02_追放された荷物持ち、奴隷隊を追う
「両手を出せ」
ガルドの配下が、見習い冒険者の腕を乱暴につかんだ。
拒む間もなく、両手に拘束具がはめられる。硬い留め具の閉じる音が、薄暗い旧道に響いた。
ほかの見習いたちも壁際へ追い立てられ、次々と自由を奪われていく。
「どうして……地上へ帰るんじゃなかったんですか」
先ほど石室でテオドリックをかばった見習いが、震える声で尋ねた。
「お前ら以外は帰したさ」
ガルドは悪びれもせずに答えた。
事情を知らない一般参加者たちは、安全な道を通って地上へ向かった。ここにいるのは、ガルドとその配下、それに拘束された見習いたちだけだ。
「あいつらは何も知らねえ。お前らが途中からいなくなっても、帰り道で魔物に食われたと思うだけだ」
「そんな……」
「見習いがダンジョンで死んだことにすれば、誰も探しに来ねえ。死体が見つからないことだって珍しくねえからな」
ガルドが笑うと、配下たちも声を上げた。
拘束された一人が出口へ走ろうとした。
配下がその背をつかみ、石壁へ押しつける。頬が岩へ擦れ、見習いの口から短い悲鳴が漏れた。
「逃げようなんて考えるな。商品にならねえ怪我をしたくなきゃ、おとなしく歩け」
ガルドは止めようともせず、値踏みするように見習いたちを見回した。
「若くて傷の少ない奴ほど金になる。買い手に渡すまでは、大事に運んでやるよ」
助けを求めても、応じる一般参加者はもういない。
その事実を理解したのか、見習いたちの顔から血の気が引いていった。
旧道の曲がり角から、その様子をテオドリックは見ていた。
追跡に気づかれないよう、松明は持っていない。岩壁の陰へ身を寄せ、ガルドたちが自ら悪事を明かすのを待っていた。
ガルドは見習いたちの正面。配下は出口と旧道の先を固め、武器を持つ者を見習いたちの近くへ置いている。奥には杖を持った男もいた。
誰がどこから動いても、一歩目で止められる。
テオドリックは全員の位置を確かめた。
狙いは、もう疑いようがない。
見習いたちを攻略へ誘い、ダンジョン内で死んだことにして連れ去る。床の転移陣は、そのための仕掛けだった。
そして転移陣を壊されても、ガルドは彼らを諦めなかった。
「立て。収容所まで歩いてもらうぞ」
配下の一人が、座り込んだ見習いの肩を蹴った。
テオドリックの足が動いた。
自分への侮辱なら、いくらでも受け流せる。
だが、目の前の加害を見過ごす理由はない。
「その必要はないよ」
闇の中から歩み出ると、一斉に視線が集まった。
ガルドが目を見開く。
「てめえ……どうして生きてやがる」
「追放されたから、別の道を歩いてきた。それだけだよ」
テオドリックは見習いたちの前まで進み、ガルドとの間に立った。
黒髪に黒い瞳。腰には片手剣が一本。
姿は先ほどまでと変わらない。ガルドの目には、荷物すら満足に運べなかった新人にしか見えていないはずだ。
やがて驚きが消え、その顔に嘲りが戻る。
「無能な荷物持ちが、わざわざ戻ってきたか。魔物に追われて泣きつきに来たんじゃねえだろうな?」
「彼らを解放して」
「は?」
「聞こえなかったかな。見習いたちの拘束を外すんだ」
ガルドの配下から笑いが漏れた。
「状況がわかってねえらしいな。お前はもう攻略隊の仲間ですらねえ。ここで何を見たところで、地上へ帰れなきゃ同じことだ」
ガルドが片手を上げる。
「こいつも死んだことにしろ。今度は確実に口を封じろ」
配下たちが武器を抜いた。
見習いたちが身を寄せ合う。
テオドリックは、敵の剣先よりも、その背後にいる見習いたちとの距離を見た。
ここで斬り殺す必要はない。現行犯として捕らえ、誰の命令で動いたのかを証言させる。そのためにも、全員を生かして制圧する。
テオドリックは振り返らなかった。
「大丈夫。すぐに終わるから」
最初の男が、剣を振りかぶって突進してきた。
テオドリックは半歩だけ前へ出た。
片手剣を抜き、迫る刃へ下から重ねる。
澄んだ音が一つ鳴った。
男の剣が根元から折れ、切っ先が天井へ飛ぶ。
何が起きたか理解できずに立ち止まった顎へ、テオドリックは柄頭を当てた。男は声も上げずに崩れ落ちる。
左右から別の二人が迫る。
一人が斧を横薙ぎに振るい、もう一人が背後へ回ろうとした。
テオドリックは斧の間合いへ自ら踏み込んだ。
刃が勢いに乗る前に柄を断ち、そのまま剣の腹で男の手首を打つ。斧を失った男の身体をつかみ、背後から迫ったもう一人の進路へ押し出した。
二人がもつれて倒れる。
立ち上がるより先に、それぞれの喉元へ剣先を突きつけた。
「そのままで」
静かな声に、二人の動きが止まった。
「何してやがる! 相手は一人だぞ!」
ガルドが怒鳴る。
旧道の奥で、杖を持った男が詠唱を終えた。
赤い火球が生まれ、テオドリックへ放たれる。
避ければ、後ろの見習いたちに当たる。
テオドリックは片手剣を正面に構えた。
振り下ろした刃が、火球を中心から断つ。
炎は左右へ割れ、壁へ触れる前に火の粉となって消えた。
杖の男が口を開けたまま固まる。
その懐へ一息で入り、テオドリックは杖だけを切り落とした。返す剣の柄でみぞおちを打つと、男は腹を押さえて膝をついた。
横から短剣が飛んだ。
狙いはテオドリックではない。火球を避けようと壁際へ動いた見習いへ向かっている。
テオドリックは振り向きもせず、剣を背後へ返した。
甲高い音とともに短剣が弾かれ、誰もいない石床へ突き刺さる。
投げた男が二本目へ手を伸ばすより早く、テオドリックの切っ先がその指先で止まった。
「次は武器だけで済まないよ」
男は両手を上げた。
「ば、化け物……」
誰かがつぶやいた。
テオドリックは答えず、残る配下へ剣先を向ける。
「まだ続ける?」
踏み出す者はいなかった。
一人が武器を捨てる。
それを合図に、残った者たちも次々と手を離した。石床へ落ちた武器が、乾いた音を立てる。
テオドリックが剣を抜いてから、わずかな時間しかたっていない。
それでも立って戦おうとする者は、もう残っていなかった。
石床に倒れた者たちは全員、息がある。テオドリックの剣にも、一滴の血さえ付いていなかった。
「無能……だと……?」
ガルドの顔から血の気が引いていた。
「僕は荷物持ちとして雇われた。だから荷物を運んでいただけだよ」
テオドリックは倒れた者たちから目を離さないまま答えた。
「剣を使えないと言った覚えはない」
ガルドが一歩、後ずさる。
次の瞬間、身を翻して旧道の先へ駆け出した。
「どけ! 道を空けろ!」
逃げ込もうとした通路の闇から、巨体が現れた。
角刈りの大男が、巨大な両手剣を携えて立っている。
ケルベール・ヘイムダル。
テオドリックとは別口から奴隷売買組織へ潜り、収容所側の退路へ回っていた筆頭近衛だ。
彼は大剣を石床へ突き立て、通路の中央を塞いだ。
「通さん」
短い一言だった。
ガルドは急停止し、別の逃げ道を探して左右を見回した。
細身の人影が、反対側の通路から姿を現す。
黒髪を短く切りそろえた女が、回収した書類を片手に抱えていた。
ニーナだ。
「退路はほかにありません」
彼女はそう告げると、すぐに見習いたちのもとへ向かった。
手早く拘束具を調べ、一人ずつ外していく。
「痛むところは?」
「だ、大丈夫です」
「では、こちらへ。壁から離れてください」
ニーナは拘束具の痕だけでなく、手足の動きと呼吸まで順に確認した。石壁へ押しつけられた見習いの頬には、清潔な布を当てる。
「深い傷ではありません。ですが、地上へ戻ったら治療を受けてください」
最後の一人を立たせるまで、手順を飛ばさない。
見習いたちを安全な場所へ移した後、ニーナはガルドの配下が落とした武器を蹴りの届かない位置へ集めた。さらに書類を確かめ、折れや汚れがないよう順番をそろえる。
ガルドの視線が、解放された見習いの一人へ向いた。
その手が腰の短剣へ伸びる。
「来るな! こいつがどうなっても――」
言い終える前に、ガルドは見習いへ飛びかかった。
だが、短剣を抜いた手が届くことはなかった。
テオドリックの剣が閃く。
刃の腹で打たれた短剣が、ガルドの手を離れて宙を舞った。
テオドリックはその腕を取り、勢いを利用して背後へねじる。膝裏を払われたガルドが、石床へうつ伏せに倒れた。
「ぐあっ!」
背に膝を置き、動きを封じる。
「人質を取ろうとするのは、逃げ道とは言わないよ」
ニーナが拾い上げた拘束具を持ってきた。
つい先ほどまで、見習いの手にはめられていたものだ。
テオドリックがガルドの両腕をそろえると、ニーナが留め具を閉じる。
「外れません。確認しました」
「ふざけるな! 俺を誰だと思ってやがる!」
「見習い冒険者を奴隷として売ろうとした実行役だね」
「証拠がどこにある!」
ガルドは床に頬をつけたまま叫んだ。
テオドリックはニーナを見る。
彼女が抱えていた書類を、石の張り出しの上へ並べた。
「帳簿です。これまで連れ去った者の記録と、引き渡しごとの金額が記されています」
見習いたちの顔がこわばった。
日付の並んだ頁には、いくつもの人名と金額が書かれている。失踪として処理された者たちなのだろう。
ニーナは別の書類を開いた。
「こちらは転移陣の登録記録。先ほど破壊された陣と、奴隷商の収容所を結ぶものです。術式の記載も、現場に残っている外周部と一致します」
ガルドが息をのむ。
彼女はさらに、封を切られた命令書を帳簿の横へ置いた。
「見習い冒険者を選び、転移陣で送るようガルド・ベインへ命じています」
「知らねえ! そんなもの、俺は――」
「あなたの名もあります。現行犯の被害者も、ここにそろっています」
ニーナの声には起伏がない。
だからこそ、言い逃れを一つずつ塞ぐ事実だけが鮮明に聞こえた。
帳簿だけなら、偽物だと言い張れるかもしれない。
だが、登録記録に記された術式は、ダンジョンに残した転移陣の外周部と照合できる。命令書には対象の選び方と受け渡しの手順があり、ガルドが今まさに行ったことと一致している。
そして、生きた被害者たちがいる。
別々の証拠が同じ悪事を指し示していた。
テオドリックは見習いたちへ向き直る。
「怖い思いをさせてしまったね。けれど、もう君たちを連れていかせはしない」
こわばっていた肩から、少しずつ力が抜けていく。
「今ここで見たことを、あとで証言してもらえるかな」
先ほど声を上げた見習いが、拘束具の痕が残る手首を押さえながらうなずいた。
「はい。僕、全部話します」
ほかの者たちもうなずく。
これで、帳簿、転移陣の登録記録、被害者の証言、実行役への命令書がそろった。
ガルド一人の罪だけではない。
誰が見習いたちを選ばせ、誰のもとへ送り、誰が利益を得ていたのか。命令系統をたどる準備ができた。
テオドリックはガルドの背から膝をどけ、ケルベールに引き渡す。
「生きたまま連れていく。まだ話してもらうことがある」
「承知」
ケルベールがガルドの襟首をつかみ、軽々と立たせた。
「離せ! 俺を捕まえたら、ただじゃ済まねえぞ!」
「誰が困るのかな」
テオドリックが尋ねると、ガルドは口を閉ざした。
答えの代わりに、ニーナが命令書の末尾を指で示す。
そこには、この奴隷売買を指示した人物の名が記されていた。
ニーナが読み上げる。
「首謀者は――オズワルド・グラーデン子爵です」
お読みいただきありがとうございます。
全10話予定のテンプレもりもり実験作です。面白いと思っていただいたらブックマークよろしくお願いします。いっぱいいただけると続編出すかも?




