力と想いは表裏一帯(4)
離れでは、コタツを囲んで子供達が平和にプリンを頬張っていた。
「ん〜〜♡ 幸せですわ♡」
「サンドイッチもコメも良いが、スイーツは格別であるな♡」
そこに、コンコンとノックの音が響く。
「どうぞー」
「失礼するぞ」
ドアが開くと、今朝と違って少しばかり重たい空気のエレオノーラさんが入ってくる。
「どうしました? プリン1個余ってるんで食べます?」
昨日、紅茶を出した後にルネッタさんがやって来た光景のデジャブを感じなくもないが、顔つきも雰囲気も全く違う。
真剣な顔で僕たちを見回す。
「坊や、いや…クロスエイド殿。 まずはルネッタ殿下を救っていただいたこと、国王陛下ならびに王太子殿下に代わり、改めて深く感謝する。」
「あ、はい。 どういたしまして。」
「その上で、皆に急な報せがある。」
エレオノーラさんは雪崩による山道の封鎖と、迂回ルートで向かうために明日には村を出発しなければならないこと。
そして、学園の入学試験に間に合わせるため、アルフ兄も前倒しで同行することを、順を追って説明してくれた。
「えぇ!? アルフ兄、明日行っちゃうの!?」
「せっかく面白くなってきたってのに…」
「ボクも急な話で驚いたよ」
ソラ姉とキッド兄のショックに対し、アルフ兄は苦笑いしていた。
だが、話はそこで終わりではなかった。
「…坊や、君にも王都へ来てもらいたい」
彼女は鋭くも、重たい視線と言葉を僕へ向けた。
「…僕も…ですか」
「そうだ。 君の持つスキル、知識、技術、それらから想定される将来性…それらは到底、この辺境の村に埋もれさせていいものではない。
いずれ噂が広がれば、軍事的にも経済的にも、君の権利や命を狙う勢力が多く現れるだろう。
ここ数ヶ月で中規模になりつつあるだけの辺境の村で、君を完全に放置しておくわけにはいかないんだ。」
エレオノーラさんは1歩前に出て、力強く話し始めた。
「君の力は正しく評価される場所で、多くの民のために使われるべきだ。
私はこれでも第三騎士団の団長、庇護下に入ってくれれば君を守ることができる。 王都に来てルネッタ殿下を支える存在になってはくれないか」
国を思い、僕の安全を本気で案じてくれているからこその大義名分に満ちた、正当なスカウトだ。
普通なら、喜んで飛びつく超出世コースだろう。
だが…
「光栄なお話ではありますが、僕はこの村を離れるわけにはいきません」
僕はキッパリと断った。
「この村は、害虫が出ればすぐ食料問題に直面しますし、周りを囲っているのはまだ木の柵のままです。
戦力だって30人の狩人と最近引っ越してきたばかりの兵士を足しても100人程度、足並みすら揃っていません。
冬はお風呂がなかったら凍死する人が続出していたでしょうし、医者も薬師もいないので薬の入手すら満足にできないんです。」
「であれば、なおさら王都で上を目指すべきだ。 君がベンドリック家の出身として広く知られれば、やがて医療や兵力も…」
「そういうことじゃないんです。」
僕はエレオノーラさんの言葉を遮り、プリンの器を見つめる。
「毎日が満たされているんです。 何もかも足りないからこそ、温かいこの村を、誰もが『帰ってきたい』と思える場所にしたいんです。」
僕の決意を聞き、エレオノーラさんは苦しげに顔を歪めた。
「坊やの気持ちは分かった。 だが、殿下が完治された以上、国王陛下から何らかの呼び出しや沙汰があるはずだ。
それを拒否すれば最悪、『王家への反逆の意思あり』と取られかねない。
私は王家に仕える1人として、君に敵対勢力になってほしくない。」
政治的なアレコレ…まだよく分からないけど厄介な問題なのは確かだ。
でも、僕は村を離れられない、というか別の場所へ行く上での最大の問題がある。
「そもそもですね…僕、馬車に酔うんですよ」
「…は?」
「僕を王都に連れて行くということは、馬車で行く訳ですから、そうなると必ず、王女殿下の御前でオロロロロって惨劇が起きます。
…果たして、僕は王都に辿り着くまで、あなたに斬り殺されずに乗っていられるでしょうか?」
「なっ…!」
真面目な話から一転、別の意味で切実な問題をサラッと投げつける僕にエレオノーラさんの思考が固まった。
僕、クロスエイドはルネッタ様の治療を依頼されてから治した訳ではない。
あれは事故であり、事実上は無許可の医療行為。 それも王族に施した形になるので、それだけでも王都で死罪の可能性はある。
それでいて、道中でも不可抗力で吐いたら斬り殺され、村に残っても敵対勢力にされるかもしれない。
さて、どうしろと?
察しのいいエレオノーラさんはそこまで理解が追いつくはずだ。…父さんとは違って。
考え込むエレオノーラさんを見て、ルネッタが「ふふっ」と笑う。
「確かに、馬車の中でそのような大惨事は見たくありませんわね」
「殿下…」
「エレオノーラ、わたくし達の正義を、わたくしの命の恩人に押し付けてはなりませんわ。」
ルネッタ様はエレオノーラさんを優しく、かつ王族として毅然とした態度で制した。
そして僕に向き直る
「クロスエイド様、いきなり無理を言って申し訳ありませんでした。」
「いえ…」
「わたくしも、できることならあなたとこのままお別れしたくはありません。
ですが、わたくしにはいるべき場所があり、あなたにも守るべきものがあるんですの。 互いの使命を無碍にするわけには参りませんわ。
そこで1つ。 お願いがあります。」
ルネッタ様はスッと立ち上がり、僕の前まで来る。
その瞳には昨晩ここで語り合った時と同じ、確かな親愛の光が宿っていた。
「わたくし直属の『顧問技師』になってくださいませんか?」
「顧問技師…?」
「はい。基本的な勤務地はここ、ベジッタ村とします。 お仕事の内容は、そうですね…わたくしが避暑地として気に入ったこの村をより発展させること。 そして、フェリスを通じてわたくしのサポートを行うこと、としましょう。」
「え…でも、それって」
「えぇ、今までとほとんど変わりません。 ですが、あなたにとって、『ほとんど変わらないこと』こそが重要ですの」
そう言って彼女は微笑んだ。
「この村の温かさがあったからこそ、あなたはご自分の力を活かすことができ、わたくしを含む多くの人たちを救うことができたのです。
わたくしには、あなたと、あなたのお仲間のお力が必要です。
どうか、未熟なわたくしを助けてくださいませ。 お友達として。」
王族として、友達として、僕を政治的なアレコレから守りつつ、村での自由な生活を保障してくれる。
これ以上ない、完璧な答えだった。
「…分かりました。 顧問技師のお仕事、お引き受けいたしましょう」
僕も微笑み、彼女の前で騎士のように片膝をついた。
それに続いて、コタツの上にいたソルジャー、コング、シャドー、紫苑、フェリスも僕の左右に並び、片膝をつき、頭を下げる。
コングだけ脚部がキャタピラなので片膝がつけないのはご愛嬌。
「今日より僕、クロスエイド・ベンドリックは、ルネッタ・グランディア王女殿下専属の顧問技師として、また友として、殿下をお支えすることを誓います。」
「…はい! よろしくお願いしますね、クロス。」
感動的な空気が流れる中、必死に気配を消してやり過ごそうとするのに気づかない僕たちではなかった。
「アルフ兄」
「アルフレッドさん」
「ヒッ…!? な、なんでしょうか」
嫌な予感が当たったアルフ兄は僕たち2人からの同時の呼びかけだけで縮み上がる。
もちろん僕とルネッタ様はここぞとばかりの不敵な笑顔 だ。
「僕は基本的な勤務地がこの村となりましたし、7歳だから学園に出入りすることはできないので、王都にいるルネッタ殿下のお側に着いていられないんですよね〜」
「そ、それならフェリスがいるじゃないか…」
「ミニロボットにはおしゃべりする機能を搭載していないそうですので、実際に周囲との調整役は人間にやっていただきませんと〜
できればクロスやミニロボさん達のことをよくご存知の方が望ましいですわね〜」
「あれ〜? そんな人いたかなぁ〜?」
「とぼけなくてもいいんですよ、アルフ兄」
「そうですわ。 昼間の模擬戦と同じことを学園でするだけですわ」
アルフ兄の抵抗は虚しく、村に残る僕の代わりに同行する代官として『顧問技師補佐』の座を得るアルフ兄。
チーン…
「オワッタ…ボクの平穏な学園生活が…入学試験も受けてない段階で…」
アルフ兄の顔から血の気が引き、真っ青を通り越して真っ白になった。
王女直属の役職ということは学園に入学した瞬間から王女様の側近(の代理)として様々な視線や政治的なしがらみを一身に浴びることが確定したのだ。
「あ! アルフ兄、立ったまま気絶した!」
「アハハハハ! アルフ兄、ドンマイ!」
ソラ姉とキッド兄がお腹を抱えて笑い転げている声も聞こえないアルフ兄は、音も立てずに崩れ落ちた。
2人がひとしきり笑い終わった頃、ルネッタ様は少し照れたように咳払いをする。
「それでは、顧問技師へ最初の命令です。 わたくしのことは以降、ルネッタと呼び捨てにするように」
「スンマセン、それだけは勘弁してください。 胃に穴が空いちゃいます」
「え〜……ダメですか?」
「王女様相手に呼び捨てなんて、命がいくらあっても足りないです。
だってほら」
視線を誘導した先には、腰にしていないが剣を手で探そうと癖で動いているエレオノーラさん。
「エレオノーラ」
「も、申し訳ございません! つい仕事の癖で…。 ですが、公の場で控えるのであれば、私は反対はいたしません」
「では問題ありませんわね。 ルネッタと呼んでくださいませ!」
「ルネッタ…様」
「様はいりません! ルネッタ!」
「ルネッタ…さん」
「あと一息ですわ! ルネッタ!」
「ごめんなさい…限界です」
「もうっ…仕方ありませんわね。 今は『さん付け』までで許して差し上げましょう」
ルネッタ様…ルネッタさんは少し不満そうに唇を尖らせたあと、ニコッと満面の笑みを浮かべた。
「でも! いつかは必ず呼び捨てで呼んでもらいますからね♪」
「ど、努力します…」
僕たちは突然決まった別れを惜しみながらも、新たな門出の準備に忙しい夜となった。




