力と想いは表裏一体(5)
そして、急ぎ足で準備を終えた出発の朝。
村の入り口には、王都へと帰還する立派な馬車と、それを見送るベンドリック家と村の人々の姿があった。
「アルフ兄……本当に、今日行っちゃうの?」
「またすぐ帰ってくるよな…?」
泣きそうなソラ姉とキッド兄の頭を優しく撫でるアルフ兄
「長期休みには必ず帰ってくるから。 ソラ、キッド、ボクがいない間はクロスのことを頼んだよ」
2人がコクコク頷くのを見届けてアルフ兄は僕の方へ向く。
「クロスも。 夢中になるのはほどほどにね。 村のこと、よろしくね」
「任せてください。 アルフ兄が卒業するまでに天空要塞都市に仕上げておきますから。」
「むしろその方が心配だよ…」
僕の返しに苦笑いを漏らす。
「それとアルフ兄、忘れ物です。 紫苑」
「忘れ物? 必要な物は全部入れたはずだけど」
足元にいるミニロボット、影忍 紫苑に合図をすると、紫苑の影が前方に大きく広がり、影から木箱や袋の山が迫り上がってくる。
「回復薬と付与油各種、中に風呂・トイレ・キッチン・寝室を完備した折りたたみテント、お湯で温めれば食べられるカップ麺とレトルト食品、筆記用具各種、実用的な数学と科学の教科書、イリスおすすめの漫画全巻と…」
「ありがたいけど、こんなには馬車に乗らないかな〜…」
戸惑うアルフ兄だったが、僕は得意げに笑って続ける。
「大丈夫ですよ。 紫苑、シャドー!」
僕が命令を出すと、紫苑が荷物の山を影の中にしまい、今度はシャドーの影から同じものが出てくる。
「兄妹機である紫苑とシャドーの影は広大な収納魔法で繋がっているんです。
荷物は全部この中に入れておけば手ぶらでも移動できます」
「嘘でしょ…あの量がこの小さい機体でいつでも出し入れ自由ってこと…?」
「はい。 いざという時は僕とアルフ兄とで物や手紙のやり取りもできます。」
「おいおい、それって…」
「これまたとんでもないものを作ったわね…」
「これが広まろうものなら郵便や物流の制度が崩壊するぞ…」
その便利すぎる機能に大人たちは頭を抱えていた。
「ルネッタさんも、お気をつけて。」
「はい。 次に会うときには成長したお姿をお見せできるように励みますわ」
「これを、『僕たち』からです。」
手のひらに乗るサイズの指輪の嵌ったケースと、同じく手のひらサイズの小さな『がま口』のピンクのポーチ。
「ルネッタさんの魔力を元に作った指輪型の魔道具を作ってみました。
魔法の操作を補助してくれます。」
「魔法の操作は杖で補助するものだと思っておりましたが、こんなに小さくできるのですわね!
それにこの小さなポーチは…フェリス、おいでませ」
その小ささ、色を見て、僕が説明するまでもなくフェリス用の追加パーツだと理解する。 さすがは同志 。
がま口ポーチを肩がけにしたフェリスが、早速パカッと開いて中に手を入れる。
テレテテッテテ〜♪
イリスのおすすめの漫画〜!
「青い猫型ロボットには四次元ポケット、ピンクの猫耳メイド型ミニロボットにはがま口ポーチ。
紫苑とシャドーとは別モチーフであるフェリスでも、魔法空間にアクセスできるようにしました。」
「まぁ! ということは、フェリスにお願いすれば、王都にいてもクロスの淹れたお紅茶や、カスタマイズ用のパーツや、漫画の続きも受け取れるということですのね!?」
「そういうことです。 これなら、僕が近くにいなくてもフェリスを通じてサポートができます」
「素晴らしいですわ! では、指輪も早速…」
銀色の指輪を手に取ると、なんの迷いもなく左手の薬指へと…
「なっ」
「ちょっ」
僕とエレオノーラさんの思考は、完全に一致した。
「「 その指はダメぇぇぇぇぇ!! 」」
左手の薬指。 それは地球でもこの世界でも共通する『婚約・永遠の誓い』を意味する絶対的な領域。
爵位はあるとはいえ、平民と大差ない男爵家の末っ子である僕が、一国の王女の左手に指輪をはめさせたとなれば物理的に首が飛ぶ案件になる。
僕とエレオノーラさんはこれまでにないほど、両サイドから腕をつかみ、全力で阻止する。
「殿下ぁ! その指だけはっ その指だけはおやめください!
国王陛下が王都中の戦力を持ってこの村を攻め落とす事態に発展しかねませんので!」
「そうです! 指輪は右手の人差し指か中指でお願いします! 僕の命にも関わるんで!」
「もう…お二人とも大袈裟ですわね…」
僕たちの必死さに観念し、渋々と右手の中指にはめる。
でも指輪を眺める目は、少女のそれで煌びやかな笑顔で満ちていた。
「「 セ〜フ… 」」
不意にやってきた国と僕の命の危機を乗り越え、胸を撫で下ろすのも束の間。
2人の出発の時間がやってきた。
「体には気をつけて、いつでも帰ってきていいからね。」
「まぁ…そのなんだ、立派になってこい。」
父さんも母さんも笑顔で送り出す。
「「行ってきます」」
2人の明るい声が、冬の空気に響いた。
「ふぁぁ〜…何を仰々しく別れを告げることがあろうか。 どうせ紫頭巾と黒頭巾の影を通ればすぐ戻ってこれるであろう」
『イリス、ダマル。 チャント、ミオクル』
「分かっておるのである。 おい、父君の戦友よ」
「わ、私か?」
「ほれ、持っておけ」
イリスがどこから取り出したのか、まな板くらいの何かを投げ渡す。
「これは?」
「ただの絵本である。 都に戻ってから開けるが良い」
眠そうに大あくびをしながら離れに戻っていくイリスの頭をペシペシと叩くメープル。
いつもの平和で、ちょっぴりカオスな日常の風景が2人の心を解いてくれる。
やがてエレオノーラさんが手綱を引き、馬車が雪の残る村道へと進み始める。
遠ざかっていく馬車の窓から、アルフ兄とルネッタさんがいつまでも手を振ってくれていた。
僕はその小さくなっていく馬車の背中を見つめながら、裏表のない心からの静かなひと言をこぼした。
「行ってらっしゃい、2人とも」
僕たちのちょっぴり刺激的な日常は、まだまだ波乱に満ちていそうです。




