「ドミニク・バルガス。皇帝陛下より預かりし巡察大権に基づき――その爵位を剥奪する。」


ドミニクの顔から血の気が引いた。


「バルガス家は取り潰す。領地と財産は直ちに封鎖し、領地は皇帝直轄とする。不正に加担した者は、その責任に応じて一人ずつ裁く」


「そんな……私の領地が……倉が……」


「どちらも、もはや貴様のものではない」



男爵邸の別棟には、三つの隠し倉庫が並んでいた。


扉が開かれると、詰め込まれた麦袋や豆、農具が朝の光を浴びた。


奥の囲いには、村々から奪われた牛や山羊がつながれている。棚には貨幣や装飾品が家ごとに分けられ、土地を取り上げるための没収証書も束になっていた。


倉庫の記録には、元の持ち主が残されている。


知らせを受けて集まった村人たちは、扉の前で立ち尽くした。


「これは……うちから持っていかれた種麦です」


老人が、袋に残る家の印へ手を触れる。


別の女は、囲いの中から自分の牛を見つけ、声を上げて泣いた。


ニーナが記録と徴収証を照らし合わせ、返還する品を一つずつ確かめる。


ケルベールは重い麦袋を肩に担ぎ、持ち主の荷車へ積んでいった。


テオドリックは、農地の没収証書を村人の前で無効とした。


「取り上げられた土地は、すべて元の所有者へ戻します。食料も家畜も、記録を確認したものから返します」


「本当に、返していただけるのですか」


「返すのではありません。もともと、皆さんのものです」


村人たちが深く頭を下げる。


連行されるドミニクが、その光景を見て声を荒らげた。


「やめろ! それは私が集めた財産だ!」


テオドリックは振り返る。


「民を飢えさせて奪ったものを、貴様の財産とは呼ばない」


ドミニクはケルベールに肩を押さえられ、それ以上進めなかった。


持ち主をすぐに特定できない財産は、皇帝直轄の管理下で保管し、記録を調べたうえで返還する。


冬を越す食料も、翌年にまく種も、村へ戻っていく。


昨日までうつむいていた人々の顔に、ようやく安堵が広がった。


その返還が続く中、ニーナが裏帳簿を手にテオドリックのもとへ来た。


「殿下。確認していただきたい支払いがあります」


開かれた頁には、上乗せ徴収した金の一部を、名のない相手へ送った記録があった。


裏帳簿に綴じられた支払指示書にも、受取人の名はない。


代わりに、古い商会印にも宗教的な装飾にも見える印が押されていた。


テオドリックは、その印を知っている。


オズワルド子爵邸で見つけた、奴隷の売却記録にあったものと同じだった。


「一致するのか」


「はい。魔術的な仕掛けもありません。金銭を受け取った側の受領印です」


人を受け取った者たちが、今度は金を受け取っている。


ニーナは、二つの記録に残された印を見比べた。


「住民から奪われた金の送り先は――あの教団です」


お読みいただきありがとうございます。

全10話予定のテンプレもりもり実験作です。面白いと思っていただいたらブックマークよろしくお願いします。いっぱいいただけると続編出すかも?

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